十八話 衝撃は突然に

「ここも随分ひどいもんやな」

 火炎に包まれる家、焼け落ちた城、大地の鬼と化した人々、今だ生きて抵抗の姿勢を見せる心身がボロボロの人々を見て、九条為憲は呟く。

 二人は良介の命によりこの楼媛村ろうえんそんに偵察に来ていた。

 最近呉国の端の村々が一夜にして滅んでしまう怪事が発生し、疑問に思った孫堅の依頼を良介が受けたからである。

「人の成すこととは思えぬ」

 怒りを抑えながら菊地滿就は拳を握る。眼に嫌でも映る無力の民の苦痛に歪む最後の顔に、滿就の毛と言う毛が逆立つ。

「せやけど清四郎はん。この燃え方は、今までのとちゃいまっせ」

 火炎に舐められている家々を見ながら為憲は指摘する。

「確かに・・・・・・火矢を射ち込んだ痕も藁を敷いて燃やした痕跡もないな」

「───何か怪しいわ。おかしすぎるわこれ・・・・・・・・・」

 考え込んでいると、こちらに向かって来る人影が見えた。為憲・滿就両名はまだ火の手が上がっていない森の中に隠れ、茂みから様子を見ることにした。

 人影は、どうやら抵抗していた人々だった。敵わぬとみて潰走を始めたのだろう。その彼らを、襲撃者であろう者共が、矢や槍や剣で無抵抗な者達を容赦なく虐殺していく。

「酷い奴らもおんねんな。ただ逃げる人を殺すなんて」

 苦々しくいう為憲に対し、滿就は何も言わず、只、ある一点を凝視している。その表情は絶望とも愕然ともとれるものだった。

「どないしたんや、清四郎はん」

 不思議に思った為憲に、滿就は自分が凝視している方向を指差した。

「九朗。あそこ、見てみな」

 ひどく沈んだ声に疑問を持ちつつ、為憲はその方向を見た。

「!? そんな・・・・・・アホなことが・・・・・・・・・!?」

 己の双眼に写ったモノを見て、為憲は愕然とした。その事実を彼は信じたくはなかった。

「つまり、だ。恐れていたことが現実になっちまったってことだ」

「せやけど・・・・・・これはあんまりやないかっ!」

 声を小さく怒りの声を放つ為憲はその拳を地面に叩き付ける。

「近江」

 怒りに震える為憲に滿就は言い放つ。

「受け入れろ。これが運命だ」

 くそっ、と為憲は佩いていた刀を地面に突き刺した。








 大部屋には、魏・呉・蜀の三国を代表する将官が用意された椅子に座していた。彼らの眼の前にある机の上には一枚の札が置かれている。

 彼らは現在、為憲達の報告を待っている。と言うのも、ここ最近の董卓軍の情報を知る為、呉主孫堅が良介に頼んで、為憲・滿就を物見に行かせたのだ。今日報告が入ると聞いたのでこうして集まっているのである。

 集っている者達は魏が曹操・夏候惇・司馬懿・張遼、呉が孫堅・孫権・黄蓋・周瑜・陸遜、蜀が劉禅・関羽・張飛・諸葛亮・龍二・達子・安徳・明美・良介、そして帝であった。

 暫く待っていると、突然札が光だし、そこから半透明の為憲が姿を現した。良介の札を介しての通信みたいなものだ。

「待たせたわ」

 為憲の表情はひどく沈んでいた。まだ、自分が見てきたことが受け入れられないように思えた。

「・・・・・・何があった?」

 彼の表情を察したのか、曹操が眉間に皺を寄せる。あまりいいい物ではないのは想像に難くない。

「論より証拠やな。これを見てくれ」

 為憲が言い終わると彼の姿が消え、龍二らの眼の前にテレビカメラの映像の様な画面が現れた。

 画面にはどこかの村が董卓軍であろう軍団によって焼き尽された現場が映し出されていた。画面にはまだ逃げ回っている人が移っている。

「・・・・・・外道めが」

 曹操が吐き捨てる。

「ひでぇな、こりゃ・・・・・・・・・」

 だが、次の映像に変わった瞬間、ある者は衝撃を受け、ある者は凍りつき、ある者は唸り、ある者は驚愕した。

「なっ・・・・・・・・・!?」

「そんな・・・・・・バカな・・・・・・・・・」

 画面にアップで映し出された襲撃者―――それは、夏候淵や孫策、関平といったいずれも捕縛されたり連れ拐われた将軍達であった。そして、彼ら指揮していたのはあろうことか泰平であった。

