第9話 浮気不倫

「いらっしゃい、はるくん。どうぞ上がって」


(朝から仏頂面だった)


女性の一人暮らしの部屋だったからね


(嘘ばっかり。嫌々だっただけでしょ)


「……おはようございます」


「忙しいのにありがとう、いまコーヒー入れるね」


緊張してたんだよ


「お待たせ。ミルクと砂糖はこれ使ってね」


「はい」


あなたの思惑がわからないから


「まさかはるくんがこっちにきてるとは思わなかったよ。あ、いまさらだけど入学おめでとう。困ったことがあったら言ってね。頼りないかも知れないけど一応先輩だからね」


「先輩、回りくどいことはやめて本題に入ってください」


僕は先を促したんだ


(もう少し再会の余韻に浸りたかったのに)


「うん。この前の写真ね、あれは2年前の冬、帰省したときに偶然2人に会ったの。その時ははるくんと付き合ってるって認識だったから秋穂に聞いたわ。そしたら冬馬くんがはるくんには他の彼女がいるって。はるくんが浮気したから別れたって説明されたわ」


驚いたよ


(うん。私はみんなよりも半年前からんだね)


そうだね


もう驚きはなかったよ


それ浮気がいつからかなんでどうでもよかった


「で?」


「うん、私ははるくんが浮気するなんて信じれなかったけど、秋穂のことも信じてたからなんとなく受け入れてたの」


(だって、私が中学に入ってからはきみと会うことはあまりなかったから)


あなたとは中学も高校も違ったから


「でも、この前はるくんは別れてから1年も経ってないって言ったよね?それでおかしいって思ったの。私の記憶違いかとも思ったけど、この写真が証明してくれた」


「いまさらそんなこと証明してどうするの?」


「えっ?」


「今更そんなことして何になる?謝罪させる?別れさせる?そんなことどうだっていいよ!今更何も変わらない。あいつらだって、家族だって、誰一人俺を信用してなかった!」


妹だけは興味なさげだったけどね


(あの子はね)


「はるくんは、はるくんはどうしたい?私は選択肢を増やしただけ。はるくんが持ってない選択肢を増やしただけだよ。どうするか決めるのははるくんだよ」


「それなら、それならほっといてくれよ!

意味のない選択肢なんていらないんだよ!」


終わったこと


僕は過去のことには蓋をした


思い出したくない


思い出す必要もない


「ねぇはるくん。そうやっていつまでも閉じこもってるの?ううん、はるくんが閉じこもる必要があるの?私の知ってるはるくんは笑顔が似合う優しい男の子だよ」


「そんなのはなっちゃんの思い込みだろ!俺はそんな人間じゃないんだよ!嘘だってつくし嫉妬だってした!そんな優しいだけの人間なんていないんだよ!」


(そうだね。そんな人いないね)


みんなどこかに影を持ってるんだよ


「知ってるよ?私だってそうだもん」


「じゃあ、なんでほっといて—」


「私もね、私も浮気されてたんだ」


「えっ?」


「二股されてたんだよ、しかも不倫だった」

「最低でしょ?私」


「……そうだね。不倫なんて最低だよ」


(びっくりした?)


そうだね


あなたは優等生だったから


「私も最低な人間。だって不倫してたんだもんね。知らなかったんだよ?結婚してるなんて。言わなかったんだよ?私だけじゃないって。でも最低でしょ?向こうは結婚してるから正しい。こっちは後からだから悪い。知らなかったで済まないんだよ?だからってね、私だって傷ついたんだよ?心だって身体だって。それでもね、なんとか乗り越えたんだよ?私にできたことがはるくんにできないわけないじゃない!裏切られた?秋穂に?家族に?私だってだよ。だからってみんながみんなはるくんのこと裏切るわけじゃないんだよ。怖いだけだよ。信じるのが。信じて裏切られて自分が傷つくのが怖いだけなんだよ」


「そうだよ、怖いよ。信用なんてできないよ。そんな簡単に—」


「はるくんは一人で生きていけるの?誰にも頼らず、全部自分でできるの?」


「できるよ。いまだってそうやって—」


「できないよ。はるくんだって知らない誰かに頼ってるんだよ。その人の全部じゃなくても、少しだけでも信じてるんだよ。それでいいじゃない。線引くのはいけないことじゃないよ?でもね、最初から全部否定しないで!信用できないからって否定しないでよ。私は秋穂じゃないんだよ?顔が似てたって秋穂じゃないんだよ。他人だって、私だってあんな否定のしかたされたら傷付くんだよ。少しくらい信用してよ」


(女の子は優しく扱ってね)


難しいね


って


(その言い方、悪意があるよね)


気のせいだよ


いくつになっても女の子なんだから


(きみはずるいね)


そうかな?


(そうよ)


「どうしろって言うんだよ」


「なっちゃんは俺にどうしろって言うんだよ!」


「前を向いて」


「はっ?」


「いつまでも過去に囚われないで。だって、絶対に忘れられないよ?悔しいもん。忘れられないなら気にならなくなればいいじゃない。あの子たちより幸せになればいいじゃない?周りに信用されてない?はるくん悪くないんだもん。堂々としてればいいじゃない」


「そんな簡単に—」


「簡単じゃないよ?でも難しくもないよ。だって自分が努力するだけだもん。他人は関係ないんだもん。はるくんがちょっとだけ勇気出せばいいんだよ」


勇気ね


(うん、勇気。元気でもいいよ)


「そのために、まずは一緒にご飯食べよ?」

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