第25話 腹ぺこ大将に喧嘩両成敗はキツすぎる

「おい、アヤーネ、お前それ全部食べるつもりか?」


「もちろん! 今なら牛一頭、丸飲みできる気がする」


 夕飯時の騎士団の食堂で800グラム級のステーキを前にそう答えた私にリベルトが眉毛をあげる。


 今日はこの時間まで水しか飲んでないから、腹ぺこ大将なのだ。


「いや、そりゃあ逆だな。どっちかってえと、お前の方が牛に丸飲みされるだろう」


「まあ、それは大変ですわ。アヤーネ、たくさん食べて大きくならなくては」


 だから、シモンヌ、私の成長期はもう終わったんだってば。


「でも、今日は災難だったね。お昼ご飯抜きでダンスのレッスンだなんて。しかもメアリー様の代わりにマークスさんが講師だったんでしょう? マークスさんは物腰が柔らかいけど結構スパルタよね」とカミラが言えば、それに対してシャーリーが口を開く。


「でもマークスさんはメリハリのある教え方するから覚え得やすいよ。エミリオ様の馬の一件で時間を取られたから無理やり詰め込んだんだろう」


「それにしても、お詫びの品に馬を選ぶなんてすごいですわね」


 シモンヌのその言葉に頷きながら、切り分けたステーキを口に入れようとした瞬間、ドン! と背中に衝撃が起こった。


 カッシャン!


 その衝撃で、お肉が刺さったままのフォークを床に落としてしまったではないか。


「お? 何かに当たったか? なんだアヤーネか、小さくて見えなかったぜ。悪いな」


 その声に振り向くと明るいグリーンの髪にブルーの瞳の少年がぜんぜん悪く思ってなさそうな顔をしてにやついていた。


 フランク・シュパン、シュパン伯爵家の三男だ。


 今年、学園の騎士科を卒業した新人騎士。


 アヤカとして入団テストの申し込みをしに行ったときに私に対して「女に騎士なんて務まるはずない」と暴言を吐いた奴だ。


 いつものように取り巻きの二人を従えている。


 入団して一週間。

 今期、入団した28名の新人騎士は大きく分け三つの派閥に何となく分かれている。


 このフランク率いる貴族の子息派。

 リベルト率いる平民の実力派。

 私達女剣士4人組はもちろんリベルト派ね。あ、シャーリーは貴族だけど、例外ね。あとはどちらにも属さない中立派。



 そしてこのフランクは何かと私達、リベルト派につっかかってくる目障りな奴だ。


 特に私に対してあたりが強い。

 何故ならば、もともと女が騎士になること自体気に入らないところに、シモンヌには口で勝てず、シャーリーのバックには三人の兄上が、カミラは同じ学園の先輩ということから必然的に私がターゲットにされている。


 まあ、私も年下の少年のやることなのでこれまで、食堂でわざと足を引っかけられそうになっても、剣術の訓練の時にありえない方向から剣が飛んできたとしても、さり気なくかわすことにしてるのだ。


 たまにやり返し、リベルト派対フランク派の争いに発展する事があるけど、極力そうならないように抑えている。


 でも、今日のこれは見逃せない。


 腹ぺこ大将の食事の邪魔をした代償はキッチリと払っていただきましょう。

 私はおもむろに立ち上がりフランクに向き直ると睨みつけながら言った。


「悪いのは頭と顔だけかと思ったら、目も悪いんですね」

 その言葉にフランクは真っ赤になって固まった。


「あら、アヤーネ、フランクさんの悪いところはそれだけでは無いですわよ」


「そうだね。性格も悪いよね」


「やだ、シモンヌとシャーリーったら、真実は時として人を傷つけるものよ。ね、アヤーネもそう思うでしょ?」


「うん、でも本人は分かってないみたいだから教えてあげなきゃね」


 私以外の女性陣からのさらなる攻撃でフランクの頭から怒りのため、湯気がたっているように見えるのは気のせいだろうか?


