第22話 岩ちゃんとプラプラの木とタリタリの糸
防御魔法の訓練の後、魔導師団棟の食堂でお昼ご飯を頂きました。
オリゲール先生と一緒にいると目立つのか周りの人がみんな振り返って見るので落ち着かない。
でも久々に体を動かした後なので美味しくいただきましたよ。
お昼ご飯の時にオリゲール先生からテニスラケットとテニスボールのことを聞かれたので私の元の世界のスポーツだと説明したんだけど、この世界、スポーツという概念が無いらしく午後に実践で教える事になりました。
どうやら、オリゲール先生はテニスにすごい興味があるみたい。
先ほどの屋外グランドに着くと、あのゴーレムが嬉しそうに近づいてきた。
犬だったらブンブン尻尾を振ってるとこだね。
つぶらな茶色い瞳がとってもキュートです。
「あ、君、土で出来ているのかと思ったけど、岩で出来てるんだね。よし、君の事はこれから岩ちゃんと呼ぶね」
勝手に命名してみました。
身長は私より頭一つ分高く、横幅は3倍くらいの大きさだ。
岩ちゃんはとっても嬉しそうにニッと笑った。
あ、ちゃんと口もあるんだね。
隣のオリゲール先生は右手の中指で眉間を押さえて何事かブツブツ言っているようだが、いまいち聞こえない。
すると岩ちゃんが小首を傾げながら、ラケットとテニスボールをそっと差し出してきた。
体はごっついけど何だか仕草が可愛すぎだよ。
「岩ちゃんありがとう。これからオリゲール先生にテニスを教えるんだ。ボールが当たると危ないから岩ちゃんはグランドの隅にいてね」
というと、コクコクと頷いて隅の方へ歩いて行った。
とても素直な良い子です。
さて、始めましょう。
私は訓練の時と同じラケットをもう一つ魔法で出した。
それを見てオリゲール先生は目を見開いた。
あとはボールだけど、元は土だったから茶色なんだよね~このボール。
やっぱり、テニスボールといえば黄色でなくちゃね。
なんて思っていたら、茶色から黄色に色が変化した。
おー! これこれ! この感じ!
満足してオリゲール先生を振り返るとまたまた驚いた顔をしていた。
「やっぱりアヤカは魔法の才能があるね」と、オリゲール先生は言った。
さすが先生、褒め上手です。あまり褒めると木に登っちゃいますよ~
テニスボールの打ち方を見本でやってみるとオリゲール先生は難なく習得した。
イケメンは何でも出来るんですね。
「テニスは真ん中にネットがあってそれを超えて相手の陣地にボールを打ち返すんです。自分の陣地に来たら地面に一度ついてまた弾んだボールを打つんです」
と、説明するとなんとオリゲール先生はブツブツと何事が唱えたかと思うとグランドにコートネットを出現させていた。
私の拙い説明でここまでの完成度、すごいです。
さて、テニスのルールですが、これは私なりに脚色させてもらった。
だってこの世界、獣人族とかいるものね。身体能力では到底勝てない。
なので、なるべくラリーを続ける遊びだと説明した。
相手の取りやすいボールを打ち返し、勝ち負けは一切ない。あくまでも楽しむための遊びだと。
そんなこんなで実践です。
オリゲール先生は魔導師のローブを脱ぎ、白いシャツと黒のスラックス姿になった。
スラリとした高身に程よい筋肉、オリゲール先生は何をしても絵になるな。
しばし見惚れてしまいました。
その間にオリゲール先生はラケットを構えてスタンバイ。
まずは私がサーブを打つ。
ネットを超えてオリゲール先生の陣地に入ったボールをオリゲール先生が打ち返す。
初心者とは思えない身のこなしだ。
後ろで一つに纏めた金色の髪が日の光にあたりキラキラと眩しい。
身長の低い私に打ちやすいボールを返してくれる。
私もオリゲール先生へ向けてボールを打ち返す。
おーこれとっても楽しい!
しばらくラリーを続けて程よく疲れたところで休憩となった。
オリゲール先生はラケットを肩に乗せて持ちながら私に近づいてきた。
「これはとても楽しいね」
「はい! 私もとても楽しかったです」
グランドに設置されているベンチに腰掛けていると、どこからともなく岩ちゃんがワゴンを押しながらやってきた。
ワゴンの上にはピッチャーとグラスが2つ、それにタオルが二枚乗っていた。
岩ちゃんは太い指で器用にピッチャーを持ち、グラスにアイスティーを注いだ。
ごっつい体に似合わない繊細な動きに目を見張る。
「さすが魔導師団のゴーレムですね」とオリゲール先生に言うと、
「やっぱり無自覚なんだね・・・」と言っていたようだが岩ちゃんの行動を観察するのに忙しくあまり気にしなかった。
岩ちゃんは1つのグラスをオリゲール先生に渡し、もう1つのグラスにはストローをさして私に渡してくれた。
「岩ちゃんありがとう」と笑顔を向けると岩ちゃんもニッと笑った。
そして岩ちゃんは一枚のタオルをオリゲール先生に渡し、もう一枚のタオルで私の顔をふきはじめた。
はっ、私ったらハンカチも持っていないなんてなんてこと!女子失格じゃないですか。
それに先ほどの岩ちゃんのお茶を入れる流れるような動き…
気のせいだろうか? ゴーレムの岩ちゃんの方が女子力が高い気がする。
今の岩ちゃんの一連の動作は一仕事終えた旦那様をねぎらう妻の様ではないか。
まさか岩ちゃんに女子力で負けるなんて!
