第62話 それからのあたしは…

 それからのあたしは…


 母さんには『子供なんて要らない』って言ってしまったけど…

 その存在が、酷く目につくようになった。

 一緒に住んでる子供達は当然の事…

 道すがら会う子供達を目で追うようになった。


 …誓君との子供…

 欲しくないわけない。


 あたしは小さな頃から『欲しくなかった』って言われて育ったけど…

 それは、『あたし』だったからなのかな…

 あたしがもっと可愛くて、愛想のいい子供だったら…

 両親も『可愛い娘』って…義母さんみたいに言ってくれてたのかな…



 誓君はどう思ってるんだろう。


 そう思ってると…



「トモの所、男の子が生まれたんだって。お祝いに行こうか。」


 九月に入ってすぐ、誓君がそう言った。



 誓君と二人で病院にお祝いに行った。

 退院されてからの方が…と思ったけど、何でも史さんが早くあたし達に見てもらいたいってリクエストしてくれたらしい。



「わあ…可愛い~…」


「もっと褒めて。」


 史さんは満面の笑み。

 誓君は慣れた手つきで赤ちゃんを抱っこして。


「名前は決めたの?」


 史さんに問いかけた。


「ええ。智則とものりって。」


 それは…早乙女君の『宝智ともちか』と、早乙女君のお父様の『政則まさのり』さんから一字ずつ取っての名前らしい。


「誰が考えたんですか?」


 あたしが首を傾げて問いかけると、史さんはふふっと小さく笑って。


「あたしが考えたの。」


 自慢そうに言った。


「え…そうなんですか…早乙女君が考えたのかと思った…」


「みんなそう言うけど、あたしが考えて発表したら、トモとお父さんどころか…お義母さんも泣いて喜んでくれたわ。」


「…史さん、すごい…」


 ほんと…すごい。

 あたし、自分が出産した時に、誓君とお義父さんの名前を取って名付けるなんて思いつかないよ…

 いまだにお義父さんとはあまり話した事ないし…



「お待たせ。」


 あたし達が智則君を囲んで話してると、飲み物を買いに行ってくれてた早乙女君が戻って来た。


「可愛いね。」


 あたしが智則君を覗き込んで言うと。


「数年後には『カッコいいね』に変わるけどな。」


 早乙女君は嬉しそうにそう言った。


 あー…何だか…いいなあ…


「…カメラ持って来たんだ。トモ、智則君抱っこして史さんと並んで。」


 ふいに誓君がそう言って、鞄からカメラを取り出した。


「えーっ、あたしメイクもしてないのに!!」


「へーきへーき。おまえはノーメークが一番奇麗だ。」


「も…もうっ…」


 早乙女君の言葉に、史さんは真っ赤になって。


「おっ…智則、昨日より重いな。」


 智則君を抱っこする早乙女君を優しい目で見てる。


 …いいな…


 心から、その光景を羨ましいと思うあたしがいた。


 …あたし…子供が欲しい。

 まだ全然実感なんて湧かなかったけど…


「もう一枚いくよー。」


 カシャッ


 三枚写真を撮った後。


「今度は誓とのいちゃん撮ってやるよ。」


 早乙女君がそう言って、智則君をあたしに差し出した。


「え…えっ?」


「智則、おばちゃんでちゅよ~。」


「お…おばちゃん…?」


 困った顔をしながら智則君を受け取る。


 桐生院家の子供達を子守して来たけど…

 こんな生まれたての赤ちゃん…初めて…


「あ…」


「あくびしてる…可愛いなあ…」


 あたしの腕の仲であくびした智則君を、誓君と二人で笑顔で見つめると…


 カシャッ


「え。」


 二人で顔を上げる。


 すると。


「いや、今いい顔してたから。」


「うん。ほんと、いいショットだったと思う。」


 早乙女君と史さんはそう言って。


「今度はおまえらの子で写真撮らせてくれよ。」


 笑顔でカメラを構え直した。





「…誓君。」


 病院の帰り道。

 あたしは思い切って…誓君に聞いてみる事にした。


「ん?」


「あの…」


「何?」


「……と…智則君、可愛かったね。」


 ああ…何となくストレートに聞けない!!


「ああ…うん。どっち似だったかなあ。」


 誓君は少し空を見上げて楽しそうに笑った。

 二人とも、目は自分だの口元は自分だの言い合ってたけど…


「…そうだね…まだ…ハッキリ分からなかったね…」


 あたしが必死で思い出してる風な顔をすると。

 誓君はあたしを見て小さく笑って…手をギュッと握った。


「っ…」


 何だか…手を繋ぐのも久しぶりで。

 あたしはハッと顔を上げて…だけどたぶん赤くなって…うつむいた。


 …楽しいな。

 こんな気持ち…久しぶりかも。



「せっかくだから、何か食べて帰る?」


 少し暮れ始めた空を見て誓君が言った。


「いいのかな…」


「デートして帰るって言えばいいし。」


「デート…」


「デート。」


「……」


 くすぐったい気持ちになりながら、あたしは頷く。

 すると誓君は歩きながら頭をコツンとぶつけて。


「じゃ、電話して来るね。」


 公衆電話に走って行った。


 …優しいな…誓君。


 義兄さんが言うように、誓君はとても優しくて…

 あたしは誓君を信じていればいいんだ…って、そう思う。


 …両親との事は…あたしが解決するとして…

 あたし、誓君とも…もっと距離を縮めなきゃ。


 あたしの勝手な憶測だけど…

 結婚してからこっち、少し溝が出来てしまった気がする。

 だから…今日みたいに手を繋がれるの…嬉しいな…



 電話をかけてる誓君を見る。


 …どうしたんだろ。

 何だか…長い。

 もしかして、ダメって言われてるのかな。

 もう人数分作ったから帰って来なさい!!とか…?


 あたしが少し心配そうに見てると、誓君は振り向いてOKって指でしてみせた。

 そして…電話を終えて戻って来ると。


「ごめん乃梨子。」


 少し目を細めて、あたしに謝った。


「え…?何?」


「デートして帰るって言ったら、泊まって来いって。」


「…え?」


「ちょっと…お客様が来るから、騒々しくなるかもしれないからって。」


「…泊まり…」


「うん。」


「……」


 誓君とは…あたしのアパートか桐生院家でしかお泊り経験がなくて。

 それはすごく…ドキドキしてしまった。

 結婚してるというのに…!!



「あっ…でも着替えとか…何もないけど…」


「じゃ、買いに行く?」


「…いいの?」


「うん。いいよ。」


 差し出された手。

 あたしは笑顔でそれを取って。


「楽しみ。」


 誓君と並んで歩いた。




 この時桐生院家に来るお客様が…






 うちの両親とも知らないで。

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