三
「え?」
「なんであんた、そんなに平気でいられるんだよ!」
我慢ならなくなって、部屋へ入ってすぐ、俺は怒鳴った。
定岡さんから渡されたコンビニ袋をベッドに投げ、もう一度大声を上げる。
「同級生だったんだろ、信じてたんだろ、親友だったんだろ」
「しーっ」
「なにが『しーっ』だよ。俺の気も知らないで──」
橘さんの大きな手が俺の口を塞いだ。でも、負けじと暴れてやる。
そりゃあ、いまは真夜中で、となりの人も寝てるだろうけど、そんなの関係あるか!
「佑、ここは公共の場だから。ね」
「知るか。知るか!」
「もう少しボリューム下げよっか」
そう言うと、橘さんは今度、自分の口で俺の口を塞いだ。
久しぶりのディープキス。あっさりと俺は抵抗をやめ、橘さんの思いを受け止めるのに夢中になった。
「……ズルいし」
長いキスが終わったあと、短く咎めた。
相変わらず橘さんは目尻を下げ、俺を見つめている。
「ごめんごめん」
「キスでなんかごまかされないからな」
と、強気に出たものの、俺の下半身はぐずぐずだった。
助けを求めるようにベッドへ腰かけた。
その前に橘さんは跪く。
「一つ訂正させてもらってもいいかな」
「え?」
「きみさ、神崎のことで誤解している」
俺は勢いよく立ち上がった。橘さんも腰を上げる。
「……まさか。定岡さん、話を盛った?」
「いや、そうじゃなくて。定岡さんはたぶん、一言一句間違いなく本当のことを話したと思う。ただ、あの人の場合、真実味がこもりすぎて、話が一人歩きしちゃうんだ」
「……よくわかんないよ」
「俺と神崎はたしかに同級生で、東京で再会して飲みにも行った。けど、たったの一回きりだ。俺は、そのとき話した感じで、神崎が暴力団と関わっているんじゃないかと思ったから、そのあとに誘われても断っていた。週刊誌に書かれそうになったのは俺の不徳と、完全な油断だ。信じてたとか、信じてなかったとか、そういうレベルの話じゃない」
「でも、定岡さんは……」
「まあ、ね」
自慢の髪を撫でながら、橘さんは「ははは」と声をもらした。
「定岡さんはああ見えて、とても義理人情の堅い人だから、俺だけが問題じゃないとフォローしてくれてたんだと思う」
「──ねえ」
俺は腕を組んで、ずいと首を突き出した。いまは曇り一つないその顔を見据える。
「訊いてもいい? なんで、神崎は放火なんかしたんだろう。警察から逃げてるんだろう」
「それはこれからの取り調べではっきりすると思う。俺も、その辺はまだわからないんだ」
俺は、橘さんの表情を窺ってから、ベッドに腰を落とした。
……現場の人間にもわからないんじゃあ、仕方ない。
すると、橘さんもまた膝を折って、ちょっぴり神妙な顔つきで言った。
「でも、正直複雑なところはあるよ。おんなじ教室で机を並べてた仲だからね。そりゃあ、まったく知らないやつを追うときの心理状態とは違うよ」
「そういえば橘さん、なんか車を探してたじゃん?」
「ああ……。けど、あれは結局、佑を助けたときに見た神崎をほう助したやつの車じゃなかった。あのとき検問に引っかかっていたしね」
「というかさ……あー!」
いまになって、一番に橘さんに言うべきことを思い出した。
すかさず、橘さんは人差し指を口に当てる。
「しー」
「そうだよね。あんた、神崎の顔を見てたんだよね。そのこと、なんで俺に言わなかったのさ。百歩譲って、同級生っていうのを黙ってたことは許すにせよ、俺を襲ったのは、じつは放火で捕まっていたやつで、いまは逃げてる最中だって言ってくれても──」
「だけど、それを言われて平然としていられる自信あった?」
「う……」
俺は見事に閉口した。
「だから、きみを不安にさせないよう情報を押さえていたんだ。もちろん、上から箝口令も敷かれていたけど」
「じゃあ、神崎は俺を襲うとき、なんで顔を隠してなかったと思う? やっぱり、大事なあんたには言いたいことがあって、わざと自分をわからせるようなことをしたんじゃないの?」
橘さんが視線を泳がせた。
すぐに、それも違うと返ってくると思っていた俺は、ものすごく動揺した。
「なに? まさか図星?」
「いや。なんで顔を隠さなかったのかって、そんなこと、考えもしなかったなと思って」
そう言っておもむろに立ち上がる橘さんを、俺は唖然と見つめた。
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