第33話 畳屋

「和室、傷んでるやん、畳と襖、それに障子も直しいな」


 今となっては外野の声とも思えるが、指摘されては対応せざるを得ない。


 ネットで検索した。


「表替二千円から」


 この様に謳っている業者が多い。「から」が、味噌なのだが。


 念のため地元の老舗畳店も調べる。地域密着型の小店舗なのに立派なサイトを持っていた。親切に料金表も置かれている。本間の表替で一枚、五千円から三万円程度だ。一番人気は一万円ちょっとのもの。この段階でピンキリなのは分かった。


 ちょっと高いなー。でも二千円と表示しているところが二千円だけで済ませるとは思えないし。


 相談もし、悩んだ結果、一度、ウェブの二千円業者を呼んでみることにした。


「もしもし、畳の表替で見積もりをお願いしたいんですが」

「これこれ、こういう状況で」


 この家を建てた住宅メーカーを伝えただけで


「六千円からですねー」


 ほら。これである。実際に訪れれば、もっと高額な見積もりを出すだろう。その程度は想定済だ。問題は地元の老舗より安いか、品質は同等以上か、だ。


「じゃ日曜日の午前十時に」


 約束通り、担当がやって来た。営業というより職人っぽい。


 室内を一瞥し、見本を広げる。もう決まっているかのように指し示したサンプルは二万円であった。


「この畳は良いものですね、もとの状態に近くするなら、これ位が最低ラインですかね」

「国産じゃなくても良いので少し安いのはないですか?」

「中国産の上ですかね、一万三千円です」

「その下は?」

「一万一千円」


 やはり地元の方が良かったのではないか。後悔が過る。そこで重くなった気持ちを撥ね除けて切り出す。


「その値段なら近くのお店にお願いしようかと思っているんですよ」

「うちの畳表は人工の染料、着色剤を使用していません」


 何故、知っている? 確かに先のウェブサイトで「着色剤使用」の文字は見た。(後に再確認したところ、着色されているのは中級品までであった)

 

 色々、聞いたが品質には自信があるらしい。取り敢えず、畳以外も値段を出してもらおう。


「襖も良いですね、これ以上、格は下げられませんね」

「書院の戸袋も小さいですが手間は同じですので」

「雪見障子ですね、普通の障子よりお高くなります」


 流れるように弾き出された金額は二十万円を軽く超えていた。半分以上が襖と障子の修理代だ。


 関東では縦百八十センチ、横九十センチが主流らしいが、我が家の畳は二百センチと百センチだ。メートルモジュールという。これで料金が二割増しになる。畳だけではない。破損箇所がある襖、障子等も全てそうだ。おまけに掘り炬燵の部分が分割されている所為で六畳間なのに七畳近い代金になる。炬燵の部分は傷みが激しいので表替ではなく新調することになっている。それで出る古畳の処分料もキッチリ書かれていた。


 予め調べていたので法外な額でないことは承知している。しかし「二千円」が二十万円である。この宣伝手法は如何なものか。


 腕組みする私を前に、至って誠実な顔をした職人が一言、


「一つ高級な畳縁、無料にしておきますよ」


 考えるのに疲れた私はサインしていた。


 後日、納品された畳や襖は輝きを放っていた。和室だけ新築のようだ。藺草の香りがリビングや玄関まで漂ってくる。


 最初に嗾けた人物が結果を見る為、訪ねてきた。


「めちゃくちゃ綺麗やなぁ」


 はしゃいだ声と共に青畳の上で泳いでいる。


「それでどうなん、満足したん?」


 仕方なく肯いた。


 床の前畑は、もうメダルを取ったかの如く、にやけた表情で頑張っていた。

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