二
「ここで裸になって見せてよ」
「は?」
思わず変な声が出た。
しかし、銃をさらに突きつけられ、その後の言葉は引っ込んだ。
「早くしないと。僕はそんなに気は長くないんだ」
本島さんの目が本当にヤバかった。きのうの真面目そうな印象はどこにもなく、どちらかというと、イカれた異常者の目をしている。
手が震える。バスローブのベルトを外そうとしても、指が噛み合わなくて、なかなか結び目をほどけなかった。
それに苛ついたのか、拳銃を手にしたまま、本島さんがベルトを掴む。引きちぎらんばかりに結び目をとき、乱暴に抜いた。
そして、棒立ちの俺に構わず、バスローブを開いた。
俺は、橘さん以外の男に、しかも、なにをしでかすかわからないやつに半裸にされた。
それこそ、もうおしまいだと思った。
「なんだ。縮こまったままじゃないか」
右手には、銃。左手を俺の下半身へ伸ばし、本島さんは上下に動かした。
こんな状況で、こんなやつ相手に起つわけない。
俺は、沸き上がる気持ち悪さと、奈落の底に落とされたような絶望の中で、橘さんの顔を思い浮かべていた。
さっきの電話で、この部屋に本島さんがいることを橘さんは知ったに違いない。
こうなってしまった事情もいきさつも知っているだろうから、たぶん飛んでくる。
部屋のカギは開いたままだ。すぐにでも、あのドアをぶち破って、やってくる。
そうしたら、銃を持っている本島さんはどうするだろう。いきなりおとなしくなるとは考えにくいから、俺を人質にとって、橘さんに立ち向かおうとするかもしれない。
というか、最初からそのつもりでここに来たのかもしれない。
だから、あの電話に出たんだし、橘さんを挑発するようなことを言ったんだ。
その本島さんは、俺のをまだ握っていて、無理やり起たそうとしている。
銃を持ったままだけど、意識はずっと俺のにある。
俺は覚悟を決めた。橘さんに迷惑をかけたくない一心で、思いきって足を出した。眼下にあるがら空きの腹を蹴り上げる。
呻き声を床に落とし、本島さんがうずくまった。
いまだ!
俺は素早くバスローブを整え、部屋の外へ出た。
長い廊下にはだれもいない。
すぐさまエレベーターのあるほうへ走り出したら、本島さんの怒声が飛んできた。
「止まれ! うつぞ!」
足が止まった。首だけを動かして振り返る。
すると、ドアの一つが開いた。男の人が顔を覗かせ、銃を構えている本島さんと俺を見て、口をあんぐりと開けた。
その男の人に向かい、本島さんは、部屋に引っ込むよう指示した。
俺はその隙にまた走り出した。
エレベーターの前に来れたけど、二基とも使われている。どれも上へ向かってきていた。
「とんだ手間かけさせやがって」
どうしようか考えている間に、本島さんの腕が伸びてきた。
俺はそれをかわせず、首と背後を取られた。背中になにかがあてられる。
押しつけられたら、バスローブ越しでも、その固くて丸いものは銃口だとわかった。どっと脂汗が噴き出る。
そこへ、一基のエレベーターが着いた。中から出てきた人たちが、俺たちの異様さに気づいて立ち止まった。
顔の横に、見覚えのある手帳が出てきた。
橘さんに何度か見せてもらったことのある──。
本島さんは、警察の身分証を周りの人たちに見せ、この場から離れるように言った。
どう考えたって、警察である本島さんがまともな人で、俺は悪者だ。
その理不尽な行為に、地獄の底へとまた落とされた。
もう抵抗する気もなく、俺は本島さんに引きずられるようにして、廊下を歩かされた。
そのときだった。
最初は、本当になにが起こったのかわからなかった。我に返ったときには、本島さんは床に転がっていて、そのそばに拳銃が落ちていた。
拳を震わせ、橘さんが立っている。
そこでようやく、助かったんだとわかった。
俺がへたり込むと、着ていたスーツの上着を橘さんはかけてくれた。それと一緒にきつく抱きしめられる。
いまになって、やっと涙が出てきた。
橘さんに殴られたらしく、本島さんはのびている。その体がむくっと起き上がり、次の瞬間には、そこら辺に転がったまんまだった銃を取りに腕が伸びていた。しかし掴む前に、あとから来た定岡さんと晴海さんの連携プレーによって取り上げられ、手錠をかけられた。
「佑、立てる? どこか痛いところは?」
垂れる首をなんとか横に振った。
橘さんがこの腰を支え、俺を立ち上がらせる。まだ騒然となっている人垣をわけていく。
ホテルの部屋へ戻るや、体がガタガタと震え始めた。橘さんにしがみつき、俺はいつになく泣きじゃくった。
「なんで。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ」
「ごめん。本当にごめん」
「そうだよ。ぜんぶあんたが悪いんだ」
本当は、抱きしめてくれるこの力強さや、この手や、腕や足や存在が、俺の前から消えることがなくてよかったと泣いた。
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