第7話 「あたしが行く。決定でいいんじゃないの?」
〇二階堂 泉
「あたしが行く。決定でいいんじゃないの?」
どうしてこんなに重苦しい話になってるのか分かんない。
あたしがみんなを見渡して言うと、父さんが目を細めた。
「…総合評価の事だけで言うならそうかもしれないが、この件は」
「ちょっと。身内だからって甘さは入れないでよ?」
父さんの言葉を遮って、あたしは立ち上がる。
「自分でも適任だと思うし。だからこの話、進めて。」
真っ直ぐに見て言うと、父さんは無言で…だけど根負けしたように視線を外した。
それを見届けて会議室を出ると。
「待て、泉。」
追って来た志麻に手を取られた。
…あれ。
久しぶりに呼び捨てられたけど。
いいの?
父さん達にも聞こえてるよ?
あたしが会議室の中にチラリと視線を向けると、それを遮るように志麻が立ちはだかって。
「話がしたい。」
あたしの目を見据えて言った。
「…いいよ。」
志麻と連れ立って、会議室から少し離れた部屋に入る。
「…本気で行く気か?」
部屋に入ってすぐ、志麻があたしの肩を掴んで言った。
「本気だけど。」
「それなら…一緒に行こう。」
「…は?」
「一緒に。」
「……」
あたしと志麻は…一時期、傷のなめ合いをした。
そして、お互い二階堂のために尽力するって…
…まあ確かにあたし達は同志だし?
パートナーとしては上手くいくだろうけど…
「…断る。」
あたしは肩を掴んでる志麻の手を離して。
「一人で行くから、邪魔しないで。」
志麻の胸に人差し指を突き立てて言った。
「どうして。」
「どうしてって、一度にあたしらみたいに出来るのが二人もいなくなったら、二階堂困るじゃない。」
「瞬平も富樫さんもいる。」
「あたしらより評価の低い二人がね。」
「……」
あたしの言いぐさに志麻は眉間にしわを寄せた。
…甘いなー。
世界のために仕事をするんだよ?
「それにあんた、咲華さんの事行かせたくないからってのが丸分かり。」
「……」
ほら。
二階堂の男って分かりやすい。
特に志麻は…こういう時、妙に素直。
でもなー…
自分の気持ちに嘘が付けなくなったのは…いい事なんだよ。
あたしとしては、志麻に人間らしい部分が出来たのは嬉しい事。
だから…
「志麻にはさ…これから変わってく二階堂を守って欲しいんだよ。」
ゆっくりと、志麻の頬に触れる。
「ふふっ…何だろ。『お嬢さん』に戻って寂しかったのかな。さっき名前で呼び止められた時、ちょっと嬉しかった。」
「…泉。」
志麻の腕があたしを引き寄せて。
あたしは少しだけ懐かしい胸の中に納まる。
お互い本物の愛はなかったとしても…同情や友情…家族として、仲間としての気持ちは存在してたはず。
志麻は何か言いたそうに…だけど言えない感じで。
何度も口を開いては息を飲んだ。
バカだなあ。
何も言わなくていいんだよ。
…こうしてくれたの、嬉しかった。
一度目を閉じて、少しだけ…色んな事を思い返して。
「ありがと。」
志麻の胸を押して離れる。
見上げると、志麻は何とも言えない目であたしを見つめて。
「…俺は…」
何か言おうとしたけど。
あたしは小さく笑ってそれを制した。
「忘れないで。あたし達は二階堂に尽力する。それだけだ、って。」
「……」
「じゃあね。」
最後に一度、ポン…と志麻の胸を手の平で叩いて。
あたしは部屋を出た。
二階堂泉がこの世から消える事になる。
だけどなぜかあたしは…
それについて、ホッとしてる自分に気付いた。
〇富樫武彦
「待て、泉。」
そう言ってお嬢さんを追い出た志麻の背中を、私は…胸を締め付けられる想いで見つめた。
―待て、泉―
志麻は…今、二階堂の東志麻ではなくなったのかもしれない。
ただ一人の男として、お嬢さんを行かせたくないと思ったのでは…
出来る事ならば…私が名乗りを上げたかった。
しかし、こう評価が低くては…二階堂の恥になってはいけない…と、弱気な自分が勝った。
遺伝子は仕方ない。
私の両親は共に二階堂不適格者だった。
さくらさんのように出来過ぎる方ではなく、足りない方での不適格者。
祖父母は二階堂の前線で活躍し、若くして亡くなったとは聞かされたが…
…私はいつまで経っても中途半端だ。
守りたい人も守れないなど…
…情けなさ過ぎる…
「頭、聞いてもいいですか。」
お嬢さんと志麻が出て行って沈黙が続いていた中、薫平が声を上げた。
「…何だ?」
「カトマンズの件です。」
「……」
その場にいたボス、瞬平、私が同時に薫平を見る。
「ボスを家族ごとSSにって言われて、カトマンズの状況次第ではボスは死んだものとしてSSに送り込む。そういう作戦だったんですよね。」
「!!!!」
その言葉に目を見開いたのは、瞬平だった。
その反応…瞬平は知っていたのか…?
私とボスは…
「……」
無言で…頭を見つめた。
事件後、ボスと二人で飲んでいると…頭が現れて。
SSから人員を要望されているという会話の流れから『今回の任務は、私が依頼した』と言われた。
今回の任務…?
私同様、ボスも納得のいかない様子で頭を見つめておられた。
だが…今の薫平の言葉で…
ボスをSSへ行かせるために、カトマンズの事件を起こした…という風にも取れる。
「…私と瞬平の会話を聞いていたのか。」
頭が口元を緩めてつぶやくと。
「いえ、通信が遮断されたのが気になって、こっちに戻って…聞きました。」
薫平はそう言って、ポケットからチップを取り出した。
「…気付かなかった。」
「でしょうね。」
薫平はチップをポケットに戻すと。
「どっちが本当なんですか?」
頭を見据えて言った。
「…どっちとは?」
「ボスをSSに送り込むために、カトマンズの事件を起こしたのか…ボスを行かせたくなくて、カトマンズの事件を片付けるよう…第三者に現場解決を依頼したのか。」
薫平の質問は…ずっと私がモヤモヤとしていた事、そのものだった。
あの夜、頭は私とボスに『今回の任務は、私が依頼した』と告げただけで、その経緯や内容、真意はお話になって下さらなかったからだ。
私ごときが問うわけにも行かず様子を見守っていたが…
ボスは何か察する事があったのか…はたまた私の前では話せないと思われたのか…
それ以降、その話題には触れなかった。
頭は薫平の問いかけにゆっくりと目を閉じて…再び沈黙が戻った。
だが、頭の表情は先ほどよりも穏やかで。
それには…全てをお話になるのでは…と思わされた。
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