第26話 ガラスのハートとお茶会

 ネージュとの相性がバッチリなのが功を奏して、乗馬も順調にマスター。


 今更だが、私の身長で軍馬のマリオンに乗るのは最初から無理があったのだ。

 まずは、自分の体格にあった馬選びからやるべきだったね。


 ヘンドリック様、最初にそこに気づいて欲しかった。

 本当に、今更なんだけど。


 そうそう、エミリオ様との関係も良好で今なら彼の言動は王子であるヘンドリック様を守りたい一心での事だと理解できた。


 まあ、これでヘンドリック様の乗馬の訓練は卒業となり、あとは自分で練習あるのみ。


 そして、卒業記念にとヘンドリック様から『呼び笛』なる物をいただいた。

 ネージュの片耳に青い共鳴魔石のピアスが付けられ、それと付随する魔石がはめ込まれた人差し指ほどの大きさの銀の笛。


 私の魔力が込められているので、これを吹くとどんなに離れていてもネージュが聞き取り、私の元へ駆けつけてくれるらしい。


 なんか、日本でも犬笛とかあったよね。

 白馬のネージュはとても賢く、そして私によく懐いてくれている。


 私が厩に行くと、いつも笑顔で迎えてくれる。


 この笑顔が見たくて、厩番のトムさんにブラッシングのやり方を教わり、時間のあいた時にせっせと足を運んでいるしだいです。


 今日も急いでお昼を食べて、あいた休憩時間にネージュにブラッシングをしていたら、イヤーカフを通じてミリアさんから連絡が入った。


『アヤカ様、大変です。カトリーナ様が、こちらにいらっしゃいました。アヤカ様はアシストレンジャーの研究室にいる旨お伝えしたのですが、そこに案内をして欲しいとおっしゃいまして、困っております』


 え? オル母のカトリーナ様が?


 あの衝撃の初対面のあと、一度カトリーナ様からお茶会のお誘いがあったが私も騎士団の訓練があるのでやんわりとお断りをしていた。


 もちろん、角が立たないように王妃様からも口添えをしてもらったよ。


 まあ、騎士団の訓練というのは建て前で何となく会う勇気がなかっただけなんだけどね。


 今まではカトリーナ様の侍女さんから手紙をいただいて、それに返事をする形だったけど、ご本人が直接私に会いに来たなんてただ事じゃないよね?


『えっと、それってお茶会のお誘いでしょうか?』


『そのようです。王宮の庭園で、アヤカ様とお茶をお飲みになりたいそうです。ご本人がお見えなのでお断りするのは困難かと……』


『わかりました。では、カトリーナ様には私の支度が出来次第、庭園に向かいますと、お伝え下さい』


 さて、こうしちゃいられない!


 ネージュにブラッシングが中途半端になるのを謝り、走って訓練所にいるであろうマークスさんを探す。


 とりあえず、マークスさんに事情を説明して午後からの剣術の訓練を免除してもらいアヤカの部屋に転移。


 柔らかいパープルのアフタヌーンドレスに、髪はハーフアップ、ナチュラルメイク風に仕上げてさあ、出陣です。


 今度は、何を言われるんだろう。

 もう息子には近づかないように、釘をさされるのかな?


 決定的なことを言われたら、さすがの私も立ち直れないかも……。

 これでも、ガラスのハートなんだよ。カトリーナ様、お手柔らかに。


 庭園に着くと、待ちかまえていたカトリーナ様の侍女さんに東屋に案内された。


 あ、ここって、まだ子供の姿の時にレイ様とお茶をいただいたところだ。

 騎士団と近衛騎士団の合同訓練で公爵令嬢に絡まれた事件の後、ここでマドレーヌを食べさせごっこをしたんだよね。


 今となっては、懐かしい思い出だ。


 ふうーと、息を吐いてまた思い切り吸う。

 深呼吸、深呼吸。

 あー、緊張でドキドキする。


「カトリーナ様、お待たせして申し訳ありません。お招き、ありがとうございます」と、いって軽く腰をおる。


「まあ、まあ、アヤカ様。こちらこそ、お忙しいのにお呼びだてしてしまってごめんなさいね。さあ、どうぞこちらにいらしてくださいな」


 あれ? 思っていたよりも友好的?


 カトリーナ様の対面の椅子に腰掛けると、同時にお茶が用意された。

 テーブルには色々な種類の焼き菓子と、色とりどりのプチケーキが並んでいる。


「今日、お呼びしたのはこの前、アヤカ様に誤解をさせてしまったようなのでそのお詫びをと思いまして」


「誤解ですか?」


「ええ。実は、オリゲールからの手紙で愛し子のアヤカ様は8歳のお子様と聞いていたので今のお姿を見て驚いたのです。あの時に口をついた言葉は、決してアヤカ様を否定するものでは無いことをご理解ください」


「オリゲール様からの手紙に私のことが?」


「そうなんです。愛し子のアヤカ様は、とても可愛らしい女の子だと。でも、その後に大人の女性だったということを知らせてくれなかったのですわ。まあ、オリゲールにとっては子供でも大人でも関係ないということですね」


「子供でも大人でも関係ない……それって……」


 あー、カトリーナ様が選民意識の強い方という誤解はとけたけど、新たに落ち込む要素が出来た。


「興味がないってことですね……」


 最悪だ。 

 本人に私への興味がないとなると、告白したとしても玉砕する未来しか見えないではないか。


「え? ち、違いますのよ、アヤカ様。オリゲールは……」


 違うの?


