第73話 「…碧と緑が…」

 〇高津 紅


「…へきろくが…」


 万里君の話を聞きながら、二人を見ると。


「…俺達が潰したと思った一条は、生き残った奴らと他の組織が手を組んで再生した。」


「そこに、ある人物からの手引きがあったからだ。」


 碧と緑は、淡々とそう言った。


「ある人物…」


 聞かなくても分かる。

 …甲斐さんだ。


 甲斐さんは、舞さんの父親というだけでなく…若い頃から幹部として二階堂に尽力してきた人と聞いている。

 だから…本物の甲斐さんが、一条と繋がってたなんて…疑問でしかない。



「…ここを任せていいか。」


 万里君がそう言うと、碧と緑は無言で頷いた。


「……」


 私と二人の視線が絡むと、万里君は申し訳なさそうに小さく溜息を吐いて。


「また…必ず会えるようにする。今は…」


 小声で言った。


「…紅が元気な姿を見れただけで。」


「そう。まさか…」


 二人にそう言われて、ハッと気付いた。


 忍服…!!


「こっこれはー!!」


 途端に三人が声を出して笑い始めて、恥ずかしくてたまらなくなった。

 だけど…碧と緑が笑ってる事に、心から安堵した。


 私達は…多くの命を奪って来た。

 本当は、笑う資格なんてない。



『彼らは、一条の動きを探りながら世界を回って、遺族に援助し続けているんだ』


 そう万里君から聞かされたのは、CA5に乗ってからの事。


『罪は消えない。だけど、今の彼らに守られ救われている人達が大勢いる事も確かだ』


「……」


 私は…許されない人間だ。

 だけど、だからこそ。


 誰かを守っていかなくては、と思う。


 この命が…



 尽きるまで。




 〇東 舞


「大丈夫か。」


 志麻が担ぎ込まれた病院。

 あたしも少し腕に傷を負ったせいで、環さんから治療を言い渡された。


 …現場が気になる。

 いつもなら、志麻を置いてでも行ってしまうだろう。


 だけど…


「…あたしは大丈夫…」


 着替えたスーツの上着を脱いで、腕まくりをする。

 巻かれた包帯は大げさに思えたけど、自分を抑えるにはちょうどいい気もした。


 最初は、こんな格好…って戸惑ったけど。

 あの忍服じゃなければ…とっくに死んでいたかもしれない。

 高津ツインズの武器にも、さくらさんのアレンジにも助けられた。



「志麻…」


 名前を呼びながら、両手で我が子の左手を握る。

 驚くほど冷たいそれを額に当てて…色んな事を考えた。


「…沙耶君…」


「ん?」


 隣に座った沙耶君の顔を見ずに問いかける。


「…うちのクソジジイがカトマンズで死んでるの、知ってたの?」


「いや…あの事件の後、何となく環と万里の様子が変だとは思ってたけど…」


「……」


「…大丈夫か?」


「おかしいと思ってたんだ。」


「…え?」



 父は…あたしが七歳の時、一度だけ。


「舞、もうこんな世界にいなくていい。好きに生きろ。」


 突然、そう言った。


 若干七歳にして、あたしはそれが違和感でしかなくて。

 元々年に数回しか会わなかった父が、その次に会った時…

 もう別人だったなんて、気付くはずもなかった。


 だけど、きっとあの時だ。

 あの時が…本物の父との最後だ。



「…そんなに昔に入れ替わってたと?」


「恐らくそう。偽者、本当にそっくりで優秀だったけど…」


「けど?」


「…本物より、ちょっと若かった気がする。」


「……」



 いくら顔を変えても。

 肉体までを完璧に変えるのは難しい。

 背格好は似せてたと思う。

 だけど…今思えば…でしかないとしても。

 偽者との初めての稽古は、驚くほど刺激的だった。

 それまでと違って…


 武器を持たされたから。



「…う……っ…あ…」


「志麻…っ!!」


 それまで目を閉じたままだった志麻が、苦痛に歪んだ顔と共にかすかに口を動かした。


「何?何が言いたいの?」


「……さ…」


 沙耶君が志麻の口元に耳を寄せると。


「…え?」


 驚いた顔をあたしに向けた。


「何?志麻は何を言ってるの?」


「…チップに…全部入ってる…と…」


「え?」


「…志麻…危険な事を…」


