第28話  勇者とご対面

「明日のお披露目会とデビュタントの会場警備配置を発表するぞ」


 デンナー隊長の一声でその場がシーンとなった。


 次々と名前を呼ばれ、配置場所と時間、ペアを組む先輩騎士の発表がされる中、私達女子4人の名前が最後まで呼ばれなかった。


 あれ?

 なんでだろう?


 4人で顔を見合わせる。


「あー、シモンヌ、シャーリー、カミラ、アヤーネは女性の要人の警護についてもらうことになった。シモンヌはライバン国王女、ベロニカ様の警護、シャーリーはジャイナス国聖女、サーヤ様の警護、カミラはライバン国公爵令嬢、ビビアナ様の警護、アヤーネは愛し子アヤカ様の警護にそれぞれついてくれ」


 そうデンナー隊長が言ったとたん、後ろの方からフランクの声が上がった。


「デンナー隊長! どうしてアヤーネがアヤカ様の警護に付くんですか?! こいつにやらせるくらいなら俺はデビュタントをキャンセルします!」


「ダメだ。デビュタントはちゃんと出席しろ。それと、デビュタントに出席する者は午後の訓練は休みだ。明日に備えてくれ。フランク、アヤーネの起用はアヤカ様の一存だ。覆ることはないぞ」


「な! アヤカ様がアヤーネを? 本当なんですか?」


 うん、だっていい方法がこれしかないように思ったからね。

 王妃様が裏から手を回してくれたようだ。


「本当だ。では、みんなそれぞれ場所の確認とペアを組む先輩騎士への顔合わせに行ってくれ。そのまま休憩に入って良いぞ。午後は剣術の訓練だ。今日は講師のマークス殿はいないので自主トレとする。シモンヌ達は今から自分の担当する要人に挨拶に行ってくれ。お互いに顔が分からないと警護をする上で不都合が生じるからな。アヤーネ、お前は勇者のマサキ様に会いに行くこと。以上!」


 い、今、なんと?

 マー君に会いに行けと?

 なんで?


「なんだ、アヤーネ。勇者に会うのに緊張してるのか? 大丈夫だ。マサキ殿は気のいい若者だ。この時間だと屋外の訓練場だな。マサキ殿に挨拶したらアヤカ様の所に挨拶に行ってくれ。わかったか?」


「はい、わかりました。行ってきます」


 屋外の訓練場か。

 入団テストの会場だね。


 それにしてもマー君に会わないように今まで気をつけていたのに直接対面する事になるなんてツイてない。




 訓練場に着くと、第一部隊と第二部隊の面々が剣術の訓練をしてるところだった。


 えっと、マー君はどこかな?


「アヤーネじゃないか! どうしたんだい? こんなところで」


 あ、ジークハルトさんだ。

 そうか、シャーリーの三人の兄上達は第一部隊と第二部隊にいるんだった。

 しかもジークハルトさんは第一部隊の副隊長だとシャーリーが言ってたっけ。


 剣術の訓練の途中らしく額からは大粒の汗がきらめいている。


 イケメンは汗だくの姿までかっこいいな。


 そうだ、ここは副隊長であるジークハルトさんにご挨拶をしておいたと言うことで誤魔化しちゃおう!


「ジークハルトさん、じつは明日のお披露目会でアヤカ様の警護をする事になったんです。その事でデンナー隊長にマサキ様にご挨拶に行くように言われたんですけど、マサキ様もお忙しいと思うので、」


「アヤーネ!」


 私が言い終わらないうちに今度は別方向から名前が呼ばれてしまった。


 げっ、アデライナス様だ。

 それもご丁寧にマー君を伴ってこちらに歩いてくるではないか。

 今日は魔導師の装いじゃなくてラフな黒のシャツに深緑のスラックス姿、相変わらずの美貌だ。


「良かったな、アヤーネ。アディ殿がマサキを連れて来てくれたみたいだよ」


 ううっ、喜べないよ。


「アヤーネ! 久しぶりだな。馬には乗れるようになったのか? おい、なんでジークの後ろに隠れるんだ」


 あ、バレました?

