「……」


 いや、でもそれって結構重いかも。俺が橘さんの立場だったら、そんなふうに確認するようにいつも見られたら、めんどくさい。もう少し軽めなものにしたほうがいいかな。

 ……けど、軽めなものってなんだろう?

 一時間ほど、あれやこれやと調べてみたけど、これだってものは見つからなかった。

 いっそサプライズは諦めて、いまなにが欲しいか訊いてみようか。自分の誕生日を忘れているはずはないから。

 ただ、平然と「俺」なんて言ったら、目も当てられない。

 パソコンの電源を切って、一息ついていると、デスクの下に無造作に重ねて置いてあった雑誌が目に入った。

 旅行雑誌だ。

 県内のもあるし、美山近県のもある。

 俺は、その一冊一冊を手にして、パラパラと中を見た。

 橘さんと出会ってからいままで、二回ほど泊まりで旅行した。長野と福島。その本もある。

 下のほうは東京と埼玉のだった。

 埼玉は、橘さんの地元でもあるから、一回は行ってみたい。

 少し意外だと思ったのは、橘さんは、その埼玉より東京へ、俺を連れて行きたがっている。俺が想像する、橘さんにとっての東京は、いやな思い出しかない土地かと感じていたけど、決してそうではないようでほっとした。

 スカイツリーに浅草、もんじゃ焼き。

 それらを思い浮かべながら、俺は、東京と表紙にある本を取った。

 ページをめくろうとした瞬間、二つ折りの紙が何枚か落ちてきた。開くと、部屋の見取り図が書かれてあった。

 アパートの物件情報のコピーらしい。すべてワンルームだ。家賃と最寄りの駅、近くのお店のことも書いてある。


『八王子』


 そんな駅名を見止めて、これらはぜんぶ東京のアパートだというのに、俺は気づいた。

 紙の上部には、03から始まる電話番号と、片仮名で人名が記されてある。

 どうやら、ファックスで送られてきたもののようだった。


「ヤマギシ……カンジ」


 ヤマギシという名前に心当たりはある。

 橘さんは以前、警視庁に勤めていて、そのときの上司の人だ。いまは、捜査一課というところの班長サンらしい。

 しかし、俺の知るそのヤマギシさんは女の人。カンジは完全に男の名前だ。

 俺は首を傾げた。

 それにしたって、どうして橘さんがこんなものを持ってるんだろう?

 東京の観光雑誌に挟まれてあった、東京の物件のコピー。

 橘さんが東京で部屋を借りる予定はないと思うから、人に頼まれたやつなのか。万が一、自分が借りるとなっても、その理由も含めて、さすがに俺には話してくれるはずだ。

 くれるはず……だと思っている。

 そのとき、インターホンが鳴った。

 俺は飛び上がるほどびっくりして、いま広げたものを慌てて元に直して和室を出た。

 インターホンを取ると、松宮さんの声がした。

 松宮さんは、橘さんがかかりつけにしているクリニックの女医さんだ。そして、俺と橘さんがどういう関係かを、唯一知っている人物でもある。


「橘くんいる?」


「いいえ」と答えながら、俺は首をひねった。

 松宮さんがうちにまでやってくるのは初めてで、いまは仕事中である橘さんの所在を、俺に訊いてくるのも初めてだ。

 松宮さんは町医者であり、警察からの依頼で検案も請け負っている。だから、俺よりはるか簡単に警察署へ出入りできて、仕事中の橘さんの居どころを知れる。


「松宮さん、きょうは警察署へは行ってないんですか?」

「やっぱり休みじゃないのね。橘くん」


 話が見えなくて、俺はまた首をひねった。

 急かすような松宮さんの口振りにも。


「仕事には行きましたけど……」

「ごめんなさいね。いまのは忘れて。それで、橘くんに渡したい書類があって、こうして来させてもらったんだけど……。私、これからちょっと出かけなくちゃならなくて、橘くん、署で捕まえられなかったから、マンションまで来ちゃったの。ごめんね」

「ああ、なるほど」


 と返しつつ、俺はまだ状況が呑み込めていなかった。


「仕事の大事な書類なんだけど、橘くんがいないなら、ここの郵便受けに入れていくわ。あとよろしくね」


 よほど急いでいたのか、松宮さんはそう言うと、俺の返事は待たずにインターホンを切った。

 その書類とやらを取りに下へ行こうと思ったけど、仕事に関するものだし、橘さんに任せることにした。

 夕飯を作り終えたころ、またパソコンとにらめっこしていたら、玄関のほうで物音がした。

 慌ててパソコンを閉じ、和室を出る。

 橘さんがリビングのドアを開けるところだった。

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