第7話 思いがけない晩餐会

 王族一家との謁見から数時間後、夕飯の時間となりました。


 どうしてこうなった?


 確かに今日が私のお誕生日だと言った時、王妃様は『お祝いをしなければいけないわね』と言っていた。


 あの後、改めて王宮医師の診断で王妃様の妊娠が発覚した。


 そのお礼と称してドレス一式が私の部屋に届けられ、あれよあれよと言う間に新しいドレスを着せられ今に至る。


 今、着ているのは青いシルクのノースリーブにシフォン生地の半袖のボレロを合わせるドレス。裾に可愛いらしいピンクの薔薇の刺繍が施されている。


 亡き王女様のために仕立てたドレスらしい。サイズもピッタリだった。

 私と同じ黒髪で今日がお誕生日、しかも8歳の……

 驚いてた訳だね。


 これは断れないよね。


 マー君と2人でのお誕生会のはずが、何故か王族一家からの晩餐会への招待となってしまった。


 マー君も騎士団の正装から貴族の盛装に着替えて王室専用の食事室へと一緒に向かう。


 食事室の前で宰相様ご一家とお会いしたので、お互いに自己紹介。


「私はこの国の宰相をしております、エリモルト公爵家当主、サムネルと申します。

 これは妻のジュリアナと末娘のレーナイラです。長男と次男は領地の視察のため今日は来ることが出来ませんでした。以後お見知り置きを」


 ジュリアナ様とレーナイラ様はピンクゴールドの髪に水色の瞳の美人親子だった。


 マー君は宰相様のことは知っているらしいので私の紹介と奥様とお嬢様に対して挨拶をしてくれた。


「サムネル様にはいつもお世話になってます。僕は徳江雅樹と申します。この子は僕の従妹の徳江彩香です。よろしくお願いします」


 マー君が頭を下げたので、私も軽めのカーテシーでおじぎ。

「彩香です。どうぞよろしくお願いします」


 あ、そうだピンクのドレスのお礼を言わなきゃ。

「レーナイラ様、可愛いピンクのドレスを譲っていただきありがとうございました」


「あら、あの子供っぽいデザインが似合って良かったわね。私はとても着られない物だったからちょうど良かったわ」


 その高飛車な態度に慌てたのはサムネル様とジュリアナ様だった。


「な、レーナイラ、その言い方は感心しないな」


 サムネル様に注意されたレーナイラ様はぷっと横を向いてしまった。


 あらら……


 でも、私は見逃さなかった、レーナイラ様は言葉を発したあと、『しまった!』って顔をしたのを……


 これはあれかな?ツンデレてやつかな?

 ふふふ……可愛いではないか。


「そうですね。レーナイラ様の綺麗なピンクゴールドの髪にはあの淡いピンクよりももっと深いピンクの方が映えるでしょうね。私にはあの色とデザインが似合っていたようなので良かったです」とにっこり笑って言った。


 そのとたんマー君は笑顔で私の頭を撫でた。


 ホッとした様子の宰相様一家と一緒に食事室の中へ進んだ。


 長いテーブルには白いテーブルクロス、各席には銀のカトラリーがセッティングされ、部屋の壁には黒い揃いのお着せのメイドさんとボーイさんが総勢20人ほど並んでいた。


 食事をするメンバーの人数より多くないか?


 給仕のメイドさんとボーイさんに案内され席に着いた。

 私の席の両隣は空席だからここには王族の方が座るのかな?


 マー君は私の席の向かいに宰相一家に挟まれて座っていた。

 ジュリアナ様とレーナイラ様との間だ。


 程なくすると、王族の方達がいらっしゃいました。


 国王様は王妃様の手をとりエスコート、私のドレス姿を見てとても似合うと言ってくれた。


 第一王子様はご婚約中のご令嬢を伴い現れた。

 第二王子様とオリゲール先生もあとに続いていた。


 長いテーブルの上座に国王様がひとりで座り、右手の角をはさんで王妃様、サムネル様、ジュリアナ様、マー君、レーナイラ様。


 国王様の左手の角をはさんで第一王子様、婚約者のご令嬢、第二王子様、私、オリゲール先生という席順だった。


 第一王子の名前はアランフィード・キリア・ターマス様18歳。

 同じ18歳の伯爵令嬢、オリビア・プラナス嬢と婚約中。


 第二王子様の名前はレイモンド・キリア・ターマス16歳。

 まだ婚約者なし。

 

 こうしてみると王妃様のご懐妊は王子達とだいぶ年が離れての出産となるがこの世界、寿命が長いらしいので珍しいことではないらしい。



 メンバー全員が揃ったところで給仕の方々がそれぞれのグラスにワインを注いだ。

 私とレーナイラ様にはブドウジュース。未成年だからね。


 あれ?王子様達とマー君も未成年だよね?