「貴様、調子に乗るのもいい加減にしろよ!」と言いながら一歩足を踏み出して私に手を振り上げた。


 とっさに目の前に透明で堅いシールドを張り巡らしたがその手は振り下ろされることは無く、いつの間にかフランクの隣に移動していたリベルトに押さえつけられていた。


 おう! さすがリベルト、いつもながら目に見えない速さだ。


 でも、振り下ろしてくれて良かったんだよ。

 その手。

 だってこのシールド、堅い上にフランク側に無数の突起つきだから怪我するのはそちらだし。


 気がつくと私達の後ろにはリベルト派の皆が、フランクの後ろには貴族の子息達がにらみ合っていた。


「っ、離せよ!」といってリベルトに掴まれた手を振り払うフランク。


「おい、俺はお前を助けてやったんだぞ。その手をアヤーネに振り下ろしたらお前の手は骨折するぞ」


「は? 何言ってるんだ。こんな女にやられるほどヤワじゃない!」


「お前、この凶器とも言えるシールドが見えないのか?」


 うん。たぶんフランクには見えないだろうな。

 これ見えるのはリベルトぐらいじゃない? 透明度のランクをあげてあるからね。

 よっぽど視力が良くなきゃ無理だと思う。


「リベルト、このシールドはバカには見えないように張ったんで、たぶんフランク君には見えないかと」と言うと、フランクが目を見開いて叫んだ。


「み、見えるに決まってるだろう! ちょうどここにあるのがちゃんと見えてる!」


 やっぱりバカだった。

 もうシールドはとっくに解いたよ。

 どこに見えるんだい?


「おい! なんの騒ぎだ! またお前達か! こんどは何を揉めてるんだ!」


 げっ、第三部隊、ダミアン・デンナー隊長のお出ましだ。


「ジェフリー、この状況を説明しろ」と私達のちょうど中間にたっていた少年に声をかけた。


 ジェフリー・ウインバリー。中立派の18歳の少年だ。

 ピンクゴールドの髪に茶色の瞳、長い前髪が少々鬱陶しいが可愛らしい顔立ちだ。


 なぜか私達がもめ事を起こすとデンナー隊長はこのジェフリー少年に事情説明を求めるのだ。


 だから、フランクはこのジェフリーを自分の派閥に引き込もうと必死に言い寄っているらしいがジェフリーはあくまでも中立の立場を貫いている。


 さすが、デンナー隊長からの信頼が厚いだけのことはある。


 ジェフリーからの一通りの説明が終わったあと、床に落ちた肉の刺さったフォークと私とフランクの顔を順番に見てため息をつくデンナー隊長。


「フランク、わざとアヤーネにぶつかったのではないなら、謝罪の言葉が必要だな。それにフランクはアヤーネに手をあげようとしたのか?」


「俺はちゃんと『悪いな』と言いました。それにアヤーネの方は危険なシールドを張って俺に怪我をさせようとしたんですよ! ほら、ここにそのシールドが張ってあります!」


「どこだ? その危険なシールドはどこに張ってあるんだ?」


「デンナー隊長、このシールドはバカには見えないそうです!」


 自信満々にフランクがそう言うと、デンナー隊長は私とフランクの間の空間に手を差し入れて確認しながらジェフリー少年に声をかける。


「ジェフリー、その危険なシールドは見えたかい?」


「いえ、僕には見えませんでした。でもフランクがアヤーネに手をあげようとしたのは見ました。それをリベルトが止めたんです」


 それを聞いてデンナー隊長は一つ頷くとフランクに声をかけた。


「フランク、お前は夕飯抜きだ。今すぐ部屋に戻って反省しろ」


 ふふふ、ざまあ見ろ! シュンとしたフランクを見ながらニマニマしているとデンナー隊長が私の方を見ながら言った。


「アヤーネ、お前もだ。わざとフランクを怒らせるようなことを言うのは感心しないぞ。喧嘩両成敗だ」


「えー! そんな!」


 悲壮な声をあげた私に今度はフランクがニヤリと笑った。


 うおームカつく!

 腹ぺこ大将の恨み、許すまじ!


 こうしてこの日はグーグーなるお腹の虫をBGM に眠りにつき、私を丸に飲みしようと追いかけてくる大きな牛の夢を見たのだった。


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