第33話 嵐の前の……

就職のことはあまり考えてなかったんだ


(収入はあったからね)


それでも外で働かないとっていう気持ちはあったんだ


(世間の荒波に揉まれるのよね)


そうだね


「就職かぁ」


「古川くん、希望の企業はあるの?」


「ああ、……え〜っと」


「ひょっとしてまだ名前覚えてくれてないのかな?」


「あははは。ごめんね。たしかなっちゃんと同じサークルの人だよね?」


「1年から同じゼミだよ?美樹です、内藤美樹です。そろそろ覚えてよ」


「内藤さんね。うん、覚えた」


「本当かな……」


(えっ?)


だって特に交流なかったし


(同じゼミだったんだよね?)


そんなもんじゃない?


(そんなもんじゃないと思うよ)


「で、話し戻るけど就活は始めた?」


「まだだね。伊藤さんは?」


「内藤だよ。鉄板ネタにしないでよ?」


「会わなければ大丈夫だよ」


(本人にそんなこと言ったの?)


おかしいかな?


(きみらしいと言うのかなぁ)


「それはちょっとひどくないかな〜」


まあ、不満顔だったと思うよ


(それは仕方ないよ)


「古川くん、こっちで就職するんだよね?」


「そのつもりだよ」


それ以外の選択肢はないよね


(私がいるもんね)


♢♢♢♢♢


「えっ?はるくん決めてないの?」


「実はね。とりあえず収入があればいいかって感じだったけど、なっちゃんと一緒になるんだから形くらいは整えないとさぁ」


「ふふふ。私のためにありがとうね」


「官公庁、銀行、証券会社。う〜ん、なんか違うんだよね」


(小説家?イラストレーター?俳優?)


ありえないよね


(ないですねぇ)


「公務員も合ってる気がするけどね。私が養おうか?」


「え〜、ヒモはないでしょ。とりあえず収入は確保してるんだし」


「それもそうか。はるくんの好きなようにしてくれればいいんだけど、ね?」


「ん?」


「できれるだけ一緒にいたいから単身赴任とかは嫌だな〜って」


「そうだね。なっちゃんだって仕事があるからね。転勤なしで考えるなら地域密着型みたいな企業の方がいいかもね」


「あははは。余計なこと言ってごめんね。本当にはるくんの好きなようにしてね。いざとなったら私もついていっちゃうからね」


(離れるなんて考えられないもん)


甘えん坊だからね


(普通のことだと思うよ)


♢♢♢♢♢


あなたが就職してから散歩をすることが増えたんだ


(健康的だね)


いつか二人で歩いたみたいにね


(懐かしいね)


少しだけ遠くまで行ってみたりしてね


(一緒に歩きたかったな)


「公園か、子供多いな」


学校帰りだったのかもしれないけど駅前の大きな公園は子供がいっぱい遊んでいたんだ


「特に目立った遊具があるわけじゃないのになぁ」


少子化って言われるけど集まるところには集まるんだよね


(今の子ども達はあまり外で遊ばないからね)


「都市開発の一端なのか?外周は外壁で囲まれてるわけでもなく小さな柵があるだけだし、結構オープンな感じだな。車の通りも多い道に面してるからこっちの方がいいのか」


いつもなら公園なんて気にしないんだけどね


(なぜか気になった?)


そうなんだよね


「都市開発かぁ」


(ピンときたの?)


なんとなくね


「ちょっと調べてみるか」


(意外な選択だったよね)


そうかもね


「へぇ〜、地域活性化プロジェクトか。地元企業だし転勤もなさそうだな」


「就活?」


「ん〜?そうなのかな?ちょっと気になってね」


「見ていい?」


「どうぞ」


「建設会社?はるくん建築士になるの?」


「そういう訳じゃないんだけどね。ここの会社は地域活性化プロジェクトってのをやってるみたいで子育てがしやすい街づくりとかやってるんだって」


「へぇ〜!そういうのいいね。ふむふむ吉乃建設ね。この辺だと有名なとこだね」


「でしょ?転勤もなさそうだしね」


「意外な選択だね」


「そう?ちょっと散歩してたときになんとなくね」


「あ〜!私も一緒に行きたかったな散歩。はるくん、今度のお休み久しぶりに街歩きしようよ」


「仕事でもしてるのに?」


「仕事は仕事です。そこにはるくんはいないしね」


♢♢♢♢♢


「今井です。田原工場からきました」


「おう、よろしくな。君は酒は飲む方か?」


「まあ、ほどほどですね」


「週末にでも歓迎会やるからきてくれな。それまでに班のやつらともコミュニケーションとっておけよ」


「わかりました」


意外と若い女が多いな。

新しい職場での冬馬にとっては好ましい環境だった。


「今井くん、よろしくね」


「こちらこそ。ここの工場は美人さんが多いっすね」


「私、ほかの工場を知らないからなんとも言えないけど、そうなの?」


「町田さん筆頭にね」


「えっ?私なんて全然だよ。社交辞令として受け取っておくね」


「あははは、警戒しないでよ。筆頭は言い過ぎかも知れないけど俺はかわいいと思うよ。里美さん」


「も〜、上手だね今井くん。そんなこと言っても何もでないよ?」


「そんなつもりはないけどね。あ、よかったらこの辺のお店教えてくれない?一人暮らしだからうまい店知りたいんだ」


「ん〜?どうしようかな?」


「教えてくれるだけでいいよ?」


「そうなの?お誘いかと思っちゃった」


「誘ってもいいならぜひ。明日にでもどう?」


「ゴハンだけよ?」


「もちろん」


今回はね。

ガキじゃあるまいし初めからがっついたりしねぇよ。徐々に距離を縮めながら相手の警戒心を解いていく。働きだしてからの冬馬は男女の駆け引きを楽しむようになっていた。


自分も相手も大人だからこそ不用意なことはしなくなった。1番大事なのは保身だから。


「せっかく大企業に入ったんだ。上を目指すべきだろう」


それなりの立場になれば結果おんなは後からついてくる。

いまやるべきことは社内での地位を盤石なものにすること。


「さて、明日はどうやって落とすかな?まあ予行演習くらいにはなるだろう。なっちゃんレベルの難易度じゃねぇからな」

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