第25話 嘘
「大丈夫、ちゃんと戸締りしたから……、うん、うん、わかった。じゃあ仕事頑張ってね」
「先輩?」
「うん。出張行くといつもこうなの。子供じゃないのに」
「物騒な世の中だからね。戸締りは気を付けないとね」
こうして先輩がいないときに呼ばれるのは何回目だろうか?
実家を離れて一人暮らしをしている俺に、なにかと親身になってくれている会社の先輩。
まさか自分の妻が夜のお世話までしてくれてるとは思ってないだろう。
冬馬は工業高校を卒業後、日本が世界に誇る挙母自動車に入社。
3ヵ月の研修を経て高級車ブランドシリーズの工場に配属されて愛知県の海沿いの街にやってきた。
「いや、まじないわ」
仕事をするだけであればなんの問題もない環境であるが若い冬馬には遊ぶ場所もない辺境の地にやってきたという印象だった。
そんな中で冬馬が1番フラストレーションを抱えることになった問題は『女』だった。
自他共に認める女好き。
これまで女に不自由することなく、真面目な交際などは考えたことなどなかった。
事実、冬馬はこれまでに女性と交際したことはない、と思っている。
「ねえ冬馬くん、いつまで座ってるの?」
「ああ、ごめん。ってか名前呼びやめた方がいいよ。先輩の前でポロっと言っちゃうとまずいでしょ」
「そっか、ごめんね今井くん。先にシャワー浴びる?」
「いや、このままで」
常に安全マージンは残しておくと冬馬。
セフレだった秋穂との偽りの関係を作り出したのは夏希に見られてしまったからだ。
顔も身体も文句なし、ただし面倒な性格。
冬馬にとって秋穂と言う存在は近所の同級生。
無論恋愛感情なんてものは皆無だ。
春斗の思いを知ったときには鼻で笑ってしまったものだ。
派手な格好を好む冬馬は学校ではとにかく目立った。同級生、先輩、教師ともれなく目をつけられていた。
そんな冬馬が目をつけたのが、何故か教師うけの良かった春斗の存在だ。
春斗と一緒にいると教師の訝しむ視線も減らすことができていた。
そんな都合のいい同級生の春斗を信用させるために秋穂をそそのかして告白させたのは冬馬だった。
『冬馬のおかげで秋穂と付き合うことができた』
自分のために根回ししてくれた冬馬に春斗は感謝していた。
「おう、良かったな」
ほんの気まぐれ。
2人がどうなろうと冬馬の知ったことではなかった。他人には興味がない。
だから秋穂を寝獲ったことも捨てたことにも罪悪感なんて持っていない。
元々秋穂に興味はなかった。
『隣の芝生は青い』
それだけのこと。
春斗の彼女だから意地悪をしてやろうという打算的な考えがあったわけでもない。
あえて言うならば
『そうしたかったから』
それだけのこと。
秋穂が、春斗がどうなろうと知ったことではない。自分の人生に影響を与えるようなやつらじゃないから。
路傍の石
冬馬にとって幼馴染はそれだけの存在。
♢♢♢♢♢
「冬馬、水族館連れってよ」
歓迎会で仲良くなった同期に無理矢理連れて行かれた水族館で春斗と夏希に再会した。
「冬馬、さっきの女だれ?まさか二股じゃないよね?」
「お前、二股も何も付き合ってね〜じゃん。一回ヤッただけでなに彼女面してんだよ」
「な、何よ、その言い方。自分で付き合うかって聞いてきたんじゃない」
「付き合うとは言ってねぇだろ?賢い女と面倒な女は嫌いなんだよ。帰りは電車で帰れよ」
「ちょっと!」
文句を言っている女には一瞥もせずに水族館を後にした。
「はあ、部署が違うとは言え根回ししとかねぇとな」
普段ならもっと効率のいい方法をとっていただろうが、少し苛立っていたようだ。
「まさか春斗となっちゃんがくっついてたとはな。にしても相変わらず面倒な女だな」
小さい頃から処世術を身につけていた冬馬は、大人相手でも自分の思い通りに誘導していた。
そんな冬馬でも苦手な人物がいた。
二つ年上の幼馴染、夏希だ。
心の奥底まで覗き込まれているかのような眼差しが嫌だった。
あのクリスマスの夜。
相手が夏希でなければ秋穂と付き合ってるなんて言わなかった。あれが1番簡単な逃げかただったから。
すでに秋穂とのことは親にもバレている。幸いなことに寝取ったことまではバレてないらしい。実家に帰るつもりはないから時間が経てば風化されるだろう。
「せっかく違う土地にきたんだから過去を引きずりたくねぇんだけどな。地元のやつがいるのは厄介だ」
冬馬にとっても春斗と夏希は面倒な人物となっていた。
「まあ、いざとなったら力強くで口封じすればいいだろう」
「秋穂と同じ方法でな」
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