第17話 「…もう…紅美ったら、ノン君の事になるとそんなに熱くなるのね。」

 〇桐生院華音


「…もう…紅美ったら、ノン君の事になるとそんなに熱くなるのね。」


 一人だけのんきにコーヒーを飲んでる麗姉が、呆れた口調でそう言うと。


「だって…自分でもよく分かんないけど…」


 紅美がそう言って…唇を尖らせたまま、ポロポロと泣き始めて。

 それには、陸兄も麗姉もだが…俺もギョッとした。


「…沙都の時にそうだったから…ってわけじゃないけど…不安なのよ…色々…」


 まるで子供みたいにそんな事を言う紅美。

 俺は小さく笑いながら、紅美の頭をポンポンとした。


 …沙都と終わって…俺と始まったのも割と早かったからな。


 俺と沙都は違うが、バンドが離れた事と杉乃井の加入という紅美にとっての不安材料はある。

 元々、そんな事は気にしないような女だったと思うが…

 …俺達、まだきっと『途中』なんだ。



「…俺達…紅美が考えるだけで泣くような状況なんだと思う。」


 紅美の手を取って…陸兄の目を見た。


「恋愛が終わるって、傷になった事までが簡単になくなる事じゃねーと思うんだ。」


「…おまえは、紅美のその傷をどうしてくれるんだ?」


「…俺にも、全然傷がないかと言われたらそうじゃないから…」


「……」


「こんな状態で結婚を許すなんて不安かもしれねーけど、こんな…まだ『途中』な俺達だからこそ、一緒にいさせて欲しい。」


 俺は思ったままを素直に言葉にした。


 俺も紅美も頭はいいが…

 それが活かされないのが、恋愛だ。

 誰かを想う気持ちは、計算したり予測して完璧に答えが出るもんじゃねーしな。



「気持ち的には、紅美を世界一の幸せ者にしたいって思う。だけど、たぶん俺達…ケンカしたりぶつかったりして、周りから見たら全然ダメに思われるかもしれない。」


「……」


「それでも俺は、常に紅美の理解者でもありたいって思うから…何があっても、誰になんて言われても…」


「…言われても?」


 陸兄が、足を組んで斜に構えた。

 …機嫌が良くない時に、してるやつだな。


「イトコ婚がどうだの、紅美の生い立ちを調べてどうだの言ってくる奴がいたって。それがどうした?って笑ってやるよ。」


「……」


「過去が関係ないとか、そう言うんじゃなくて。それも含めて俺は紅美を好きだし、守れる自信がある。」


 握った紅美の手が、向きを変えた。

 俺がその手を見ると、紅美は涙目で笑って。


「…ずるいよ。二人きりの時には、全然カッコいい事言ってくれないクセに。」


 鼻水をすすりながら、そう言った。


「マジかよ…結構言ってたつもりなのに…」


 真顔で言ったのがおかしかったのか、紅美は小さくふきだした。


 …おい。

 マジなんだけどな…。



「…あのな。」


 俺達が見つめ合ってると。

 おもしろくなさそうな溜息と共に、陸兄が口を開いた。


「俺が、いつ反対だって言った?」


「………え?」


 その言葉に、俺達はポカンとした顔で陸兄を見る。


 隣の麗姉は、首をすくめて立ち上がると…

 キッチンでお湯を沸かし始めた。



「え…えーと…」


 つまり…

 反対は、してない…って事か?

 でも、始終面白くなさそうだったよな。

 反対はしてないが、賛成もしてない。

 そういう事か?



「…まさか、こんなに長い話になると思ってなかったから、みんな待ちくたびれてるだろうな。」


「え?」


「は?」


 陸兄の言葉に、俺と紅美は…


「みんな…って…」


 顔を見合わせてつぶやいた。


 …そう言えば、麗姉…何人分の湯を沸かしてる?

 出て来たカップの数も…



 俺と紅美がそわそわしてると…


「まったく…さっさと終わらせればいいものを…」


 地下のスタジオからのドアが開いて…


「…親父?」


 親父が出て来た。


 そして、続いて…


「ノン君、紅美、おめでとう。」


 聖子さんと…


「やったな。」


 早乙女さんに朝霧さんに…


「良かった。」


 母さんと瞳さんまで。


「え…えー……と…」


 俺と紅美が口をあんぐり開けて見入ってると…


「…おまえが産まれた時から、見守ってくれてた奴らだからな。」


 親父が、早乙女さんと朝霧さんと聖子さんを目配せして言った。


「あ、あたしはオマケね。」


 瞳さんは満面の笑みだが、俺の顔は凍り付いてる。


「咲華の結婚報告にも立ち会ったし、おまえのもと思って。」


「なっ…」


 な…何をバカなーーーー!!


「ちょ…ちょっと待てよ。今の…地下で…聞いてたのか?どこにマイクが?」


 俺はキョロキョロして部屋の中を見渡す。


 何考えてんだー!!

 両親だけじゃなく…師匠である早乙女さんにも、尊敬して止まない朝霧さんと聖子さんまでにも…

 今のこっばずかしい決意を聞かれてたとか…!!