「周平・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 達子や明美は、動じることなくただじっと画面を見続けていた。

 それには理由がある。

 龍二は安徳とこの件は彼女達には話さないと約束していた。が、やはり親友である以上、それを隠しているわけにはいかないと思い、安徳の眼を盗んで二人を呼び事の次第を包み隠さず全て告げた。最初こそ狼狽した二人であったが、最後は納得したように頷いてみせた。

 その際、龍二は安徳には内緒にしてくれと頼んだ。

(これも宿命、か・・・・・・・・・)

(酷いものよの。これがこの者達の運命とあらば、わしは神を呪おうぞ)

 画面が消えた。同時に誰かが机を力強く叩いた。

「なあ奉匿ほうとく(良介の偽名孫良の字)、試しに訊くが、お前の術で何とかなんないのか?」

 龍二が尋ねると、帝の傍に控えていたのか、神亀が現れそれは無理だと答えた。

「彼らの額に黒い星があっただろ? あれは『操心術』と言って相手を自分の意のままに操ることができる術なんだ。これを解くには術者を倒せば解けるんだけど・・・・・・董卓の操心術は特殊でね・・・・・・相手を倒さない限り解けることはないんだ」

「つまり……あいつらを殺さなければ、あいつらが董卓から解放されることはない。そういうことか?」

「うん。彼の術は本人の魂を糧にしているから」

「そんな・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 龍二は沈黙を貫いた。そうなるんじゃないかと薄々感じていた。全く、こっちに来てからつくづく面倒事というか酷な試練を与えてくれやがる。もし神という存在が実在するならそいつの顔面が原形を無くすくらいぶん殴らないと気が済まない。

───仲間を手に掛ける───

 これほど残酷な事があるだろうか。これまで苦楽を共にして来た者を殺せとは、あまりにも酷い話ではないか。三日月に向かって我に艱難辛苦を与えろと言ったという尼子氏の武将山中鹿之介より過酷過ぎるこの事実、叶うならばこんな宿命を簡単に易々と授けてくれやがった者を未来永劫呪ってやりたい。

 案の定というか、曹操達には戸惑いの色が現れていた。当然の結果であろう。こんなことを容易に受け入れることができようか。答えは否である。

 取り敢えずあの白朱を一発マジでシメることにした。

 龍二は左隣の安徳に小声で話しかけた。

「(安徳)」

「(そうですね。やはり、彼の言われた通りにやるしか)」

 安徳には珍しく弱々しい声であった。こんな彼を見たのは、あの日以来だろうか。

『酷な運命だな』

 龍二の脳内に紅龍が話しかけてきた。

『あぁ・・・・・・そうだな』

『だが泰平はお前らに全て託したんだろ。こうなることと分かって。ならば、泰平の頼み、叶えるのが友と言うものだろ?』

『分かってるよ。ただ、達子達にも話したけどな』

『いいじゃないか。時として知らぬ方がよいこともあるが、今回は事情が違うからな。選択は合ってるぞ』

『むしろ隠し事をしていたら後が怖い』

『ふふん。お前、尻に敷かれるタイプだな』

『やかましい』

 龍二は斜め後ろをキッと睨んだ。

 龍二が紅龍と頭の中で会話している横で、安徳は眉間に皺を寄せてあることを考え込んでいた。

(問題は私と龍二どちらが泰平と戦うかですが・・・・・・・・・!?)

 その時、安徳の心臓に激痛が走った。苦痛に顔を歪め彼は皆にバレないように軽く胸を押さえる。

(激しい運動は、最近していないのに・・・・・・それほど、私の心臓は、マズイ方に進んでいるというのですか?)

