第39話 「…どうした?」
「…どうした?」
ベッドに沈み込んでるとこに、ナッキーの声が降って来た。
こっち来て、最初はナッキーと一緒に暮らしててんけど。
ピアノの練習スタジオがあるアパートに引っ越した。
けど、ナッキーだけには俺の部屋の鍵を渡してある。
「…やってもうた…」
「ん?」
うつ伏せになったまんま、数時間前の出来事を思い返す。
ナタリーとアパートに戻って来た俺は、今日こそナタリーに『頑張ったわね』て言わせるで。って、息巻いとった。
昨日、自分でもそこそこに弾けた気がしたからや。
ナタリーのホンマの彼氏が運転する車を降りて、アパートに入ろうとしたとこで…
「…真音。」
めっちゃ、聞きたかった声が背後から聞こえた。
…ん?
けど、ここ…日本やないし。
て、振り向くと…
そこに…るーがいて。
俺は、おかしな顔をしてしまった思う。
え?なんでここに?
て言うか、るー…めっちゃ怖い顔してるやん…
頭の中がパニックで。
「……なんでここに?」
まずは、疑問を投げかけた。
「会いたかったから…」
「……」
会いたかったから………言うわりに、るーの顔は凍り付いてる。
「…迷惑みたいね。」
「迷惑やなんて…」
「……」
…はっ…!!
凍り付いたるーの視線が、ナタリーの背中に添えてる俺の手にある事に気付いた。
俺の頭をパニックにしてる、『るーがそこにおる事』『怖い顔してる事』の後者の原因が『ナタリーの背中に添えられてる俺の手』である事には違いない。
これ…これ、誤解や。
けど、今そんなん言うても…説得力ゼロやん…!!
一瞬の内に、一郎の子供におもちゃ送ってやらなーとか、るーんちのメイド服のばーさん元気にしてるんかな、とか。
とにかく俺は…
現実逃避をした。
「マノン、誰?」
「え…あ…ああ…」
ナタリーと簡単な日常会話ぐらいは、何とか…出来るようになってる俺は。
「例の…彼女。悪いけど、中入ってて。」
ナタリーの耳元でコソコソと言うた。
「え?もう一回言って?」
「……後で。」
ナタリーの背中を押して、アパートに押し込む。
それでも背中にヒシヒシと伝わってくるんは…何とも冷たい視線や。
て言うか…
何でこんな所に一人で?
今日は寒い。
しかもここは治安がええとは言うても、こんな時間やと変なのも湧いて出る。
…会いたかった、は嬉しかったけど…違うやろ。
だいたい、俺は…二年会わんつもりで…
考えてると、少しムカムカして来た。
そんな俺は、つい…
「こんな時間に、そんなとこおったら危ないやないか。」
きつい口調で言うてもうた。
「…久しぶりに会えたのに、お説教?」
「…ホテルどこや。送ってく。」
「いいよ。近いから。」
「……」
「会いたかった…って、言って欲しかった。」
その言葉が、胸に刺さった。
『待ってる』て、言って欲しかった俺。
『会いたかった』て、言って欲しかったるー。
俺ら…アホちゃうか?
ふいに、唇を尖らせたるーが、うつむいて指を触ってる。
なんや?思うてると…
「もう、要らない。」
冷たくそう言うて、俺に何かを投げつけた。
「………」
地面に落ちた何かを呆然と見下ろす。
それは…
「…指輪…」
俺が、クリスマスに渡す予定やった指輪。
結局、こっちに来る前に渡せたものの…恋人として、言うより…俺の押し付けでしかなかった指輪。
るーからの手紙で、複雑な気持ちの中でも指輪はしてるって書いてあった。
…その指輪…やん…な?
この、地面に落ちてるの…
るーが、『要らない』って、投げたの…
「…はっ…」
一人で帰らせてもうた!!
我に返った俺が指輪を拾って駆け出すも、時すでに遅し。
るーがどこのホテルかも分かれへんし…
「……もしかして…るーちゃん来たの、タイミングが悪かったのか?」
俺の足元に座ったらしいナッキーが、遠慮がちに聞いてきた。
俺はその言葉を聞いて、バッと体を起こす。
「なっ…なんで、るーが来たの…っ…」
眉間にしわ寄せて問いかけると、ナッキーは目を細めて。
「昼間に会ったんだよ。親の遠征でこっちに来てるって。」
「親の遠征…」
「…事務所に帰って調べたんだけど、るーちゃんの親すげーな。ナオトがファンだっつってた武城桐子って、音楽屋にポスターが貼ってあるあの人だろ?美人だよな。るーちゃんはまさに原石だったな。だんだん綺麗になって来たなとは思ってたけど、本当今日もすごく可愛くなってて驚きだ。」
…何やろ…ナッキーが饒舌や…。
これは…
「…るーと、何喋ったん?」
「え。」
「……」
固まったナッキーの両腕をガシッと掴んで。
「何、喋った?」
少し凄んで言う。
「…いや、内緒で来たって言うから…おまえの部屋を教えた。」
「…は?」
「サプライズになるかなって。」
「……」
深い溜息を吐きながら、再度ベッドに沈み込む。
…全然ナッキーは悪くなんかないやん…
せやのに俺、今何かをナッキーのせいにしよ思ったよな…
あー…なんて小物なんや、俺。
「…ナタリーと帰って来たとこ、鉢合わせて…」
うつぶせたままつぶやくと、ナッキーから漏れた溜息が聞こえた。
「…俺が渡した指輪、投げ返された…」
「…もしかしてとは思うけど、彼女、ナタリーとおまえの記事を読んでたとか…?」
「……」
バッと体を起こす。
「…あの本…日本で…」
「売ってる。」
「……」
「でも、るーちゃん音楽雑誌買うか?」
「…ダリアのマスターの弟と仲良しやねん…」
「………」
ナッキーが目を細めて小さく何度も頷いた。
それはもう『読んでるな』って事で…
「あああああああ…ちゃうねん…」
俺がガシガシと頭をかきまぜながらベッドに沈んでくサマを、ナッキーは小さく笑いながら見て。
「彼女のためにピアノ習ってるんだろ?カッコ悪かろうが何だろうが、弁解しろよ。」
そう言って、部屋を出て行った。
…弁解…
確かに。
弁解せな…
るーは嫌な思いをしたまんまや…。
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