第27話 輪
「行ってきます」
最近感じる妙な視線。
桜が隣家の2階に視線を向けるとカーテンが揺れたのを見た。
「また?」
訝しそうな表情をしながらも学校へと歩いて行った。
隣家に住んでいるとはいえ、桜と秋穂は親しい間柄ではない。小さい頃から桜の相手は実兄の春斗か、年長者の夏希であり、秋穂も冬馬もあまり相手にはしていなかった。
その秋穂がなぜ自分に視線を向けてくるのか。春斗と付き合っている頃であれば話もあったかも知れないが、すでに別れてから3年もの月日が流れてる。いまさら自分に用があるとは思えないし関わりたくもない。
「用心に越したことはないですね」
これ以上、春斗が厄介ごとに巻き込まれないように。
自分がその火種を作らないように。
「早めに夏希お姉ちゃんに相談しよう」
♢♢♢♢♢
「夏希さん、ご卒業おめでとうございます」
「美樹ちゃん、ありがとう〜。なんとか卒業できました!綺麗な花束ね!」
「そうなんです!私の感謝の気持ちを花束にしてもらいました!」
「ピンクのバラ、ダリア、ガーベラ、かすみ草。ふふふ、感謝の詰め合わせだね」
「夏希さんにはお世話になったにも関わらず、ご迷惑もおかけしてしまいましたから。これからは私が大学での古川くんの監視役を引き受けますから安心してくださいね」
監視役?
(気にしないでいいのよ)
「あははは、大丈夫よ。全く心配してないから。寧ろ私は美樹ちゃんのその武器こそが心配の種になると思ってるわ!」
「へぇっ?武器って、私はそんなことしません!ちゃんと好きになった人だけに触らせてあげるんですから」
「あら〜、美樹ちゃん乙女なところがあるのね」
「由季さん!ご卒業おめでとうございます」
「ありがとうね。まあ、なつと違って私は余裕だったけどね?」
「うわ〜、嫌み……って言いたいけど事実だからやめとくわ」
「賢明な判断ね。それよりも美樹ちゃん?その胸は誰のものだって?」
「なっ、誰のとかは言ってません!」
「あらあらウブな反応だね。なつも最初は恥じらいあったのに、今じゃ春斗くんを襲う肉食系女子だからね」
「ちょっと!いきなり私を巻き込まないでくれる?」
「否定はしないんだ?」
「しないよ?愛しい彼氏限定なんだから問題ないでしょ?」
「うわっ!その余裕ムカツクわ〜、ところで奥さん、ご結婚はいつかしら?」
「へぇっ?結婚?はるくんの卒業に合わせてする予定だよ」
「はぁ?ちょっとそれってマジな話?もうそんな話になってるわけ?」
話してなかったんだ
(なかなかタイミングがなかったのよ)
あなたのことだからすぐに話してたと思ってたよ
(……そうだね)
「えへへへ。すでに式場も仮予約してたりして」
「まじっすかなつさん!結婚決まってるんすか!」
「うるさい堀くん!いまは私が聞いてるんだからハウス!」
「ちょっ、ハウスって犬じゃないんすから。ってかいいじゃないっすか。俺だって聞きたいっすよ」
「まあまあ、由季も堀くんもうるさいから。で、私とはるくんのことが聞きたいんだよね?うん、いっぱい惚気話を話してあげよう」
恥ずかしい
(なんで?)
秘密をバラされるみたいな感じかな?
「ごめん、なつ。とりあえず、とりあえず重要なことをまずは教えて!結婚は決まってるのね?」
「そうよ〜、とは言ってもちょっとした事情があるから私達のあいだではってところかな?素敵な式場も予約できたしはるくんの卒業が楽しみ!」
「いやいや、今日あんたが卒業したばかりだからね。あと2年我慢できるの?」
「さすがに私だって2年くらい……ねぇ?」
「自信ないんかい!」
「もう同棲してるんだからあまり変わらないじゃないっすか?慌てる必要なくないっすか?」
「ちっちっち。わかってないな堀くん。奥さんって存在に意味があるんだよ。彼女なんて不安定な存在じゃないんだよ?法的にも世間的にも認められた存在になるんだよ?」
「あんた、堀くんに女心なんてわかるわけないでしょ。語るだけ無駄よ」
「ひでぇ!これでも高校のときはモテたんすよ」
「誰も知らない過去の栄光ね」
「堀先輩のことは置いといて、夏希さん、式には呼んでくださいね。古川くんにも念押ししときますから!」
「あはははは。美樹ちゃんありがとうね」
♢♢♢♢♢
「卒業おめでとう」
「ありがとう、はるくん」
「謝恩会でなくていいの?今ならまだ間に合うんじゃない?」
「もう、お祝いだからはるくんといたいんでしょ?それに仲良い子たちはだいたいこっちに残るからいつでも会えるし」
「う〜ん。それにしても最初に行くのがスーパーってのもね。しかもその格好で」
「ん?だってせっかく綺麗にしてもらったんだもん。すぐ着替えちゃうのももったいなくない?それともはるくんが脱がせてくれる?」
「はいはい。手伝いはしてあげるよ」
「もう!それよりも何か言うことありませんかね?婚約者の袴姿だよ?」
緑の着物にグレーの袴姿のあなたは綺麗だったよ
(小振袖ね、ありがとう)
「ブーツなんだね。ハイカラさんだ」
「そうなの。草履も考えたんだけど慣れてるしブーツの方がかわいいかなって」
「うん、いつも綺麗だけど今日は格別だね」
「えへへへ。ありがとう。抱きしめてもいいんだよ」
「シワができちゃうよ?」
「優しく抱きしめてください?」
「了解」
(うれしかったな〜)
そう?
(うん、大学時代いろいろ頑張ったんだよ?)
そっか
(きみに包まれて、報われた気がしたよ)
お疲れ様
「ところでなっちゃん」
「なあにはるくん」
「ん?目瞑ってくれる?」
「ん?はーい」
「ん〜、よっと。はいOK」
「……は、る、くん?これって」
「なっちゃん、僕と結婚してくれる?」
「……ふっ、うぅぅ」
「社会人になるといろんな出会いがあるでしょ?まあ一応牽制?なっちゃんは僕のものだってアピールしたくてね」
「……ばか。もう骨の髄まではるくんのものだよ」
「あははは。で、返事は?」
(聞くまでもないよ?)
はっきりと言葉にしないとね
「はい。はるくんのお嫁さんになります」
「うん。とは言っても結婚は約束通り2年後ね。人気銘柄なんで早期予約をさせてもらいました」
「予約取り消しは不可だよ?」
「しないから」
「んっ!」
「ん?はいはい」
(予約特典のキスになります)
毎日が特典だね
♢♢♢♢♢
「は〜い。久しぶりだね桜ちゃん」
(次の日、あの子から連絡があったの)
珍しいね
『お姉ちゃん、いま大丈夫ですか?』
「うん、いいよ」
『お兄ちゃんは?』
「はるくんはバイトに行ってるよ」
『ちょうど良かったかもしれません。ちょっと相談したいことがあります』
「あらたまってどうしたの?」
『秋穂さんが私に会いに来ました』
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