「華音、大丈夫。声だけだと恥ずかしいかもだけど、ちゃんと姿も見えてたから平気だったよ?」


 俺が倒れそうになってるっつーのに…

 母さんはそう言って…本気で俺を失神寸前に追いやった。



 後で聞いた話によると。

 環さんが、二階堂で試作中だという小型のカメラを陸兄につけてて。

 俺達の様子は、地下のスタジオだけじゃなく…

 まこさんの病室と、アメリカにいる咲華にまで、中継されていた…



「声だけだと恥ずかしいって、知花酷いわ。」


「えっ、あたしそんな事言った?」


「姉さん…」


「えーっ、言ってないわよ…」


「言ってたぜ?」


「…ごめん華音。全然恥ずかしくない。男らしくて母さん自慢。」


「もうおせーな。華音、気にするな。」


 …陸兄の可愛い娘を俺にとられる気持ちを思えば…

 安かった。と思えばいいんだろーけどな。


 …何なんだーーー!!

 うちの身内はー!!



「ま、周りがなんて言おうが、紅美が喜んでりゃいいんじゃねーか?」


 親父の一言に、みんなが紅美に注目する。


 すると紅美は…


「世界一の幸せ者になった気分。」


 そう言って、俺の腕にしがみついた。


 …が。


「バーカ。世界一の幸せ者は、俺なんだよ。」


 ……親父ーーー!!





 〇二階堂紅美


「…おっす。」


 朝、ちょっと外の空気を吸おうと玄関のドアを開けたら…ノン君がそこにいた。


「えっ…いつからここにいたの?」


「さっき来た。」


「入れば良かったのに。」


「いや…昨日の今日だしと思って…」


 照れ臭そうに、顎をポリポリと人差し指でかくノン君。


 …昨日の今日…ね。



 昨日、結局父さんは…


「ほんとムカつくよな。何で俺だけ知らなかったんだ。」


 そうボヤいて、みんなに慰められてた。


「コンビニの前で知ったんだぜ?華音が紅美に電話してるのを聞いて。そんな知り方ってあるかよ…」


「まあまあ。おまえが悪いんだぜ?紅美ちゃんの相手はこういう奴って高いハードル作ってさ。そりゃあ言いにくくなるよな。」


 早乙女さんが父さんの背中をポンポンとして言うと、父さんは眉間にしわを寄せてみんなを見渡して。


「…みんな気付いてたのか?」


 低い声で言った。

 それに対して全員が頷いて…

 それには、隠してたはずのあたしとノン君も、父さんと共にガックリした。

 どれだけ分かりやすかったの…あたし達。



「隠されてたって事がショックで、夕べはルームに泊まって。」


「あはは。やっぱそうだったんだ。」


「今朝ルーム行ったら、陸が死んだように寝てるから驚いた。」


「そうそう。しかも超お酒臭くて。」


「うなされてたのよね。紅美が~紅美が~って。」


「そこからは、陸君放置してみんなでまこちゃんの所に行ってミーティング。」



 SHE'S-HE'Sのみなさんが、そう話すのを聞いて…あたしは不思議な気持ちになった。


 あたしとノン君の事、本当に…みんなで後押ししてくれる気だったんだ…



「だけど、いざ陸に気持ちを聞いたら『秘密にされてたのがショックだっただけで、反対はない』ってあっさり。」


「そ。それなら反対に、秘密にしてた二人にお灸を据えようってなって…」


「でも一時間もかかるとは思わなかったな。」



 て事で…

 あたし達の…両親に結婚を許してもらうお願いは、思わず公開されてしまって。

 …ノン君の腕にしがみついたのとか、ノン君の自慢を堂々としてしまった事とか…

 それらをみんなに見られてたかと思うと…


 すごく恥ずかしかった…!!



「…ノン君達、何時から?」


「俺は昼前。」


「え?なのに、どうしてこの時間?」


 今、八時半。


「おまえ昼からだよな。」


「うん。」


 玄関先で、立ったまま。

 だけど昨日までと気持ちが少し違う気がするのは…

 あたしの中にあった色んな不安が、形を変えたからかも。


 そんな事を思いながら、ノン君を見上げてると…


「…指輪、見に行かねーかなーと思って。」


 優しい目で…見つめられた。


「……」


 今度指輪見に行こうって言われてたけど…

 だからって…


「…まだお店開いてないよ?」


 あたしが首を傾げて言うと、ノン君は気付いてなかったのか。


「はっ…」


 本当に驚いた顔をして、額に手を当てた。


 …もーーーー!!

 ノン君、可愛すぎるよーーーー!!



