第75話 レイさんとの稽古
俺は今、敷地内に隣接している道場でレイさんと対峙している。
夕食後確認したい事があると、レイさんに呼び出された。
「純一様。私は片腕で対応しますので、本気でかかってきてください。もし、私に勝つことができたら、私からご褒美をあげます」
俺はご褒美の為に本気になるのではない。
俺の力がどこまで通用するのか、俺も確認したかったからだ。
――十分後
「ハァハァ……。なぜだ? なぜ勝てない?」
俺は息を切らしながら、片膝をつきレイさんの方を見ている。
本気で殴り掛かったり、蹴ったり、突いたり、転がったりしてみたが全て回避か片手で流されている。
「純一様。申し上げにくいですが、まったくなっておりません。正直言うと失望に近いですね」
「いや、レイさんが異常だと思うぞ。少なくとも俺の方が力はあると思うし、背丈だって同じくらいだし……」
「そもそもその考えが間違いです。そうですね……、ではそこで右手の手のひらを出し、私のパンチを受けてみてもらえますか?」
俺は右手を右側に出し、パーの状態で待機する。
「軽く行きますよ。せーの!」
――スッパァァァァァン!
「のぅぁぁぁ!」
はっきり言って拳が見えなかった。
手のひらに当たったのかもわからないくらいの速度でパンチを受けたようだ。
俺は激しく右腕ごと後方に持っていかれる位の衝撃を受け、そのまましりもちをついてしまった。
受けた右手は激痛。おまけに肩も激しく痛い。思わず叫んでしまった。
「これが私の軽くの一撃です。本気だと恐らく肩くらい抜けると思いますよ?」
「レイさん。痛すぎます」
ジンジンする手のひらをすりすりし、半泣きになりながらレイさんの方を見上げる。
その体格でこの速さ、威力はおかしい。来ることが分かっていたにも関わらずこの状態。
「稽古が足りませんね。明日から朝五時起き。始業式まで一日八時間しっかりと稽古をしましょう」
は、八時間? そんな事したら遊ぶ時間や勉強の時間が無くなってしまうじゃないか!
「も、もう少し短い時間で何とかなりませんか?」
「始業式まで時間がありません。純一様にはご自身を守る力を身に着け、覚醒もしなければなりません。奥様にもこの件については了承済みです」
「そ、そうですか……。ちなみに、レイさんは母性は引き出せるのですか?」
「まだ純一様には見せたことはないですね。いい機会ですから、一度見てもらった方がいいかもしれませんね」
そう話したレイさんは俺から距離を取り、数メートル離れた位置で俺の方に向かい胡坐をかく。
目を閉じ、いかにも精神統一中と感じる。
「いいですか? 奥様から少し聞いているとは思いますが、この力は【母性】。女性が持つ守りたいと心の底から想い、それが具現化した形」
レイさんから灰色のモヤモヤがジワリと滲み出し始める。
そして、そのモヤモヤはレイさんを覆い、少しずつ大きくなっていく。
「この母性は、私が純一様に対する想い。純一様に仕え、守り抜くという誓い。私は純一様を、命を懸け、守り抜くわ」
もやもやは次第に床へ集まっていき、長いひも状になっていく。
二、三メーターは有るだろうか。そして、徐々にその紐は太くなっていく。
俺の目の前に舌先が二つに分かれた大蛇が現れた。そして、俺を睨んだままこちらをジーッとみている。
どうする?
――たたかう
――まほう
――まもる
――にげる
――どうぐ
――覚醒する
俺は目の前に現れた大蛇から距離を取り、もう一度考える。
何を守りたい?
誰を守りたい?
何のために守りたい?
なぜ守りたいと思う?
大蛇はゆっくりと俺に寄ってくる。
その眼は白く、黒目部分も極小ではっきり言って怖い。
こ、これがカエルの心境か。そりゃ動けなくなるな……。
大蛇の目を直視しながら俺は両手に力を入れ、体内に流れる何かを集めようと試みる。
ここで何かできなければ、この先ずっと何もできない気がする。
何でもいいわけではない。俺にも力があるなら、守る力があるならここで覚醒してくれ!
何を守りたい?
俺が愛する人を守りたい。
誰を守りたい?
家族、彼女、友人。目の前にいる人を守りたい。
何のために守りたい?
傷つくところを見たくない。心の傷も、身体的な傷も。
なぜ守りたいと思う?
俺が、男で、男は愛する人を守る生き物だからだ!
その時俺の両手にモヤモヤが! 手のひらからじんわりと何かが出ていくのを感じた。
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