閑話参 ある日の徐州
徐州に戻ってはや半月が過ぎた。
ある日、龍二は悲しくも女に遊ばれていた。
ショートヘアで赤い服を着て、剣を佩いたその女は、龍二の頬を引っ張って楽しんでいる。彼女にしてみれば龍二は完全におもちゃでしかない。
「白龍君、かぁわいいなー」
「あんひゃ、おへのほほひっはっへはひひひぇふはほー!(訳:アンタ、俺の頬引っ張って何してんだよー!)」
「あはは! 面白ーい」
「おへはおほひひょくへー!(訳:俺は面白くねー!)」
暫くそれで楽しんでいた女は、今度は色々な意味で龍二にいちゃつき始めた。
そこを、たまたま泰平と達子が通りかかってしまった。ぎゃーぎゃー言う龍二を見ながら互いを見る。
「何やってんだ、アイツ?」
「さあ? コレでも出来たんじゃない?」
達子はクスクス笑いながら小指を立てた。成程と泰平は手を打った。
「おいっ。お前ら、コイツをどうにかしてくれぇっ!」
二人を視認した龍二が必死に叫んで助けを求めるも、二人はいたずらっ子のようにニヤけている。
「おやおや白龍君。君は早速コレでも作っちゃったのかい? いいねぇ、若いって」
「あらあら。アンタも隅におけないわねぇ」
「ばっ、おまっ、そんなんじゃねぇ!」
小指を立てられた龍二は顔を真っ赤にして弁明を始める。が、そんな彼の弁明を踏みにじるように、女は彼の頭を撫でたり抱きついたり頬に手を触れたりとやりたい放題に龍二と遊んでいた。
「じゃぁ、邪魔者は退散しますか」
「じゃあね蓮。お幸せに」
二人は意地の悪い笑いを浮かべながら去ってしまった。
「ちょっ、こら、まっ、行くんじゃねー! この薄情者ー!!」
「あはははははははは」
後に残ったのは、龍二の悲痛な虚しい叫びと、楽しそうな女の笑い声が響いくだけだった。
「ア゛~やっと解放された~」
謎の女性に約一時間しっかり遊ばれた龍二は精神的にも肉体的にもどっと疲れ果ててしまい、さっさと部屋に戻って休むことにした。
「ここだここ」
『超』がつくほどの方向オンチである彼は、迷うことのないようにと自分の部屋に目印として祖父の形見龍牙を部屋の前に立掛けておいた。最も、コレだけで道に迷わなくなる、なんてことにはならない。部屋がある場所を間違えたらどうしようもないので、その辺は青龍や紅龍が補っていた。
「あー、疲れた・・・・・・・・・?」
部屋に入ると、何故か見知らぬ少女が部屋の清掃やらなんやらをしている。龍二の思考は停止した。
「あっ・・・・・・あの、えっと・・・・・・お帰り、なさい」
セミロングで多少青みかかった瞳の少女は、龍二に気づくと恥ずかしそうに少し俯きながら顔を赤らめてそう言った。
自分の部屋に知らない少女がいたことで、彼は相当テンパったらしい。
「す、すいませんっ! 部屋間違えましたっっ!」
大慌てで部屋を飛び出した。
「はぁ、はぁ・・・・・・な、何だ、あの子・・・・・・? つか、何で? 変だなぁ・・・・・・・・・」
部屋の前に立掛けておいた龍牙を見ながら、龍二は息を整える。ここは間違いなく自分の部屋だ。なのに何で女の子がいるのか、不思議であった。
「あのぅ・・・・・・何が変なんですか?」
すると、先程の少女がドアを開けて彼を見ながらそう訊いてきたので、本人は思わず「うひゃっ!」とマヌケな声をあげて尻餅をついてしまった。それに驚いた少女が小さな悲鳴を上げた。
少女は呼吸を整えてから
「あ、あの・・・・・・趙白龍さん・・・・・・で、いいのですよね?」
おずおずと尋ねてきた。
龍二がそうだと答えた。
「えっと・・・・・・今日から、白龍さんのお世話をすることになりました、ちょ、
女はそう名乗ってお辞儀した。慌てて龍二も自己紹介を済ませる。
「えっと、兄からくれぐれも趙蓮さんに粗そうのないようにと言われていまして・・・・・・・・・」
趙香が話している中、幾分冷静さを取り戻した龍二は、彼女が再三口にしている『兄』という単語が引っ掛かった。
「兄?」
龍二が首を傾げると趙香は、はいと返事してから
「私の兄は、趙雲、字を子龍と言います」
と答えた。
龍二はビックリしたが、後ろ髪を掻きながらながら平静さを保ったフリをした。
「あっ、そうなんだ」
そんな表面とは裏腹に、内心はえらく動揺していた。
(趙雲に妹!? エッ、何ソレ!? 知らねぇぞ!? 聞いたことねぇぞ!?)