 疑問に思ってるとこの国は16歳から成人だとオリゲール先生が教えてくれた。

 さすが先生です、生徒が何を考えているかお見通しだ。


 まてよ、と、いうことは今日で18歳の私もとっくに成人してるって事だよね?

 くっ、飲んでみたかったな~異世界のワイン。

 自称8歳の私はあと、8年待たないと飲めないんだ。とほほ…


 みんなのグラスに飲み物がいきわたり、国王様の音頭で乾杯となった。


「今日はアヤカの8歳の誕生日、そして我が妃の懐妊とめでたい事が重なった。今日は是非とも楽しんでくれ、アヤカ、誕生日おめでとう!エレノア身体を大事にすごしてくれ、それでは乾杯!」


「「「乾杯!」」」とみんなでグラスを合わせた。


 そしてなぜか私はオリゲール先生とレイモンド王子の間で餌付けと言う名の拷問を受けてます。



 何でも、この国の女の子は生まれても小さいうちに亡くなることが多いので、8歳のお誕生日は盛大に行うらしい。


 そして8歳の誕生日に男の家族からご飯を食べさせてもらうのが習わしらしい。

 よくここまで育ったね、これからもすくすく育つようにって。

 でも、オリゲール先生とレイモンド王子は私の家族じゃないよね?


 ふっと向かいの席を見ると、マー君は宰相様の末娘、レーナイラちゃんと和やかに会談中。

 11歳とは思えないピンクゴールドの髪と水色の瞳の美人さんとマー君のツーショットはとっても眼福です。


「ほら、アヤカ、これはシェフ自慢の鴨肉のパイだよ。」と言ってオリゲール先生がミートパイを私の口に入れると、レイモンド王子が「次はスープだよ。」と、言ってスプーンを口に運ぶ。


 そんな様子を国王様と王妃様は最初驚いた顔をしていたかと思うと生暖かい表情で見ていた。


 時折、「あの氷の貴公子と言われるオリゲールが」とか、「ご令嬢に見向きもしないレイモンドが…」などと聞こえてきたが私は中身18歳、自称8歳のジレンマの中、羞恥心と戦っていたので意味が良く分からなかった。


 何だか私だけ羞恥心で悶えているのは不公平な気がしてきた。

 ええい!反撃開始なのだ。


「はい、オリゲール先生も食べて下さい。あ~ん」と言ってエビのシュリンプをフォークに刺すとオリゲール先生の口もとに持っていった。


 一瞬だけ固まったように見えたけど、意外にも素直に口を開けてパクッと食べた。

 その後、とろけるような笑顔を見せて「美味しいね」と言った。


 超絶イケメンの満面の笑みに心臓が鷲掴みです。


「アヤカ、はい、お返しだよ」と言ってチキンソテーを食べさせられた。

 ムムム……反射的に口を開けてしまったではないか。


「はい、次はオリゲール先生ですよ。あ~ん」と言って今度は白身魚のクリーム煮を口もとに持っていくとまたパクッと食べてくれた。

 あ、なんかこれ楽しいかも。


 オリゲール先生と顔を見合わせてニッコリと笑う。


 あれ?さっきまでそれぞれのお喋りでザワザワしていたのに急にシーンとなったような気がした。


 思わず、周りを見ると、その場にいるみんなの視線がこちらに向いていた。

 え?な、なに?


