第23話 妄想

『病院に行ってきた』


(父からの連絡は衝撃的な内容だった)


そうだね


「どこか悪いの?」


『お前は聞きたくないかもしれないが、秋穂がな』


「そう」


『本当は本人を連れていきたかったんだが拒否されて、俺とお母さんと2人で相談に行ってきた』


「えっ?どういうこと?どこか悪いってわけじゃないの?」


『身体自体はいたって健康だ、問題は心だ。』


「心?」


♢♢♢♢♢


「いらっしゃいませ、ご予約のお名前お伺いできますか?」


「香月です」


「はい、香月さまですね。本日はどうなさいますか?」


「カットとカラーをお願いします」


「わかりました。こちらの席でお待ち下さい」


名古屋行きを拒否された秋穂は地元の美容院で働きはじめていた。

学校の勉強はあまり得意ではなかったが、手先が器用で見た目も綺麗な秋穂はお店からも重宝されていた。


「オーナーいまこられた香月様、カットとカラーでお願いします」


「了解、あ、秋穂ちゃんお昼休憩取ってきていいわよ」


「はい、お先にいただきます」


就職して環境も変わり忙しい日々の中で、自分の置かれている状況も見えなくなっていた。しかし一つだけ明確になったことがあった。


『冬馬に裏切られたこと』


すでに冬馬には黒い感情しか抱いていない。


無理矢理抱かれ、脅迫され、別れさせられた。


そこに自分の感情があったことすら忘れるくらいに。


「はぁ〜、早く会いに行きたいな」


スマホに映る懐かしい笑顔。

学生服に身を包んだ私達がお互いを見つめ合う写真。  


1で寂しい思いをさせてごめんね。もう少し、仕事が落ち着いたら会いに行くからね」


♢♢♢♢♢


「秋穂、仕事は慣れたか?」


「ん?まあまあかな。雰囲気には慣れたかな。まだまだ雑用しかできないから覚えることだらけだよ」


「店長はまだ若い人なんだろ?先輩達とはどうなんだ?」


「まあ、仕事での付き合いだから。業務に支障はないよ。オーナーもたぶん気に入ってくれてるし。早くハサミ握らせてもらえるようになりたいよ」


「それはどれくらいかかるんだ?」


「3年くらいかな?1年目は接客、シャンプー、トリートメントとかかな?」


「そうか、しっかりとな」


「大丈夫、目標があるから頑張るよ」


♢♢♢♢♢


「そうそう、あまり力は入れすぎないようにね。お客様の様子を見ながらお声掛けもしようね」


「はい、透さん」


秋穂の就職した美容院に新人は秋穂だけだったので、営業後にはみんなが交代で実技指導をしてくれていた。


「秋穂ちゃんも知っての通り、うちは小さな個人経営だからなるべく早く独り立ちできるようにして欲しいんだ。だから秋穂ちゃんは逆にこの状況を利用してね」


「ありがとうございますオーナー。私としても早く一人前になりたいので頑張ります」


就職して3ヵ月、明日ははじめてお客様にシャンプーをさせてもらえることになっていた。

とは言っても練習の一環としてオーナーの高校の後輩にさせてもらうので、お金をいただくわけではない。それでも秋穂にとっては成長のチャンスである。目標のためにも成功させたい思いから練習にも熱がこもる。


「それにしても秋穂ちゃんは頑張り屋さんだね。技術を身につけたい気持ちがひしひしと伝わってくるよ」


「はい!私目標がありますから!」


「お〜、元気だね。やっぱり独立開業かな?」


「もちろんそれは目標の一つですけど、もっと大事なことがあるんですよ」


「へ〜、見当つかないな〜。男だと一人前になって彼女にプロポーズしますとか思いつくんだけどね」


「えへへ〜、似たようなものです。私もがいるんですよ。だから早く一人前になって迎えに行きたいなって思ってるんですよ」


秋穂の心の支えはまさにそれだった。

彼氏を迎えに行く。

その目標が彼女を奮い立たせていた。


「あ〜、やっぱり彼氏いたのか。昨日こられたお客様にもあのかわいい新人さんには彼氏がいるの?って聞かれたからプライベートなことはお答えできませんと言っておいたんだけど、秋穂ちゃんくらいかわいければ男は放っておかないよね」


「あ?何気に口説かれてますか?だめですよ私、彼氏一筋ですから」


「あはははは、バレちゃったね。そっかフラれたか。で、その彼氏くんはどんな子なの?」


「え〜?どうしようかな〜?そんなに聞きたいですか?」


「いやいや秋穂ちゃん。話したくてウズウズしてるよね?」


「ですね!自慢の彼氏ですから。彼氏は隣に住んでいた幼馴染なんですよ。大学に進学するために実家を出ちゃったから私から行こうと思ってるんです」


♢♢♢♢♢


「心ってどういうこと?」


『最近、おかしなことを言うようになったんだ』


「おかしなこと?」


『春斗くんが待ってる』


「は?」


『冬馬くんに捨てられたということは理解したみたいだ。取り乱したこともしていた。それがある時にピタッとやんだ。そしてその頃から春斗くんの名前が出るようになった』


「おかしいよ!はるくんとは何の接点もないはずだよ?それにはるくんが待ってる?そんなことあるわけないじゃない!」


(そう、そんなことはあり得ないんだよ)


そうだね


『わかってる。俺達も何度も秋穂に言い聞かせた。春斗くんは待っていない。お前は春斗くんに会う資格はないって』


「そうよ、今更何を言ってるのよ!謝ることさえして欲しくないわよ!」


『ああ。行かせるつもりはもちろんない。だけどな、そうやって否定すると狂ったように暴れだすんだ。春斗が待ってる。約束したんだって。おかしいと思って後日病院に連れて行こうとしたんだがいつもの秋穂だったんだ』


「どういうこと?」


『つまり春斗くんのこと以外はいつもの秋穂なんだ。春斗くんのことになると事実と異なることを言うんだ』


「そんな自分に都合良くしようなんてありえない!」


『そう。だから病院に相談に行ったんだ。医者に聞いた病名は"妄想性障害"だ』

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