彼は、どうやらあまりに唐突かつ衝撃的なサプライズイベントが発生した為に、ここが彼らの世界とは別の世界であることを忘れてしまったようである。
泰平は自室で一人考えに耽っていた。式神の政義と為憲、相棒の『四聖』玄武は自由にさせていていて今は部屋にいない。
彼がここに来てからずっと考えているのは、いつの間にかそこにあった龍牙と、ある人物についてである。
龍牙は、ほぼ完璧な形でそこに存在していた。彼らの世界にある刀はそれこそ悠久の時を過ごし、研がれたりして健全な形で残っている者は余程大事に保管されていたか彼らの時代に作刀されたものしかない。しかも、それは彼の祖父が戦場に持っていき、実際に使ったものなのでだったので尚更である。
最大の謎は、自分達の護衛将隊の総隊長となった劉超のことである。
龍二によく似た顔。とはいえ、顔が似ている人など探せばいるものである。故にそこまで考えていない。
彼の得物は牙龍という名の日本刀。彼は極東の人から貰ったと言っていたが、この時、日本は弥生時代であり、よくても直刀であり、反りのある太刀級の武器は作られているはずがないのだ。
まあ、ここは異世界であるから、歴史や文化に関して多少の違いはありそうだが。
(そう言えば、あの人は矢を縦に真二つにたたっ斬ったとか龍二が言ってたな・・・・・・・・・)
矢尻から綺麗に真二つに斬る、とはまるで噂に聞く龍彦氏みたいではないか。
「あーダメだ。サッパリだ!」
泰平はそこで思考するのをやめた。結果、劉超の正体は全体的に謎である、という結論に達したことにした泰平は、椅子の上で背伸びした。
泰平は気晴らしに外でもフラつこうかと思い扉に向かったが、出来なかった。
どうやら客が来たようである。
龍二は暫く趙香と話し、部屋を彼女に任せ、フラついていた。
「っかぁー、たまにぁこういうのもいいなぁー」
背伸びをしながら龍二はアクビした。
「りゅ~う~じぃ~♪」
「のわっ!?」
その時、いきなり少女に後ろから飛びつかれ、龍二は危うく前のめりに倒れそうになったのを、持ち前の足腰で何とか耐え抜いた。
「誰だ、お前っ! 何しやがんだこの野郎!」
怒りを露に振り向いて抱きついてきた少女に怒鳴ったが、その少女は今の龍二の対応にえらく不満だった。
「え~~~。ちょっと龍二ぃ、あたしの事忘れたのぉ?」
へっ、ときょとんとしてその少女の顔を見る。あっ、と龍二は声をあげだ。
「明美ぃ?」
「この、幼馴染みの顔を忘れやがって、このっこのっ」
ポカポカと龍二の頭を可愛らしく叩くのは、龍二達の幼馴染みで高校も同じクラスである近藤明美だった。父は東京の警視庁警視正で、母は某大会社の社長という、いわゆるエリート一家。しかも、先祖は三大幕府や朝廷の重鎮だったというからまた凄い。それこそ龍二達の家系と同じ道を歩んでいるが、彼女の一族はそれほど世に知られていない。
ちなみに、祖は魏の武将・徐晃、字は公明。
「知らないよぉ。買い物に行く途中で白い髪の人に会って、白い光に包まれたと思ったらこんなとこに連れてこられてて、ちょっと前に馬闥って人に案内されてここに来たんだよ」
(まぁたあんにゃろうか)
後でアイツはフルボッコの刑だと龍二は固く心に誓った。
「ねぇ、龍二。タッちゃんトコに案内してよっ」
明美が腕に絡み付いてくると、どうせ暇だしいいかと思い龍二は明美を達子の部屋に案内した。
後で聞いた話では、明美は
「しっかし、お前さんみたいな子供に俺の正体がバレちまうとは、思ってもみなかったぜ」
劉超はかかかと笑って相対する泰平を見つめる。
泰平は思い切って本人に尋ねようと先刻彼の部屋を訪れ、開口一番に自身の仮説をぶつけたのだ。
「ただの当てずっぽうだったんだけどなぁ」
「いやいや、当てずっぽうでも何でも、正体を一発で見破ることはスゴいことなんだぞ?」
劉超に誉められて、泰平はほんのり頬を赤くし苦笑いして恥ずかしそうに髪を掻き上げる。
「〝孫〟にしちゃ、随分とまぁけったいな龍を二匹も宿しやがって。しかも一匹は『紅』ときたか。不思議な奴だな」
劉超は笑っている。
「二匹? 紅龍以外にアイツは龍を宿しているのですか?」
「そうか。お前は知らないのか。
───まあ、そりゃそうか」
劉超は頷く。
「俺の一族は普通一人一匹龍を宿すのが普通なんだがな、希に───まあ、指の数しか知らんがな、いるんだよ。二匹の龍を宿す奴が。そいつらは、大抵『伏龍』を宿してるらしいんだよ」
「伏龍?」
泰平は聞いたことなかった。
「一族でも良く知られていない唯一未確認の龍さ。伝承で語り継がれているぐらいしかその力を知らねぇんだ」
その前に、と劉超は『五大龍』について説明した。
『五大龍』というのは数多いる龍の中で、特に力が最上の位置にいる天龍や黄龍といった五匹の龍を指す言葉で、先の伏龍以外に、あの紅龍も含まれているという。
「その伝承とは?」
顔を寄せる泰平を彼はまぁ待てといわんばかりに手を突き出して制止させる。
そして劉超は語り始めた。
「『五大龍に伏龍あり。伏、現ること少なく、その力あまり知らず。伝え聞くことには、伏、天・黄と同じく万能の力の持ち主にて、宿りし者に大いなる力貸与す。が、それを確認した者なし』ってのが、一族に伝わる伏龍の伝承だ」
「ふむ、確かに伏龍は『天に昇る時を待つ龍』と言いますからねぇ」
「ふふん。まあ、そう言うことなんだろうがな」
つまりは、その伏龍とやらは自分が目覚めるその時まで何代もの宿主の中でぐっすり惰眠を貪っている、ということか。
さて、と劉超は立ち上がった。
「周平、と言ったか。くれぐれも俺の正体をバラすなよ」
彼が部屋を去るときに、劉超はくぎを刺した。
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