十七話 継がれゆく意思

───これを読んでいる頃には、私はもうこの世にいないことだろう。特に、雲長や翼徳には『桃園の誓い』を言い出した私からそれを破ってしまったこと、心から詫びる。

 私は九泉の下に行く前にこれを書いているわけだが、実はこれを書き残すのにはちゃんとした理由があるのだ。お前達には是非知っておいてもらいたいことがあるのだ。

 それは趙蓮君、劉安君、司馬尚妃君、徐明林君、孫良(池田良介のこの時代での名前)君、そして、今敵に捕われている周平君のことである。

 今だから打ち明けよう。彼らは、我々のいるこの世界の人間ではないのだ。彼らは、我々の今いる世界とは別の世界───戦や飢餓などがないずっと平和な世界の未来の我々の子孫である者達なのである。彼らの本当の名前は、順に進藤龍二、佐々木安徳、神戸かんべ達子、後藤泰平、近藤明美、池田良介と言う。

 彼らは、かの白朱殿が我々の世界を救う為に、彼らの世界から『無理矢理』連れてこられたのだ。今までそのことを隠していたのは、無用な不安を与えたくなかったからだ。

 お前達も知っているだろうが、かつて洛陽を占拠した董卓は元々白朱殿の弟子であった。始めの頃は純粋無垢に師事していたらしい。だが、いつの頃からか、邪道に目覚めてしまい、その道に堕ちてしまった。先の虎牢関の戦いではその力を使ってはいなかったが、ここにきてようやくその本性を表したようだ。拐われた者達は間違いなく董卓の邪術によって拐われたと見ている。

 白朱殿の部下である高孟起殿の話では、彼の魔力という不思議な力は白朱殿を凌ぐとされている。その力が分からなければ龍二君達のあの不思議な力を思い起こしてくれればいい。

 恐らく、董卓は三国から拐った者達を使って何かを企んでくるに違いないと踏んでいる。彼らを救うにはあの子達の力が必要になってくる。故にあの子達を何が何でも守らねばならないのだ。

 ただ、あの子達の中で何故泰平君だけを董卓が拐ったのかは、私には分からない。仮説としては彼の強力な術力に目をつけたのではないかという愚考を記す。

 いずれにしろ、そういうわけだから、お前達にはあの子達を何としても守ってもらいたい。勝手な願いだが、その際彼らにはできるだけこのことを気づかれないようにしてもらいたい。彼らにも無用な気遣いなどをかけたくない。

──ついでに、これは子龍に伝えておきたいことがある。進藤龍二君は君の子孫だ。そして、子龍の家の伝承にある『二龍を持つ者』らしいのだ。彼の持つ龍は『紅き紅蓮の炎の龍』紅龍と『眠りし時の龍』伏龍。聞くところによると、彼の龍達は『五大龍』らしいではないか。その伏龍は目覚めに向かっていると『四聖』青龍殿は言っておられた。

 彼の力は、必ずお前達のためになる。董卓を倒すのは、彼かもしれない。故に子龍、あの子を頼むぞ。

 皆、後はよろしく頼んだ───

 

──蜀太守 劉備──















 孔明は読み終えると劉備の遺書を丁寧に畳んで懐に入れた。

 集まった諸将は亡き主君の最後の言葉にむせび泣いていた。

 その中、趙雲は只一人込み上げてきた熱いものを堪えて思い耽っていた。

(まさか・・・・・・あの子が・・・・・・。あの『凶龍』と名高い紅龍を手なずけているとは・・・・・・・・・)

 しかし思い返してみると、先の虎牢関の戦いの折、彼は紅龍を完全にコントロールし彼の紅炎を自在に操っていた。それはつまり、紅龍があの子を認めたという事以外考えられない。

 これは珍しいことだ。伝承によれば、紅龍は滅多やたらに宿主を認めようとしなかったらしい。むしろ宿主の精神を乗っ取りやりたい放題に暴れていたようだが、如何せんこの部分の記述はどうも曖昧に書かれているようで真偽のほどは定かではない。

 とにかく、紅龍があの少年、自分の子孫である進藤龍二を認めたのは事実である。それは確かだ。

 そして、彼にはもう一つ思うことがあった。

(伝承上の『時の龍』伏龍を宿している・・・・・・? あの『五大龍』を二匹宿すとは・・・・・・。彼は・・・・・・もしや大器やもしれない)

