第24話 メアリー様のネックレス
マナーのお勉強も防衛魔法の訓練も概ね順調。
マークスねえさんは毎日のように私の部屋に来るようになった。
今度はマー君が狙われているようです。
マークスねえさんは緑色の髪に水色の瞳の黙って立っていればご令嬢たちがほっとかないくらいの美形さん。
お気に入りのフリフリブラウスも彼の魅力を引き立たせるもので決してイヤミな感じはしない。
今日もマナーの勉強部屋に行くのに迎えに来てくれたようですが、そもそもあなたメアリー様の護衛ですよね?
マー君はダメですよ。
「おはようございます。マークスさん、雅樹兄様はいたってノーマルな青年ですからね」
「アヤ、朝から何言ってるんだ」と慌てた様子でマー君が言った。
「あら、あたしだっていたってノーマルよ。同じノーマル同士仲良くしましょうね」
いえいえ、あなたはアブノーマルです。
「マークスさん、雅樹兄様は女好きなんです。だからあきらめて下さい」
「アヤ、今のセリフ、変な誤解を生むから他では言わないでくれよ」
マー君ったらなにが不満なんでしょうか?
「ちょっと、あたしは心は女よ~」
心だけじゃね。
朝から賑やかに騒いでいると、なかなか部屋から出てこないマー君を心配してダグラス君が入ってきた。
「あら~この子可愛いわね。名前何て言うの?」
ダグラス君をギラギラした目で見つめながら、マークスねえさんが言った。
そういえばこの二人、毎日マー君の部屋に来るけどニアミスばかりで顔を合わせたのは今日が初めてだ。
私はこれ幸いとダグラス君をマークスねえさんに紹介した。
「ダグラス君です。この世界に来てから彼にはお世話になりっぱなしで、雅樹兄様に取っては弟のような存在です。」
弟と言われたことがよっぽど嬉しかったのか、ダグラス君は見えない尻尾を振りながら自己紹介した。
「ダグラス・バラシードです。マサキ様の従者をしています。よろしくお願いします」と頭を下げた。
「もちろん、よろしくされるわよ~あたしはマークスよ。メアリー様の護衛をしているの。あとで騎士団訓練所にも顔出さなきゃ」
ダグラス君がロックオンされた瞬間です。
許せダグラス少年。君の犠牲は尊い。
マー君はターゲットから逃れてホッとしたのか私に爽やかな笑顔を向けた。
「じゃあ、アヤ、行ってくるよ。今日ちょっと話しがあるから。夕方早めに戻ってくる」
そう言って部屋を出て行った。
話って何だろ?マー君がずっと何かを悩んでいたようだけど、それと関係あることかな?
午前のメアリー様の授業は終わり、昼食をメアリー様と一緒に取る。
これはテーブルマナーの授業も兼ねている。
「アヤカ様はテーブルマナーは何も教える事はないわね。とても綺麗な所作ですね」
やった、褒められた。
まあ、テーブルマナーは元の世界で女子校の必須科目でしたからね。
「貴族名鑑もほぼ暗記出来ているから、明日から社交ダンスのレッスンをしましょう。私の旧友のご子息にお相手を頼んであるのよ。今年9歳になられるリースマン伯爵家の次男、ライモン様よ。5歳の時にお会いしたきりですが、きっと麗しい少年に育っているはずです」
それはどうだろうか? 5歳の時に可愛くても4年たった今も可愛い保証はない。
9歳のお子様とダンスか~麗しい少年が相手だとしてもあまり嬉しくないな。
そんな事を考えていると、ふとメアリー様の首にしている見事なルビーのネックレスが目に入った。
メアリー様は私がネックレスを見ているのに気付くと、少し寂しそうに笑った。
「素敵でしょう?亡くなった旦那様からいただいた物なの」
そう言いながら、わざわざ私の席まで来て見せてくれた。
ネックレスが私の手に触れた途端に頭の中に膨大な映像が流れ込んできた。
それはメアリー様の旦那様と思われる男性と若かりし頃のメアリー様。
旦那様がこのネックレスを選んでいる場面、メアリー様に渡す場面、嬉しそうに微笑むメアリー様にネックレスを付けてあげている場面、あふれるほどの愛情に飲み込まれて私は知らず知らず、涙を流していた。
「まあ、アヤカ様、どうしたの?」と、メアリー様は驚いて私の流した涙を拭いてくれた。
「声が、声が聞こえます。メアリー様に向かって語りかけてます。『君に会えて良かった。君を愛して良かった。君に幸せになってもらいたい』と、このネックレスが」
そう言った私をメアリー様は抱きしめた。
そして旦那様が亡くなった時の事を語ってくれたのだった。
3年前、辺境伯領と隣国の境にある深い森で獣鬼が出現したと報告があった。
獣鬼と言うのは、瘴気に蝕まれた動物のこと。
元々は、ただの動物だが深い森や池などに突然湧き出る瘴気を体に取り込む事によって狂暴な性質になり人を襲うようになる。
そして獣鬼に咬まれた人は瘴気が体に入り込む事により悪鬼と呼ばれる化け物なってしまう。
その獣鬼出現の報告を受理して領主の旦那様は辺境伯領お抱えの私設騎士団と共に討伐に向かった。
20頭ほどいた獣鬼を無事に討伐したがその時に部下を庇った旦那様が獣鬼に咬まれてしまった。
獣鬼に咬まれた人間はそのうちに瘴気が身体を蝕み、闇落ちして悪鬼となる。
悪鬼となった人間は善悪の区別が付かなくなり、次第に知性まで無くなる。
完全悪鬼となったものは瞳が赤くなり、髪が抜け落ち、角が生えてくるという。
身内が闇落ちすると、完全に悪鬼になる前にドワーフの聖剣かエルフの聖矢で心臓を打ち止める。これは先祖代々受け継がれているこの世の理念。
「あの人が段々と闇落ちする姿は辛かったわ。あの人はまだ理性のあるうちに私に心臓を打ち止めて欲しいと言ったの。でもなかなか決心が付かなくて片目が赤くなった時に私の手に聖剣を持たせて自分の心臓に当てたの。そして、僕を愛しているならこのまま心臓をひとつきにしてくれと。君を愛している心のまま死にたいと」
そしてメアリー様は旦那様の言葉通りにした。
聖剣で心臓を貫くことはある意味相手を救う事なのだと思う。
でも実行する方は迷いが生じる。
本当にこれで良かったのかと。
「周りの人達にはこれで良かったのだと言われたわ。でもあの人が最後に目にしたのが絶望の表情で剣を手にした私だったことがやるせない。私ね、もう私みたいな悲しい思いをする人が出ないこと切実に願っているの。だから、勇者様の少しでも役に立つことになればと、王妃様の申し出を受けたのよ」
メアリー様はとても穏やかな声だった。きっとここまで落ち着くのに沢山泣いたのだろう。
「メアリー様、旦那様が最後に目にしたのはあなたの笑顔でしたよ。息を引き取る前に旦那様はあなたに『愛している』と、言いましたよね。そのときあなたは『私もよ』と言って微笑みました。旦那様は愛してやまないあなたの笑顔を見ながら亡くなったんです」
つい先ほど私が見た映像だ。
メアリー様は私を驚いたように見つめて、綺麗なアメジストの瞳からポロポロと涙を零した。
そして私の手を握りながら、「ありがとう」と言った。
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