 私はジークハルトさんの背中からひょっこりと顔を出した。


「あは、アデライナス様じゃないですか! 全然気づきませんでした。お久しぶりです。どうしてここに?」


「嘘付け! 私を見て隠れただろうが」


「まあまあ、アディ殿。アヤーネはデンナー隊長から、マサキに挨拶に行くように言われてここに来たそうです。あ、ほら、アヤーネ、こちらが勇者のマサキだよ。マサキ、こちらは新人騎士のアヤーネだ」


「ああ、もしかして明日のお披露目会でアヤカの警護をする子かな?」額の汗を腕で拭いながら笑顔を見せるマー君。


 さすが、爽やかイケメンだ。でもその笑顔はやたらと見せてはいけませんよ。

 ご令嬢達が群がってきますからね。


「アヤーネ・ヒムーロと言います。アヤーネとお呼び下さい。よろしくお願いします」



「おい、だいぶ私の時と対応が違うな。私が名前を聞いたときは教えてくれなかったじゃないか」


「え? そうでしたか? そんなこともありましたっけね」笑って誤魔化す。


「アヤーネはアディ殿と面識があるんだね。そう言えば、入団式に魔導師団が乱入したとシャーリーが言ってたな」


 ジークハルトさんの言葉にアデライナス様がムッとした表情をする。


「乱入とは人聞きが悪いな。アヤーネを勧誘しに行ったんだ。断られたけどな」


「なるほど。魔導師団が一目置く新人騎士って言うのは君のことだったんだね。そんな子がアヤカの警護を担当してくれるなんて心強いな。アヤカは俺にとって大切な子なんだ。よろしく頼むよ」


 大切な子なんて、照れちゃちゃうな。

 なんてったって、アヤカは勇者の従妹だものね。


「はい! お任せください!」


 こうしてマー君にバレることなく無事に挨拶も終了。

 ホッとした。


 さあ、午後の剣術の訓練に備えて腹ごしらえに行きましょう。






「アヤーネ! お前に練習試合を申し込む!」


 あーフランクか……。


 午後の剣術の訓練所に響き渡るフランクの声。


 おかしいな、デビュタント組の貴族子息達は午後の訓練はお休みのはずなのになんでここにいるの?


「フランク君は午後の訓練はお休みでしょ? 早く部屋に帰ったら?」


「ふん、この俺と剣を交えるのが怖いからって逃がさないぞ! 俺はな、お前ごときがアヤカ様に近付くのは反対なんだ! お前が役にたたないことを証明してデンナー隊長に訴えてやる! さあ!剣を構えろ!」


 近付くも近付かないも私がアヤカ本人だからね。

 むしろ離れることが出来ないんだよ。


 あーもう面倒くさいな。


 騒ぎを聞きつけてリベルトとシモンヌがこちらに大股で歩いてきた。

 後ろからシャーリーとカミラも続いている。


「まあ、騒いでる声が聞こえると思ったら、フランク君でしたのね。弱い犬ほど良く吠えるとはよく言ったものですわね」


「シモンヌ、フランクと犬を一緒にしては犬がかわいそうだ。犬はとっても賢い動物なんだぞ」


 シモンヌとリベルトの言葉に反応して怒りで真っ赤な顔をするフランク。

 ちょっと、シモンヌとリベルト、煽ってどうするの。


「何だと?! ごちゃごちゃとうるさい! あんた達は引っ込んでてくれ! これは俺とアヤーネの問題なんだ!」


 えーやだ! 私は関係ないよね?

 問題にしてるのはフランクだけでしょうが。


「アヤーネ、これはちょこっと相手をしてあげればフランクも気が済むんじゃない?」


「そうね。アヤーネにこてんぱにやられれば少しはおとなしくなるかもね」

 シャーリーとカミラの言葉にフランクが大声をあげる。


「おい! 誰が誰にこてんぱにやられるんだ! 負けるのはアヤーネだ! サッサと剣を構えろ!」


 もう~、私は何も言ってないよ?


 しぶしぶ剣を構えてフランクの前に立つ。


「わかりました。そこまで言うのなら、受けて立ちましょう」


 なぜか私達を囲むようにギャラリーの輪が出来ていた。


 サッサと決着をつけますか。


 敏捷の術を施し軽快にフランクの剣をかわす。


 フランクに踏み込む時に重力増しの術で剣を振り下ろす。

 私の剣を受け止めたフランクが信じられないと言わんばかりに目を見開いて私をみた。


 見た目に反して重い剣を受け止めたフランクが受け止め切れずにフラついた。

 今だ! フランクの足を目掛けて剣を振り下ろそうとした私の頭に明日のことがよぎった。


 そうだ、フランクは明日、デビュタントなんだ。

 ここで怪我をさせるわけにはいかないよね?


