はるか.2 出会い

「ただいま〜」


「あらっ、はるか今日は早いのね」


「あれっ? なんで桜ちゃんがいるの?」


 私はお母さんと叔母……もとい、桜ちゃんと3人で暮らしている。

 お母さんは出版社で働き、桜ちゃんは不動産会社で土地を転がしてるらしい。


「今週末は土日とも出勤だからね。平日で調整だよ」


「そうなんだ。私、今日は秋穂ちゃんの日だから着替えたら出かけるね」


「ふふふ、私もだよ。乗せて行ってあげるから着替えておいで」


「は〜い」


 自室に戻り制服を脱ぎ捨てて私服をクローゼットから引っ張り出す。


「制服、ちゃんとハンガーに掛けなさいよ」


 私の行動パターンはしっかりと見抜かれている。セーラー服をハンガーに掛けて、ニットのセーターとチェックのキュロットに着替える。ニーハイソックスを履いたら出来上がり。


「桜ちゃんお待たせ」


 リビングでくつろいでいた桜ちゃんに声をかけると私の顔をじ〜っと見つめてくる。


「な、なに?」


 あまりにもじっくり見られたのでいたたまれなくなってしまった。


「あ、ごめんね。はるか、高校生になってからますますお姉ちゃんに似てきたなって思ってね。やっぱり親子ねぇ」


「そ、そう?」


「うん。はるか学校でモテるでしょ〜。浮いた話聞かないけどその辺どうなのよ?」


「あはははは。それよりも早く行かないと予約の時間に遅れちゃうよ?」


「あ、そうね。車の中で詳しく聞こうか」


 見逃してくれないんだ。


♢♢♢♢♢


「はるかちゃん、いらっしゃ〜い。桜ちゃんもお久しぶりね」


 秋穂ちゃんの勤める「metamorphose」に着くと店長さんが笑顔で出迎えてくれた。


「あゆむさん、こんにちは〜」


「あら〜、高校生にもなって人の名前覚えられないなんてはるかちゃんも勉強不足ねぇ」


 笑顔がとっても怖いあゆむさん。わかっていながらもついついイジってしまう。


「店長さん、お久しぶりです。今日はお願いします」


 桜ちゃんはあゆむさんのファンらしく、10年来の常連さんになってる。以前は秋穂ちゃんが担当してくれてたんだけど私の担当になっちゃったもんね。


「2人ともいらっしゃい。席にどうぞ」


 忙しそうにタオルで手を拭きながら叔母である秋穂ちゃんが案内してくれた。


「さてと、はるか。今日はどうする? 高校生になったし何か変化つける?」


「う〜ん? いつも通りでいいかな?」


「そういう手堅いところは春斗譲りね。了解」


 目の前の鏡には私と秋穂ちゃんの顔が並んでいる。お母さん似の私は、秋穂ちゃんと姉妹って間違えられることもあるくらい似ている。


「お父さん? 私には、わかんないや」


「見た目はお姉ちゃんに似てるけど、行動パターンとかはお父さん似じゃないかな? ねっ、桜」


 秋穂さんは隣の席に座った桜ちゃんに話を振った。桜ちゃんは顎に手をやりう〜んと考えこんでるようだ。


「言われてみるとそうかも、お兄ちゃんもあまり冒険しなかったもんね」


「へぇ〜、いつもお母さんに似てるとしか言われないからちょっとうれしい」


「内容は褒めてないんだけどね」


「そういうところはお姉ちゃん似」


 思わず秋穂さんと顔を見合わせて笑ってしまう桜ちゃん。


「ぷっ、くくくぅ」


「え〜、それはひどいよ〜。帰ったらお母さんに言いつけてやるからね」


 もう、私がお父さんを知らないからって。


♢♢♢♢♢


「やばいやばい!」


「おはよう、はるか」


「おはよう! じゃないよお母さん。どうして起こしてくれなかったのよ」


 美容院から帰ると、私はお母さんにお父さんの話をいっぱいしてもらった。車が好きなこと、意外とモテたこと。

 お母さんが饒舌だったこともあり、昨日寝たのは2時を回ってからだった。


 私は急いで制服に着替えてテーブルに着く。


「いただきます」


 どんなに時間がなくてもごはんはしっかり食べなさい。昔からお母さんに言われてきた言葉。


「あ、そうそう。昨日の話の続きなんだけどね」


「あ〜、お母さんごめん。本当に時間ないから! 今度ゆっくり聞かせてね」