「アヤカ!!」


 カトリーナ様の言葉が言い終わらないうちに、どこからともなく私の名前を呼ぶ声が響いた。


 ハビー様?


「ここにいたんだ。カトリーナ様がアヤカをお茶会にお呼びしたと聞いて、慌ててきたんだ。あ、カトリーナ様、オレも同席させてもらいたいが、良いだろうか?」


 良いだろうかって、もうすでに座っているではありませんか。

 しかもなぜ私の隣に?


 そして私の耳にそっと小声で囁いた。

「アヤカは食べないように。オレがカモフラージュになってやるから」


 カモフラージュ?


 あ! そうだ、この残念王子ったら、私を女神だと勘違いして食べ物が体に合わないと思ってるんだっけ?


 ここはきっちりと、食べ物が体に合わないという事実はないことを証明しなくては。


「カトリーナ様、あとでベロニカとビビアナ嬢もここへ来ると思うが、良いだろうか?」


「え、ええ、もちろんです」


 もうすでに呼んじゃってるんでしょ?

 そりゃ、断れないよね。


 その後、ベロニカ様とビビアナ様も合流してのお茶会が始まった。


 私はせっせとお皿にプチケーキやクッキーを盛りつけるが、ことごとくハビー様に食べられる始末。


「まあ! ハビー兄様とアヤカ様はすっかり仲良しになったのですね」


 はっ! もしかして、これってはたから見てると私がハビー様のためにお皿にかいがしくお菓子を取り分けているように見えてる?


 ええい! 私にも食べさせろ!


 ハビー様の隙を見てクッキーを摘まんで口に入れようとしたとたん、ハビー様が私の手をおもむろにつかみそのままクッキーをパクリと自分の口に入れた。


 うおー何をする! 私のクッキーを! 

 しかも大きな口で、手まで食べられるかと思ったではないか。


「ハビー様、私もクッキーが食べたいです」むっとしながらハビー様を見上げるとなぜかウッと声を上げながら真っ赤な顔をした。


「そ、そうか、まあ、クッキーくらいなら大丈夫だろう。でも、小さな物が良いな。ほら、食べやすくしてあげたぞ」と言って、クッキーを半分に割って私の口元に差し出した。


 パクリ。モグモグ。


「わあ、美味しい!」


 サックリとした歯触りに、濃厚なバターの風味、ほんのりと鼻に抜けるバニラの香り。


 やっぱり、スイーツは心が癒される。


 思わず、ハビー様に笑顔を向ける。


「お、美味しいのか? それは良かった」と、残りの半分のクッキーをまた口元に差し出された。


 反射的にまたパクリ。モグモグ。


 ん~美味しい!

 次はプチケーキが良いんだけどな~


 カシャン!


 ふっと、音のした方に顔を向けると、カトリーナ様、ベロニカ様、ビビアナ様がほんのりと頬を紅くしてこちらを見ていた。


 な、なに?

 首を傾げて三人を見る。

 ついでにハビー様にも目を向ける。


「お、お兄様が! あ、あの脳筋と言われるハビー兄様が! 早速、お父様に連絡しなくては!」


「私も驚いております。夜会に出席してもご令嬢方とお話する事もなく帰られると有名なハビエル殿下が、アヤカ様とはこんなに親密なご様子。何だかこちらが照れてしまいますわ。私も早くオリゲール様にお会いしたいです」


 え? ハビー様が脳筋っていうのはわかるとして、親密? ビビアナ様はオリゲール様に会いたいの? あ、知り合いなんだっけ?


 って言うか、激しく誤解されてる! やってしまった!

 あーバカバカ! 餌付けが許されるのは子供だけなんだよ。 


 つい反射的に、パクついてしまった!


 慌てて言い訳をしようと、口を開きかけた私より先にカトリーナ様が声を上げた。

 心なしか先ほどとは違って、顔が青ざめているような気がする。


「ベロニカ様、ライバン国王にご連絡するのは時期早々ですわ。ビビアナ様、オリゲールに会っていただくのは先に私がオリゲールと話をしてからになりますわ。今日の夜に帰って来るらしいので」


 カトリーナ様の言葉にベロニカ様とビビアナ様がそれぞれ何か言っていたが私の耳はそれをスルー。


 オル様が今日帰ってくるという情報だけがしっかりと耳に残りましたよ。

 それは、私も早く会いたい。

 まずは、ご両親との再会が先だね。

 女性三人がワーワーと騒いでる間に、ハビー様はなぜか赤い顔をして固まっていた。


「ダメだ。女神様とは、住む世界が違うんだ」と、ブツブツとうわごとのように言っていた。


 だから、女神様じゃないからね。


 私はこの隙に、食べたかったプチケーキを皿に取り心行くまで堪能しました。


 食べ終わったから、もう帰っても良いかな?







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