 考え耽る趙雲には孔明の言葉は意識の外にあり聞いていなかった。

「それと、皆さんに殿より言伝が」

 噎び泣く諸将に向かって孔明が言った。

「何よ、兄上の言伝って?」

 孔明は一回頷いてから話す。

「未来人なれど、あの子達には今まで通り接してくれと」

 それを聞いた劉封は突然どっと笑い出した。星彩ら護衛将隊の連中や劉備の子劉禅も声を押し殺して笑っている。

「お前ら、何笑ってるんだよ!」

 不謹慎極まりない彼らに張飛が怒鳴る。今にも飛び掛ろうとする彼女を、劉封はまあまあと宥めた。

「すいません。別に他意はないんですよ。ただ、養父上ちちうえも心配性だなと」

 悪びれもせず劉封は笑って言ってのけた。

「心配性だと?」

「彼らがどこの世界の人間だろうと、白龍君達は今の今まで僕達と一緒にいた〝仲間〟じゃありませんか。確かに彼らが未来人であると知った時には驚きましたけどね。けど、だからといって接し方を変えるほど僕らはバカではないですよ、翼徳さん」

と劉禅。

「ねぇ、姉さん。もし、いつも一緒にいた玄徳さんが実は姉さんの住んでいる世界とは違う世界の人だって知ったらどうする? 態度を変えるの?」

 星彩に言われると張飛は戸惑った。そんなこと、考えたこともなかった。

「い・・・・・・いや、私は、そんな・・・・・・・・・」

「そういうことですよ翼徳さん。我々はこれからも白龍君とはいつも通り接しますし、返るつもりもありません」

「姉貴なら、分かるだろ? 俺達の気持ち」

 関平がにっこり笑むと、関羽はぷぷっと笑いが込み上げてきた。よくよく冷静になってみればとても簡単なことではないか。それに気づかなかった自分が何ともバカらしかった。

「あははは。確かに兄上は少し心配しすぎたようね。

───そうよね、何であれ、あの子達はもう私達の立派な『仲間』よね? 今までずっと一緒だったんだ。ねっ、皆」

 関羽が言うと、皆はうんと頷いた。

(殿。彼らは貴方が思っていた以上の人達ですよ・・・・・・・・・)

 孔明は天を仰いだ。その顔は安心するような安堵の表情だった。

「よっしゃ。話し合いはこれでおしまい。今からアイツら呼んで酒飲もうぜ、酒!」

 張飛に促されて、皆陽気な感じで部屋を後にした。残った関羽と諸葛亮は互いを見て笑った。

「孔明。彼らはいい仲間に出会えたね」

「そのようです」

「ヒヤヒヤしましたが・・・・・・私もまだまだ未熟のようですな。人を疑うとは・・・・・・・・・」

「だな。妹達に教えられるとはまさか思わなかったわ」

 あまり歳の離れていない次世代は何と頼もしいことか。疑うことを知らないのかと思ったが、毎日一緒に自分達の陰に隠れてよく彼らに稽古を申し出て自らを鍛えていた。そんな彼らにはいつしか誰にも砕けない絆が生まれていたのだろう。それが嬉しかった。

『───雲長、孔明。彼らのこと、頼んだよ』

 はっとして二人は同時に後ろを向いた。懐かしい声が聞こえた気がしたのだ。

 誰もいなかったが、二人には確かに見えていた。優しい微笑みを浮かべる彼が。












 やはり同じ頃、高蘭が劉備の書状を読み終えていた。内容は若干の違い───龍二と趙雲の下りは省いてある───はあるがほとんど同じであった。

「そうか・・・・・・あの子達が・・・・・・・・・」

「らしいな。成程合点がいく」

 孫堅、曹操は顎に手をやる。あの子達が未来人とは到底信じられないが、親友の最後の言うことだし、尚且“あの男”が関わっているとなると、信じないわけにもいかなかった。

「でも、別世界の未来人には見えなかったわよ」

「確かに。私達と変わらなかったわ」

 集まっていた者達は今の正直な思いを口にしていた。それはそうだろう。身なりだってこの時代のももだったのだから。確かに、不思議は力は使っていたが、気にならなかったのはそれ以上に彼らに魅力を感じていたからだと思っていた。

「当たり前だ。彼らとてそれを俺達に悟られまいとしていたのだからな」

「何にせよ、だ。わしらは玄徳の遺志を継ぎ、彼らを身命を賭してでも守り抜くだけよ」

 曹操が言い放つと、場にいた者達は力強く頷いた。

 夏候惇らは、龍二達と酒を飲もうと部屋を出た後、残った曹操と孫堅は暫く昔話に浸っていた。勿論、今は亡き戦友ともに会う前や会った後の頃の話である。

「玄徳がいないとなると、この世もつまらなくなるな」

「そうだな。あのような男、百年に一度いるかどうかだからな」

「だが・・・・・・戦友の願い、叶えのが残された我らの役目。成し遂げて玄徳の供養と致そうぞ、文台」

「当然だ孟徳。戦のない平和な世の中をあの男も望んでいるからな」

 二人は席を立った。その瞳には決意を宿した炎がメラメラと輝きを放って燃えていた。

『よろしく頼みます、孟徳殿、文台殿・・・・・・・・・』

 二人が振り向いた。

 関羽達のように、そこから劉備の声が聞こえたような気がした。

(玄徳。お前の願いは必ず我らが叶えてみせるぞ)

 曹操は拳を天に突き上げて彼方の戦友に誓った。











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