 まあ、打撲傷ぐらいなら騎士団の救護室で手当てしてもらえば跡形もなく直してもらえるけど、果たしてフランクが自分で行くだろうか?


 ましてや、私にやられた怪我など意地を張って治療しに行かないだろう。


 ダメだ。振り下ろせない。


 その一瞬の気の迷いをフランクが見逃す訳はなく、私の剣を持つ手を剣で打ち付けられた。

 刃がつぶしてあるとはいえ防具なしの腕に当たればそれなりの衝撃が走る。


「「「アヤーネ!」」」


 リベルト達が私の名前を叫んだ。


 ううっつ、痛い! 

 あまりの痛さに剣を落としてしまった。

 その隙にフランクが私の足を目掛けて剣を振り下ろす。

 とっさに重力軽減、風魔法で後ろにバク宙で避ける。


 ギャラリーからの「おー!!!」と言う声とともにドヤドヤと誰かが訓練所に入って来た。


「何してるんだ??!!! お前達! やめろ!」


 あ、デンナー隊長だ。


 そして例によってジェフリー少年の実況が始まり、デンナー隊長の雷が落ちる。


「フランク! 午後の訓練は休みだと言ったはずだ。何故ここにいる?」


「そ、それは、どうしてもアヤーネがアヤカ様の警護につくのが納得いきません。俺に勝てないくらいなんです。アヤーネには無理です!」


 フランクはそう言いきると、腕を押さえている私を指差した。

 こらこら、人を指差してはいけません。


「アヤーネ、腕を怪我したのか? フランク、お前、自分がなにしたのかわかっているのか?」


「だ、だから、アヤカ様の警護は俺がやります」


「もう一度言う。アヤーネを警護に指名したのはアヤカ様だ。その警護担当のアヤーネに怪我を負わせてどういうつもりだ? そんなお前をアヤカ様が警護に任命すると思っているのか? むしろアヤカ様から抗議がきてもおかしくないぞ。いくら救護室があると言っても治癒魔法も万能なわけじゃないんだ」


 そう言ったデンナー隊長の言葉を聞いてフランクは青ざめた。


「お前はもう部屋に戻れ。言っておくが、デビュタントはちゃんと出ろよ」


 うなだれながらフランクが訓練所を出て行くと、デンナー隊長が私の腕の怪我を見た。


「腫れてきたな。見たところ骨は折れていないようだが、この腫れかたはひびが入ってる可能性もあるな。それにしてもどうしてフランクの挑発に乗ったんだ。すぐに救護室に行ってこい。そしてそのままもう部屋で休め」


「デンナー隊長、アヤーネは悪くないんです。フランクを挑発してアヤーネに剣を握らせたのは俺達です。アヤーネ、大丈夫か? 腕、痛むか?」


「そうなんです、デンナー隊長。私達がアヤーネに対戦するように言ったんです。アヤーネ、こんな事になってごめん」


 リベルトとカミラの言葉に私は声をあげる。


「違うよ、みんな。私が自分の意志で受けて立ったんだよ。腕は大丈夫。後で自分で」と言ったところでリベルトに睨まれた。


 あ、はい。すみません。治療魔法が使えることは隠すように言われてるんだった。


「アヤーネ、大丈夫ですの? それにしてもどうしてあの時、動きを止めたんですの?」


 そう首を傾げながら問いかけるシモンヌに先ほど考えた事を話した。


「ああ、だって、明日はフランク君のデビュタントだもの。あの意地っ張りが私が負わせた怪我を素直に救護室で治療するとは思えないからね。足を引きずってダンスなんて可哀想だし。じゃあ、今から、救護室に行ってきます。あ、ひとりで大丈夫だから」


 一緒について行くと言うシモンヌ達を口パクで『自分でやるから』と言って安心させ、救護室には向かわず自分の部屋に向かった。


 これくらいの怪我なら自分で治せるからね。



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