「ここで裸になって見せてよ」

「は?」


 思わず変な声が出た。

 しかし、銃をさらに突きつけられ、その後の言葉は引っ込んだ。


「早くしないと。僕はそんなに気は長くないんだ」


 本島さんの目が本当にヤバかった。きのうの真面目そうな印象はどこにもなく、どちらかというと、イカれた異常者の目をしている。

 手が震える。バスローブのベルトを外そうとしても、指が噛み合わなくて、なかなか結び目をほどけなかった。

 それに苛ついたのか、拳銃を手にしたまま、本島さんがベルトを掴む。引きちぎらんばかりに結び目をとき、乱暴に抜いた。

 そして、棒立ちの俺に構わず、バスローブを開いた。

 俺は、橘さん以外の男に、しかも、なにをしでかすかわからないやつに半裸にされた。

 それこそ、もうおしまいだと思った。





「なんだ。縮こまったままじゃないか」


 右手には、銃。左手を俺の下半身へ伸ばし、本島さんは上下に動かした。

 こんな状況で、こんなやつ相手に起つわけない。

 俺は、沸き上がる気持ち悪さと、奈落の底に落とされたような絶望の中で、橘さんの顔を思い浮かべていた。

 さっきの電話で、この部屋に本島さんがいることを橘さんは知ったに違いない。

 こうなってしまった事情もいきさつも知っているだろうから、たぶん飛んでくる。

 部屋のカギは開いたままだ。すぐにでも、あのドアをぶち破って、やってくる。

 そうしたら、銃を持っている本島さんはどうするだろう。いきなりおとなしくなるとは考えにくいから、俺を人質にとって、橘さんに立ち向かおうとするかもしれない。

 というか、最初からそのつもりでここに来たのかもしれない。

 だから、あの電話に出たんだし、橘さんを挑発するようなことを言ったんだ。

 その本島さんは、俺のをまだ握っていて、無理やり起たそうとしている。

 銃を持ったままだけど、意識はずっと俺のにある。

 俺は覚悟を決めた。橘さんに迷惑をかけたくない一心で、思いきって足を出した。眼下にあるがら空きの腹を蹴り上げる。

 呻き声を床に落とし、本島さんがうずくまった。

 いまだ!

 俺は素早くバスローブを整え、部屋の外へ出た。

 長い廊下にはだれもいない。

 すぐさまエレベーターのあるほうへ走り出したら、本島さんの怒声が飛んできた。


「止まれ! うつぞ!」


 足が止まった。首だけを動かして振り返る。

 すると、ドアの一つが開いた。男の人が顔を覗かせ、銃を構えている本島さんと俺を見て、口をあんぐりと開けた。

 その男の人に向かい、本島さんは、部屋に引っ込むよう指示した。

 俺はその隙にまた走り出した。

 エレベーターの前に来れたけど、二基とも使われている。どれも上へ向かってきていた。


「とんだ手間かけさせやがって」


 どうしようか考えている間に、本島さんの腕が伸びてきた。

 俺はそれをかわせず、首と背後を取られた。背中になにかがあてられる。

 押しつけられたら、バスローブ越しでも、その固くて丸いものは銃口だとわかった。どっと脂汗が噴き出る。

 そこへ、一基のエレベーターが着いた。中から出てきた人たちが、俺たちの異様さに気づいて立ち止まった。

 顔の横に、見覚えのある手帳が出てきた。

 橘さんに何度か見せてもらったことのある──。

 本島さんは、警察の身分証を周りの人たちに見せ、この場から離れるように言った。

 どう考えたって、警察である本島さんがまともな人で、俺は悪者だ。

 その理不尽な行為に、地獄の底へとまた落とされた。

 もう抵抗する気もなく、俺は本島さんに引きずられるようにして、廊下を歩かされた。

 そのときだった。

 最初は、本当になにが起こったのかわからなかった。我に返ったときには、本島さんは床に転がっていて、そのそばに拳銃が落ちていた。

 拳を震わせ、橘さんが立っている。

 そこでようやく、助かったんだとわかった。

 俺がへたり込むと、着ていたスーツの上着を橘さんはかけてくれた。それと一緒にきつく抱きしめられる。

 いまになって、やっと涙が出てきた。

 橘さんに殴られたらしく、本島さんはのびている。その体がむくっと起き上がり、次の瞬間には、そこら辺に転がったまんまだった銃を取りに腕が伸びていた。しかし掴む前に、あとから来た定岡さんと晴海さんの連携プレーによって取り上げられ、手錠をかけられた。


「佑、立てる? どこか痛いところは?」


 垂れる首をなんとか横に振った。

 橘さんがこの腰を支え、俺を立ち上がらせる。まだ騒然となっている人垣をわけていく。

 ホテルの部屋へ戻るや、体がガタガタと震え始めた。橘さんにしがみつき、俺はいつになく泣きじゃくった。


「なんで。なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ」

「ごめん。本当にごめん」

「そうだよ。ぜんぶあんたが悪いんだ」


 本当は、抱きしめてくれるこの力強さや、この手や、腕や足や存在が、俺の前から消えることがなくてよかったと泣いた。




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