 安徳はちらっと龍二を見る。龍二は彼の視線に気づくことなく軍議に集中していた。が、そんなことお構い無しに安徳の眼には何かを決心した炎を燈していた。

「(・・・・・・バカ野郎が)」

 誰かがボソリとそう呟いたが誰にも聞こえていなかった。

「皆、よろしいか?」

 札が光っているのに気づかなかった。見るといつの間にか滿就が現れていた。

「後五日以内に奴らがそちらに向かうぞ。準備をしておけ」

 それだけ伝えて滿就は消えた。

「五日以内、か。皆、急ぎ戦支度を始めてくれ。もうあまり時間が無い」

 帝が言うと、曹操らは席を立ち行ってしまった。それぞれの思いを秘め、各代表は己が仲間の下へ戻っていく。















「お前達に話がある」

 曹操らは戻るや、留守をしていた仲間達に先程耳で聞かされたこと眼で見たことを包み隠さず全て話した。聞いた者達は皆雷に打たれたようによろめいたり膝を折ってうなだれた。あまりの衝撃に誰も口を開こうとしなかった。

 絶望に打ちひしがれている彼らを追撃するように、三代表は五日以内にその董卓軍がこの呉に来襲することを伝えた。

「まあ、いつまでも落ち込んでいたってしょうがないですよ。敵の来襲に備えて軍議を開きます。よろしいですか?」

 暗い空気が漂う中、孔明が思い切って口を開いた。肝が太いのか軽いのか何と言うか。

「そうだ。今は董卓軍の事が大事だ。今すぐやるぞ。時間がない」

 蜀の新太守劉禅が毅然と言い放つ。それを見た関羽と張飛は微笑んだ。義兄の息子の立派さに誇りさえ持てた。

「まずは・・・・・・・・・」

 劉禅・孔明を中心に軍議は進んでいく。

 同じく魏・呉・袁も軍議に入っていた(因みに、公孫瓚らは蜀の軍議に参加している)。

 呉は呂蒙や周泰を中心として領民らの避難にかかった。それと並行して当主孫堅や周瑜、陸遜を中心に軍議を開いているのだ。避難には四聖や神亀・鳳凰・蛟が手伝った。

 領民に真実を告げるわけにはいかなかったので、近々この地が戦火に呑まれるから早く避難してくれと言うに留めた。

 その二日後に為憲と滿就が戻ってきた。そして最終報告を発表した。

 敵は三日後、赤壁・荊州方面から来襲。数は六十万。総大将に周平、以下夏候淵ら率いる食人鬼───と安徳が仮名した───軍団が中心とのことだった。

 途端に城内が慌ただしくなる。迎撃体制を整える為、右へ左へ大急がしだ。そんな中、孔明はあるものを入れた袋を部下に持たせて城の外にいた。

「では私の言う通りに埋めてください」

 孔明はいちいち指示しながらあるものを戦場となるであろうこの地に次々と埋めていった。
















 そして五日目。

 連合軍は展開してまだかまだかと待ち構えていた。緊張の糸は、これでもかというくらい張っている。そして、来るべき軍団の姿をその眼に焼き付けようとしていた。

「いよいよか・・・・・・・・・」

 帝が呟く。いよいよ董卓との全面対決の火蓋が切って落とされる。これに勝つかどうかで自分達の命運が決まるといっても過言では無いのだ。

「来ましたぞ」

 眼を細めながら于丹が言う。土埃を上げ、董卓・袁術軍がついに姿を現した。

 連合軍は逸る気持ちを何とか抑えてその指示が飛ぶまで待機している。

「弓兵構えよっ」

 魏・呉・蜀の三軍師がそれぞれの軍に命じる。前面に展開していた弓兵や弩弓兵が一斉に弓を引く。

「放てっ!」

 十分に、引きつけるだけ引きつけてから火矢を射放った。火矢を受けた食人鬼はその腐体を焼きながらもなお進み続ける。

「怯むんじゃない! 射ろ! 矢が尽きるまで射続けろ!」

 用意された火矢を弓兵達は尽きるまでを射て射て射まくった。食人鬼共は焼け果てるモノもあったが、大概は致命傷には程遠く、それでも弓兵は臆する事なく矢を射続けた。矢が尽きると彼らは手際よく撤退した。

 やがて、ある地点に食人鬼軍団が到達するとそこから無数の爆音と共に地面が抉れ食人鬼を破砕、焼滅させた。孔明が設置した地雷が効果を発揮したようで黒煙を見上げながら穴ぼこだらけの戦場に一瞥をくれてやる。

