閑話弐 安徳の夢 

 その夜も安徳は夢を見ていた。こちらの世界に来て以来、同じ夢を毎日見るようにになったので、いい加減うんざりしてきた。

 真っ暗な空間───闇と形容するに相応しいその空間には、自分と対峙する中世日本───恐らく戦国時代の頃と思われる、鎧を身に纏い、侍烏帽子を被った若武者がいつものようにそこにいた。どこか高貴な身分にあると感じたのは、彼の全身から溢れ出ているオーラによるものだ。

 安徳は毎度毎度のことに多少イラつきながらも、いつもの質問をその若武者にぶつけた。

「貴方は、一体何者ですか?」

そして、この質問に、若武者は決まって同じ答えを返すのだ。

「何度も言っているだろう? 俺は君の持ってるその刀、長光に宿る者さ」

 それは何度も、それこそ耳にタコができるくらい聞いている。

───私が聞きたいのは、貴方の名前だ。

 安徳は本音を必死に押さえながら質問を変えた。

「毎回毎回私の夢に現れる理由は何ですか?」

 この質問に対し、若武者はクスリと笑った。

「君の手助けでもしてやろうかと思ってね。君の剣の腕はまだまだ伸びる余地があるし、しかも世界で恐らくたった一人の太刀による二刀流剣士だ。上手くいけば、君に敵う剣士は世界からいなくなるだろうよ」

 安徳は困惑した。何を言っているんだこいつは。

───確かに私は太刀を好んで使っている。が、それは私個人の考えによるものだ。

 一般に、二刀流剣士というのは利き腕に長、逆の腕に短の二つの剣を使うのを基本としている。長剣で相手の攻撃を防ぎ、小回りの利く短剣で相手を刺す。というのが二刀流の基本的戦闘スタイルである。

 だが、安徳はそれを嫌った。

 安徳は基本に忠実に事を行うという事が嫌いなのだ。しかしこれは剣道に限ってのことで、普段はド真面目がつくほど基本を大事にする男である。

「まぁ、俺は君に所縁がある者なんだけどな」

「はい?」

「気にするな。ただの独り言だ」

 若武者は自分の失言に気づいてそう否定する。

(危ない危ない。これはまだバラすわけにはいなかいからな)

 若武者の発言がどうしても気になった。自分に所縁があるとは一体どういうことか。

 だが答えは期待できそうにない。なんだかんだではぐらかされるのが関の山だと安徳は直感した。

 安徳はそれ以上の追求を断念した。

「それで、貴方はどうやって私の腕をあげようとなさるので?」

 一応、安徳はその辺のことを若武者に尋ねてみることにした。口先だけではないにしろ、その内容は気になる。

「この場を使って〝君を招いて〟俺が手取り足取り教授しやってもいいし、俺が君の身体を借りて直接教えてもいい。それは君が決めることだからな」

 若武者はこう答えた。彼の言う身体を借りるとは、どうゆうことだろうか。

 安徳は若武者をじっと眼を凝らして見ていた。

 歳は自分より少し上くらいで背は大体同じくらい。まだ幼さが残っているように見えるも、他人を圧倒するような威圧感を放っているように感じた。

 一体、彼は何者なのだろうか。

「もう一度聞きます。貴方の名を教えてください」

 安徳は再度質問をした。若武者は口を開く。

「俺の名は───」

 しかし安徳は、若武者の名を聞くことなく、いつものように視界が次第に暗くなっていった。

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