 沙耶君は志麻の頭をくしゃっと撫でると。


「環に連絡して来る。」


 そう言って、部屋を出て行った。



「……」


 右手でゆっくりと頭を撫でると。

 握ったままの左手を、少し握り返された。


「…志麻…」


「…心配かけ…て…め…」


「何も言わないで。今は…ゆっくり休むのよ。」


 あたしの言葉に、志麻は少しだけ開いてたまぶたを閉じると、小さく首を横に振った。


「…まさか、このままSSに行くの…?」


「……」


「行……」


 行かないで。


 二階堂に生まれたあたし達にとって、言ってはならない言葉だ。

 だけど、母親として…それは…


「…母さ…ん…」


「……何?」


「助けに…てくれ…て……ありが…と…う…」


「……」


「…嬉しか…た…」


 …ポロポロと…涙がこぼれた。

 今日一日で、どれだけ涙が出ただろう。


「…父さんも…母さんも…俺の…誇りだ…」


「……」


 あなたこそ…



 あたし達の誇りよ……



 志麻。





 〇高津薫平


「志麻さんのチップに、一条のデータが取り込んであった。」


 俺がそう言うと、どこそこから歓声が沸いた。



 さっき、沙耶さんとかしらから連絡があった。

 志麻のチップに入れるか?と。


 入れないわけないじゃん。って思ったけど…

 一条からビンビンに疑われたからか、そこは志麻さんも複雑かつ厳重にロックかけてて。

 …ちょっと手こずった。



「…ほんっと…危ない事して…呆れる…」


 そう言いながら唇を尖らせてる瞬平は、すでに泣いてる。

 …だよなー…

 きっと志麻さん、このまま…SS行っちゃうんだろうからさ…


「泣いてる暇ない。」


 ティッシュが見当たらなくて、その辺にあったタオルを瞬平に差し出すと。


「…分かってる。」


 瞬平はそれを受け取って、ゴシゴシと目と鼻を拭いた。


 …あ。

 おはじきの足の裏を拭いたタオルだ~……って気付いたけど、黙っておこ…っ。




「富樫さん、MI6と合流して、SIPD全域の倉庫全て押さえてください。」


『ラジャ』


「NYAV4で確保した奴らの中には、薬で操られてただけの兵士が大勢いるみたい。データ送るから、判別よろしく。」


『了解しました』


「パトナーにある格納庫に、開発中の武器がまだ眠ってるそうで……すみません、頭、そこをお願いしていいですか?」


『解体した方が?』


「うわ…楽し…あ、えーと…現場見て判断はお任せします。」


『ふっ…ラジャ。織と向かう。近くに手が空いた者がいれば、応援を頼む』


『こちら木塚、火野と向かいます』


「木塚さん、向かう途中にまだ未回収の飛行体があるので気を付けて。」


『ラジャ』


 頭には少し遠慮がちだったけど、瞬平は次々と指示を出した。

 志麻さんが持って帰ったデータは、結構詳細がハッキリしてて。

 何となくだけど…

 誰かが、見付けやすくしてくれてたんじゃないかなって気がした。



「D班、シチリア島に保護してもらいたい人達がいるから飛んでもらえる?」


『ルート変更します』


「よろしく。あとー…日本はどうなってる?」


 モニターに映るCA5を追う。

 HJ8895の南にあった赤い点滅は、少しずつ位置をずらして日本に近付いてる。


「さくらさん、少し離れた場所で待機して。」


 さくらさんに話しかけると。


『っ…は……だ……』


 音声が…


「……」


 瞬平と顔を見合わせる。


「あんな所で通信出来なくなったらヤバイって…」


 瞬平がキーボードを叩く。

 俺も、志麻さんのデータから妨害データを調べてみるも…それらしい物は…


「浩也さん、そこからHJ8895付近に通信出来ますか?」


『いや、こっちも聞こえない』


「何だろ…さっきから志麻さんのチップにあったデータにも、やたらと『カルロ』って出て来るこれ…ウイルスとは違うみたいだけど…」


 俺がそうつぶやいた瞬間。


『偽者の甲斐さん自体が通信の妨害をしてるって事だ。だとしたら、さくらちゃんは近付き過ぎてる。危険だ』


 父さんの声が聞こえて来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る