 そんなわけであたしは…


「ノン君来た。」


 ノン君の手を引いて家に入って。


「おはようございます。昨日の、見ましたよ。」


 チョコにニヤニヤされて…


「…は?」


「…録画されてたみたい…」


「はあ!?」


「あ、ノン君おはよー。いい物見せてもらった。スッキリした。」


 ガクにもそう言われて…


「どこに残ってる!!消せ!!」


 そう言って、レコーダーのリモコンを手にした。


「そこには入ってませーん。」


 ガクとチョコに楽しそうにそう言われたノン君は、両手で頭を抱えて。


「…マジで!!二階堂…!!」


 何か続きを言いたそうだったけど…飲み込んだ。


 ふふっ…

 クソだな!!って言いたかったのかな。

 ま…言いたくもなるよね。

 あたしも自分の発言や行動を見ると、大汗かいちゃったけどさ。


 …ノン君の、真っ直ぐな目。

 この映像、宝物にしちゃうよ。

 あの時は消されたけど、また沙都に送ってもらったLipsでの告白音源と共に。



 …ほんと…あたし…




 ノン君の事、大好きだ。



 * * *


「おおおおお……」


「…何その声。」


 ルームに入ると、すでに来てた沙也伽があたしの胸元を掴んで。


「あたしも見たかったよー!!」


 ギュッと抱きしめられた。


「婚約おめでとー!!」


「あ…ありがと…朝霧さんから?」


 浮かれ過ぎて、口止めするの忘れてたっ!!

 今日、あたしから報告したかったなあ…



「うん。お義父さん、帰ってすぐ『ノン君と紅美ちゃんが婚約した』って嬉しそうに言った後…」


「え?言った後…何。」


 沙也伽はあたし達以外誰もいないと言うのに、口元に手を当てて。


「…『沙都はどれだけ紅美ちゃんを泣かせてたんだ?』って、腕組みして聞いてきた。」


 って、あたしの耳に近付いて言った。


「……」


 あたしはそれを聞いて…


 ああああああああああああ!!


 心の中で大絶叫!!

 ほんっっっと…!!

 朝霧さーん!!

 ごめんなさいいいいいぃぃぃ!!



「…沙都は悪くないんだけどね…」


 あたしが苦し紛れに言うと。


「いーや、悪かったね。あたし、お義父さんに言ってやったわ。『音楽の事になると彼女もほったらかし。メールをしてくるのは曽根さんで、沙都からは一切連絡なしだった』って。」


「…でも…朝霧さんが悪いわけじゃ…」


 うん。

 全然関係ないし!!


「ううん。見事なまでの音楽バカに育てたのは、あの環境よ。ま、お義父さんと希世はちゃんと音楽バカでも周りに気を配れる人だけど、おじいちゃんと沙都はね~。」


「そ…それ、朝霧さん…光史さんに言っちゃったの?」


「うん。」


「……」


「お義父さん、沙都にメールしてたよ。『音楽もいいが、女の子と遊んで色々勉強しろ』って。」


 さ…沙也伽ー!!



 何だか、沙都を悪者にしてしまったみたいで胸が痛む。


「…あたし、うっかり沙都の話なんて持ち出して…朝霧さん、気を悪くされなかったかな…」


 昨日は、見られてたのー!?恥ずかしいー!!って気持ちだけが先に立って。

 朝霧さんの気持ちなんて思わなかった…ああああ…申し訳ない…


 両手で頬をギューッと押さえると、恐らくおかしな顔になったであろうあたしを見て、沙也伽が鼻で笑った。



「大丈夫よ。お義父さん、ほんっとノン君とあんたの婚約が嬉しいみたいで、夕べは飲みながらまこさんとも長電話してたもん。」


 あ…そうだ。

 まこさんの所にも中継されてたんだっけ。


「SHE'S-HE'S、動き出してるみたいよ。」


「え?」


 沙也伽の言葉に、両手が頬から離れる。


「なんかさ…まこさんがSHE'S-HE'Sでいるために、対策たててるみたい。」


「対策って…」


「ほら。SHE'S-HE'Sには…ノン君のお母さんがいるじゃない。」


「…知花姉?」


「うん。」


「知花姉が何………はっ…」


 …ああ!!

 そうか!!


「いきなりは上手くいかないのかもだけどさ、SHE'S-HE'Sだもん。絶対超えちゃうんだよ。」


「そうだよね…」


「あたし達も、夏のフェスまでにガンガンメディアに出れるよう動かなくちゃ。」


 沙也伽が力こぶを見せて笑う。

 ほんと…沙也伽はたくましいし、頼もしい。


「うん。頑張ろう。」


 あたしが沙也伽の力こぶをポンポンと叩いて言うと。


「で…今日は婚約指輪を買いに行ったんじゃ?」


 沙也伽はあたしの手を取って言った。


「…何で知ってんの?」


 あたしが首を傾げて問いかけると。

 沙也伽はスマホを取り出して。


「ノン君が。」


 あたしに見せた。


 そこには…夢中で指輪を眺めてるあたし…


「なっ…なーー!!」


 何これ!!


「ふふっ。もー、ノン君可愛いよね。指輪見てるあんたが愛しくてたまんなくて、あたしに見せたかったらしいわ。」


「……」


「もらったら見せてね。」


 そう言ってスマホをおさめる沙也伽。

 あたしは、きっと赤くなってるであろう頬を…また両手で押さえた。



 あー…ダメだ。



 里中さんに怒られる。

 頭の中、お花畑だよー(笑)

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