第7話 希望の勇者

 あれだけ、恐怖を体現させていた悪魔もこのぬかるんだ地面に足元をすくわれた。

 正直、驚きが隠せない。

 こんなことになるなど、誰が予想できただろう。

 ただ、本当に運が良かった。

 もし、悪魔が転んでいなければ俺は確実に殺されていただろう。


(気を失っているのか?)


 どれだけ時間が経っても、悪魔は動く様子が無かった。

 あの悪魔が岩に頭をぶつけたくらいでダメージを負うとは思えなかったが。 


 でも、これは助かったんじゃないか。

 悪魔が動かない今であれば、逃げ切れそうだぞ。

 ハウラスまで行けば、冒険者もたくさんいる。

 きっと、強い冒険者が助けてくれるだろう。

 勇者が冒険者に助けを求めるなんて、情けない話ではあるが、俺は例外ということにしておこう。


(そうだ!あの女の子はどうしたんだ?)


 俺は、フードを被った少女のことを思い出し、後ろに振り返る。

 そこには、先ほどの場所から動いていない少女がいた。

 どうやら、逃げなかったらしい。

 俺が、悪魔を倒せると信じていたか、突然のことで身体が動かなかったのかもしれない。


「大丈夫か?」


 俺は痛めた左胸を押さえながら、少女の元へ向かう。

 先ほど、少女から目立ったケガは見受けられないが、本当はどこかケガをしているかもしれない。

 そんな心配がしたので、声をかけた。


「はい。勇者さま、助かりました。ありがとうございます」


 フードを被った少女は、深々と頭を下げた。


「いや、何もしてないんだけどな……」


 ただ、悪魔が滑って転んだだけだ。

 俺自身は何もしてない。

 俺がしたことといえば、悪魔同様、転んでいただけだ。

 思い出すだけで、顔が赤くなりそうだ。

 この少女も転んでいたけど。

 

 フード越しだが少女の顔を改めて見ると、年は8~10歳くらいに見えた。

 顔立ちは非常に整っており、将来は間違いなく有望株だろう。

 フード付きのローブから魔法使いが連想された。

 

 もしかして、冒険者か?

 その可能性は低くない気がした。

 仲間との冒険中に、悪魔に出くわし、命からがら逃げてきたとか。

 それなら、一人で悪魔から追いかけられていた説明がつく。

 なぜ、悪魔がこの森に居たのかは分からないが。


(それでも、今はあまり詮索しない方が良さそうだな)


 少女も、怖い思いをしたばかりだ。

 心に傷を負っているかもしれない。

 

 それに今は、早くこの場を立ち去ることが最優先だ。

 悪魔が目覚める前に、逃げなければならない。

 話は、ハウラスに帰ってからゆっくり聞くことにしよう。


「とりあえず、今すぐここから離れよう」


 俺が、少女の手を取り、森を引き返そうとすると。

 

「待ってください」


 少女が俺を引き止めた。

 そして、少女は俺の手を離れて、悪魔の元へと向かっていた。

 一体どうしたっていうのだ。

 今すぐ、その悪魔から逃げないといけないのに。


 悪魔に大切なものでも奪われていたのだろうか。

 それでも、悪魔に近付くなんて、危険すぎる。

 いきなり悪魔が目覚めるかもしれない。

 もしかすると、ずっと気絶したふりをしている可能性だってある。


「おい、何してるんだ!」


 俺は急いで止めに入る。

 だが、それよりも早く少女は、悪魔に触れていた。


「大丈夫です。もう死んでます」

「え?」


 少女は、そう言い切った。

 だが、簡単にその言葉を信じられなかった。

 あんな恐ろしい悪魔が、岩に頭をぶつけただけで死ぬとはとても思えなかった。


「死んだふりをしてるだけかもしれないぞ。今すぐ離れるんだ!」

「でも、ほら見てください」


 再び、少女を連れて行こうとすると、少女は悪魔をぼかすかとか殴り始めた。

 

「ちょっと!何やってるんだ!」


 いくら動かない相手とはいえ、流石にむごすぎる。

 けれど、確かに悪魔は動かなかった。

 少女も、ほらね、動かないでしょ?といった顔だ。


「本当に、死んでる?」


「死んでますよ?」


 俺は、安堵する。

 よく分からないが奇跡が起こったようだ。

 悪魔は、岩に激突した衝撃で絶命したのだった。

 俺は急に腰が抜け、その場に座り込む。


 それから、聞きにくそうに少女が尋ねてきた。


「あ、あの、勇者様ですよね?……」

「え?」

「そのご恰好から、勝手に決めつけていたんですけど……」

「ん?あ、ああそうだよ」


 一応なと、心の中で付け足す。

 それに、実はこの格好は文化祭の衣装で、職業はツッコミ勇者なんですとは言えなかった。


 それを聞いた少女は途端に明るい顔になった。


「やっぱり!そうだったんですね!」


(あれ?めっちゃ喜んでるぞ……)


 勇者と認めてしまったことを後悔した。

 途端に恥ずかしくなってきた。

 もし、ツッコミ勇者なんてバレたら、死んでしまいそうだ。


「実は、私、ずっと勇者さまを探していたのです……。もちろん、今回の件とは別ですよ」


 少女が急に神妙な面持ちになった。

 何か複雑な事情があるのだと、察してしまい、俺は胃がきゅっとなるのを感じた。

 なんだか、シリアスな雰囲気になるのを感じたからだ。


(待ってくれ、重たいやつはやめてくれ!俺は、普通の勇者様じゃないんだ……)


 少しずつ、少女との間に重たい空気間が漂ってきた。

 ここまで来ては、本当のことを言うに言えない。

 俺は勇者は勇者だけど、ツッコミ勇者で、最弱なんだと……。


 もう、逃げることはできないか。

 俺は、覚悟を決め、少女に何があったのか尋ねることにした。


「いったい何があったんだ?」


 少女も意を決したのか、静かに自己紹介を始めるのだった。


「その前に、まずは自己紹介をさせてください」


 そう言って、少女は被っていたフードを脱いだ。

 フードに隠れていたピンク色をした髪が露わになる。

 そして、もう一つ隠れていたものが露わになった。

 驚くことに少女の頭には2本の角が生えていたのだ。


「私はリリス。魔王サタンの一人娘です」


「もう、捌ききれないよ……」


 やっぱり、この異世界は何か間違っている!!

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