 私は意味が分からず首を傾げながらオリゲール先生を仰ぎ見た。

「ん?どうしたの?アヤカ」


「えーとっ……」

 何て言って良いかわからなくまごまごしてると、レイモンド王子が私の右手を握りしめ、「ずるいよ~アヤカ、僕には?」と言った。


 あ、はいはい、忘れてませんよ。レイモンド王子。

 もちろん、あなたも運命共同体です。


 私がシュリンプを刺したフォークをレイモンド王子に「はい、あ~ん」とまさにレイモンド王子の開けた口に入れる寸前、何故だか後ろからフォークを奪われた。


 そのままシュリンプはレイモンド王子のお口にピットイン。


 いつの間にか私とレイモンド王子の間でフォームを握り締めて立っていたオリゲール先生が

「どう?レイモンド、美味しいかい?」と笑顔で言った。


「お、美味しいわけないだろう。オル兄なにするんだよ」


 ほお、レイモンド王子はオリゲール先生のことを『オル兄』って呼んでるんだね。

 私は変なところで感心をしていた。


「なにって食べさせて欲しいみたいだったから食べさせてあげたんだよ」


「オル兄に食べさせてもらって何の得があるのさ!」


「ひどいな~君が小さい時は良くこうやって食べさせてあげたじゃないか」


「あれはオル兄の嫌いな物をせっせと僕の口に運んでいただけだろ!?」


 イケメン同士の『あ~ん』なんて萌えポイント高いよね~

 腐女子には堪らない逸品でしょうね。


 だが、私は至ってノーマル。腐女子フィルターは通さずに見ることができるのだ。


「オリゲール先生もレイモンド王子もとっても仲良しなんですね」

 と二人を見て言った。


 そのとたん、王妃様がもう我慢出来ないといった感じでぶっと吹き出した。


 そして何故だかその場にいた皆さんも一斉に笑い出した。


 3人だけ取り残されてキョトンとしていたら、さらに笑われた。

 何故だ?


 フルコースのメニューも出尽くした頃、給仕のボーイさんがバースデーケーキを持ってきた。


 ケーキを私の前に置くと8本のろうそくの上にさっと手をかざし火を付けた。

 おう!魔法だね。今、魔法で火を付けたんだね。

 テンションが上がった私は「わぁ! すごい!」と声を上げて喜んだ。


 部屋の照明が少し落とされ薄暗い中、マー君はハッピーバースディの歌を歌ってくれた。

「ほら、アヤ、火を吹き消して」

 と言われて慌ててふっと息を掛ける。


 そのとたんみんなからの拍手が上がった。

「アヤ、おめでとう!」マー君からの言葉をかわきりにその場にいたみんなからおめでとうと言われた。国王様や王妃様はもちろん、壁に控えていた給仕の皆さんからも。


 私は笑顔で「ありがとう」と言うつもりが何故だか目から涙があふれてきて仕方がなかった。


 みんなを困らせるつもりはなかったのに、心からありがとうって想ったのにあふれる涙を止めることが出来なかった。

 まさか異世界でこんな心のこもった誕生日を迎えられるなんて思ってもなかった。


 そんな私にオリゲール先生は

「我慢しなくて良いよ。思いっきり泣くと良い」

 と言ってハンカチを差し出して優しく頬を撫でた。


 レイモンド王子は

「アヤカ、君には誰よりも幸せになってもらいたいと思っているからね」と言って私の頭をポンポンした。


 ようやく、涙がとまったので改めてみなさんにお礼を言った。


「アヤカ達の世界では誕生日をこのようにして祝うと聞いた。ケーキに歳の数の蝋燭を灯して吹き消すなんて面白いな。この国でも流行らせるか」

 と国王様が言った。


「そうですね。ろうそくの需要も増えて経済効果もあるかもしれませんね。アヤカ、このケーキはマサキがシェフに掛け合って準備してくれたものなんだよ」

 さすが、宰相様ならではのご意見です。


「この国ではバースデーケーキっていう観念がないからシェフに絵を書いて説明したんだよ。でもさすが王宮シェフ、俺のつたない絵をもとに見事に作ってくれたよ」


 そんな苦労をしてこのケーキを用意してくれたんだね。


「マー君、ありがとう!」


 後で、シェフと給仕のみなさんにもお礼を言わなきゃね。


 その後、バースデーケーキをみんなで食べてお開きとなった。

 その日の夜はとても幸せな気分で眠りについた。

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