 昨日知ったんだけど、お母さんはお父さんのことを話し出すと止まらない。いつまで経ってもお父さんのこと大好きなんだな。


「行ってきます」


 慌ただしく外に出て急いで学校に向かう。


 ピュー


「きゃっ!」


 途中、突然の突風にスカートが捲れ上がってしまった。

 慌てて手で押さえてまわりをキョロキョロ。公園にいた同じ学校の制服を着た男の子と目が合った。


「み、見た?」


「……桜」


「えっ?」


確か今日はピンクの下着だったはず。しっかりと見られ—


「桜見てたんだ」


「桜?」


「うん、ほとんど散っちゃってるんだけどね。こういう散り際もいいなって思ってね」


「あ、そ、そうですか」


「そうなんです」


ほんわかとした雰囲気の人だなぁ。ほとんど散っちゃって葉桜なんだけどなぁ。


「ところで、急がなくて大丈夫?」


その言葉に慌ててたことを思い出した。


「あっ!やばい!ってあなたも同じ学校でしょ?急がないと!」


「あまり慌てると今度こそ見えちゃうよ?」


思わず急ブレーキ。振り返り彼に確認。


「ねぇ、あなた名前は?」


しっかりと口封じしないとね


「僕?四季」


「しき?」


遙四季はるかしき


「へぇっ?はるかさんって苗字なの?」


「おかしいかな?」


「あ、ううん。私、はるか。古川はるか」


「なるほど。名前がはるかなんだね」


「うん、あっ、ねぇ急がないとあなたも遅刻するよ」


「ああ、2は今日は校外学習だから駅集合なんだ」


「あっ!先輩でしたか。失礼しました」


私は羞恥に駆られながらも辛うじて頭を下げてた。


「うん?気にしてないよ。転ばないように気をつけてね、はるかちゃん」


♢♢♢♢♢


「私もお母さんみたいな恋をしたいと思ってたよ」


「想像と違った?」


「なんだろう?四季くんと一緒にいるとまったりできるって言うか、緊張しないと言うか。自然体でいられるんだけど、ドキドキがないんだよね」


「欲しいの?」


「う〜ん?いらないかも」


「何それ?」


「だって今が幸せだもん」


「まあ、そうじゃないと困るんだけどね」


「ねぇ四季くん」


「ん?」


「明日、いい式になるといいね」


♢♢♢♢♢


『それでは花嫁からお母さんへの感謝のメッセージを届けていただきます』


涙を必死に堪えながら、お母さんの前に立った。きっと私もお母さんと同じ表情してるんだよね?


「お母さん、女で一つで……って言うと、桜ちゃんや秋穂ちゃんに怒られちゃうかな?」


横目でチラッと秋穂ちゃんと桜ちゃんを見るとうんうんと頷いている


「お父さんがいない私が寂しく、寂しくないよぅに、いつも愛情を、い、いっぱい届けてくれて、ありがとう。ちゃんと、ね。届いてるよ?お父さん、きっと今も近くで見守ってくれてるんだよね?お母さんが教えてくれたんだよ。お父さんはいつもはるかのそばにいるよってね」


"風が吹いたらお父さんが呼んでるんだよ"


あの時、四季くんに会わせてくれたのはお父さんだったのかな?


♢♢♢♢♢


「ただいま〜」


(って誰も返事するわけないか)


はるかの結婚式が終わり1人自宅に帰ると、すでに夕方ということもあり、部屋の中には夕陽が差し込んできていた。


「はぁ〜、はるか綺麗だったなぁ。ね、はるくんもそう思うでしょ?」


写真の中のきみから返事が返ってくるはずはない。ただその微笑みが私の心を支配する。


「ねえ、はるくん。私達の子供は立派に巣立って行ったよ」


私1人じゃ無理だった。桜ちゃんや秋穂。他にもいろんな人が協力してくれた。


「もう、いいよね?私もはるくんのところに行ってもいいよね?」


桜ちゃんもすでにこの家にはいない。はるかがいなくなったこの部屋には私だけだ。


「はるくん」


"ジリリリリ ジリリリリ"


着信を知らせる黒電話の着信音が部屋に響き渡る。


「はい」


『もしもし、古川さんですか?私、三重県警の片桐です。以前、旦那さんの案件を担当していた者です』


私の胸がドクンと跳ねた。

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