「今だ、全軍突撃せよっ」

 三軍師の号令の下、連合は待ってましたといわんばかりに董卓軍にぶち当たった。今までの恨みを晴らさんと死を恐れずに突っ込んでいく。騎馬隊が先陣を切り戦場を蹂躙し、続く歩兵隊が残りを駆逐する。

 戦士達の魂の咆哮は彼らの命そのものであるようだった。彼らはゾンビと化した者達の腐った首を何の躊躇いもなく撥ねていく。腐臭もここに来ると気持ちが高揚しているからか一切気にならない。

 特に、蜀軍にとって彼らは亡き旧主劉備の憎き仇である。嫌が応にも士気は上がるのである。

 それに感化されたのか、武士のような名乗りをあげた者達がいた。

「趙白龍、見参! 死にたい奴はかかってきやがれ!」

「司馬尚姫、同じく参上!」

(おうおう、勇ましいことだこと)

(女であることが勿体ないなぁ)

(紅、それはいっちゃめーですよ)

 龍二と達子は一緒に恩人の敵に当たっていた。

「そらそろそら!」

「せいや!」

 槍を、剣を自在に操り縦横無尽に戦場を駆ける二人は一際目立つ存在であった。その勇ましい姿に影響を受けた連合軍は彼らに負けじと己の最大限の力を発揮して董卓・袁術軍を押し返しはじめた。

 一方で、安徳は良介らと共に行動していた。勿論、安徳は心臓にこれまで以上の負担をかけないよう細心の注意を払って二刀を振るっていた。

「封徳」

 誰かが自分を呼ぶ声がした。その声に反応すると声の主は高蘭だった。

「白龍はどちらに? 青龍の言伝がありまして」

「彼なら尚姫と一緒にあっちにいましたよ」

 ありがとうと高蘭は安徳の指した方向に走っていったが、暫くして安徳はおやっと疑問が浮かんだ。

「どうしたの?」

 良介が訊くも安徳には聞こえていなかった。考えながら器用に敵を斬っている。

 そして、その疑問に気付いたのは大分時間が経ってからだった。

「封徳!?」

 安徳は良介の置いてつい先程高蘭が走っていった方へ走り出した。

(この私としたことが・・・・・・っっっ!!)

 彼は、人生二度目の己の過ちを悔いた。





















 時折炎を混ぜながら、自慢の剣技で敵を蹴散らす達子はさながら『戦場の舞姫』のようであった。可憐な舞は、生きた人間が見ていたならば、敵味方問わずその眼を奪ったことだろう。

(流石『神明の女義経』だな)

 少し離れた所で見ていた龍二は改めてそう思った。名家神戸家の者だけあって、その技のキレや太刀筋は鮮やかで見事なものだった。

「達子。大丈夫ですか」

 そんな時に安徳がやって来た。自分のところが片付いたので手伝いに来たのだろうか、彼女は「手伝いに来てくれたの?」と笑顔で迎えた。

 だが、龍二の宿龍である紅龍の反応は違ったものであった。

『いかん! 奴を達子に近づけさせてはならん!』

『何言ってんだよ紅。アイツはこっちを手伝いに来たんじゃねぇのかよ?』

 軽い感じで返す主に、紅龍は叱責の言葉を浴びせる。

『よく見ろ龍二! 奴の額を』

 頭の中で吠える紅龍の言葉に龍二は眼を凝らして彼の指摘した場所をよく見た。

 彼の視力は2.0くらいはあるらしい。噂ではマサイ族並にあるんじゃないかとも言われている。

(・・・・・・・・・!!)

 龍二はようやく紅龍がやかましく言う理由を理解した。そして、かつて友人はそういった術もあると言っていたのを不意に思い出した。そいつは密かに短刀を抜いてゆっくりと達子に迫っていた。彼女は彼が来てくれたことから安心したのか眼の前の敵を掃討するのに夢中で、凶刃が近づいていることに気づいていない。

(クソッタレが! 紅、力を貸せ!)

 龍二は頭を掻きむしる。今から普通に走ったところで間に合わない。龍二は周りに群がる食人鬼共を業火で灰とした後、紅龍の力を借りて彼女のもとへ走り出した。その間も〝安徳〟は達子との距離を縮めていく。

(テメェの思い通りにさせるかよッ!)

 龍二は達子の腕を掴むと力の限り引っ張った。

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