女のプライドをかけて岩ちゃんにだけは負けられない。
私はオリゲール先生からタオルをもぎ取りながら言った。
「オリゲール先生、私が拭いてあげます」
かくして、私の顔を岩ちゃんが拭き、オリゲール先生の顔を私が拭くという何とも不思議な光景が展開されたのだった。
その後、のども潤い、汗も拭いたしで、私達は魔導師団棟の部屋に向かった。
岩ちゃんも一緒だ。
魔法を使用してある程度知能ある物を作り出したときに『使い魔管理署』に届け出をしなければいけないらしい。
岩ちゃんはオリゲール先生の元で『使い魔』として仕事をお手伝いするんだって。
オリゲール先生の執務室から用意してくれた部屋に入りカウチソファに並んで座る。
すると、どこからともなく従者と思われる少年が現れてお茶を入れてくれた。
お礼を言うと赤い顔をして慌てて出て行ってしまった。
オリゲール先生はこの魔導師団の団長だものね。
私にはいつもニコニコと優しいけど魔導師団を纏める立場の人だものきっと団員には厳しいのかもしれない。
そんな事を思っているとオリゲール先生の執務室の方が何やら騒がしくなった。
すると、執務室と私の部屋を隔てているドアがいきなり開いた。
「おーい、入って良いか」といって入って来たのはルーカスさんだった。
「入って良いかってもう入ってきてるじゃないか」とオリゲール先生が言うと
「おう、悪いな」と全然悪びれずルーカスさんが言った。
「ルーカスさん、こんにちは。お久しぶりです」
「アヤカちゃん、久しぶりだね。おー? ハイパーゴーレムじゃん。オリゲールすごいな! いつこんなの作ったんだよ」ルーカスさんがソファの後ろに立つ岩ちゃんを見て言った。
「まあいろいろあってな。詳しいことは後で話すよ」
「あれ?これってプラプラの木の実じゃん。わざわざ黄色にしたの? それにこの変な形の棒はなに? タリタリの糸が張ってあるんだ」
と、ローテーブルの端に置いてあったテニスボールとラケットを見て言った。
プラプラの木の実? タリタリの糸? なにそれ?
ルーカスさんの話だと、プラプラと言う名前の木があってその木にテニスボールにソックリな実がなるらしい。
テニスボールを手に持ち触り心地や弾み具合を丹念に見ながら話してくれたので本当にソックリなんだろう。
ひとしきり、テニスの説明をしてみた。
ルーカスさんはテニスに興味しんしんだ。
あとで、オリゲール先生とやってみて下さい。
プラプラの実は食べられるわけでもなく何も役に立たない事から仕事もしないでプラプラしているオヤジみたいと言うことで『プラプラの木』と命名されたらしい。
『オヤジの木』じゃ可愛くないもんね。
この木が育つ土地と言えば食物が育たない痩せた土地で田舎の貧しい村で良く見かけるとのこと。
そして、タリタリの糸とは、タリタリという動物がいてその動物はお腹の中で食べた物を太い半透明の糸に変えお尻から出すらしい。これは所謂、う○ちとは違うものらしい。クモの糸みたいなものかな?
木の枝や農作物、家畜の足などにその糸を巻き付けるので厄介者扱いのようだ。
「へえ~それじゃ、テニスを流行らせてプラプラの木の実をテニスボールとして売り出せば村の活性化にもなりますね。タリタリも自分が出す糸が役に立つならもう厄介者じゃなくなりますね」
と、私が言うと、
「えっ、今なんて言ったの?」とルーカスさんが目を見開きながら言った。
オリゲール先生に至っては私の頭を撫でながら「アヤカは頭が良いね」と褒めてくれた。
「いや、でもプラプラの木の実はみんなこんなに完璧な球体じゃないぞ」とルーカスさんが言った。
「だったら、完璧な球体になるように育てれば良いんですよ。実がまだ育たないうちに球体の形の入れ物で実を覆うんです。その形に育ったら収穫するんです」
と提案してみた。
その方法で前に四角いスイカを作るのを見たことがあるもの。
私の提案にオリゲール先生とルーカスさんは驚きの顔をした後、
「ルーカス、貧困村の対策部門はアラン王子の担当だったか?」
「アラン王子と地域流通部門が当たっているはずだ。テニスの普及には学園を利用しよう」
そこで私もまた提案です。
「あの、女性のドレスでテニスをするのは動きづらいのでせめてキュロットスカートかガウチョパンツを作って欲しいんですけど」
この世界でまさか足もろ出しのテニスウエアを提案するわけにもいかないよね。
苦肉の策でキュロットスカートだ。
その後、キュロットスカートとガウチョパンツのデザイン画を書かされ、それも検討してくれると約束してくれた。
言ってみるものです。
そしてテニスの爆発的ヒットにより、貧困で喘いでいた村の生活レベルがぐんと上がったのを知るのは数ヶ月後となるのだった。
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