第76話 守る力
兄さん……。
レイに呼ばれ、道場に一緒に行った兄さんがどうしても気になってこっそりと後を追ってしまった。
二人っきりで何か怪しい事をするかと思って、後を追ったが目の前で兄さんが追い込まれている。
ここは私が出て行った方がいいのか、それとも兄さんの為に見守るべきか。
見た感じまだ大丈夫なようだし、レイも本気ではない。
目的は兄さんの力を見る事だと思う。
もう少し、もう少しだけ様子を見て、いざとなったらすぐに動けるように臨戦態勢でいましょう。
これも兄さんの為です。
――温かい
俺の手のひらにレイさんや母さんと同じようなモヤモヤが見えてくる。
薄い霧がかかったような、でも生暖かい。そして、触ろうと思っても触れない。
どうすれば形になるんだ?
俺が自分の手を揉んだり、こすったりしていると目の前に大蛇が迫ってきた。
俺はとっさに数歩後ろに下がる。
「純一様。そろそろ体制を整えては? そのままだと何もできませんよ?」
そんな事は分かっている。早く何かの形に、身を守る、攻撃する、何でもいい、早く形にしなければ!
「もう少し、追い詰めた方が。きっかけが有った方がいいですね? レッドスネーク! 出ませい!」
レイさんが叫ぶと、目の前の大蛇とは別に同じくらいのサイズの赤い大蛇がさらに現れる。
「さぁ、純一様。この子たちと一緒に、お稽古しましょ?」
レイさん冷たい微笑みを浮かべながら両手を動かし、二体の大蛇を誘導し始める。
一体は俺の右手側に、もう一体は俺の左手側に。
あれ? 俺結構やばくないですか?
いまだに手のひらはモヤモヤ状態。目の前に二体の大蛇。
左右交互に俺へ噛みつこうとする動きを最小限の動きで躱しつつ、手のひらのもやもやに対してイメージしていく。
この蛇を切り裂きたい。ナタ、ナイフ、刀、剣、包丁。何でもいい、刃物があれば切れるはず。
次第にもやもやは手のひらサイズまで小さくなっていき、最終的に刀のツバのような形に収まった。
それなりに重さはあるが、刀身が無い。ただの円盤のようだ。
これでどうしろと? 大蛇の攻撃を避けながら、手のひらに収まったツバをいじってみる。
やや分厚いツバで、いじってみたら二枚に分離した。どうやら薄いツバが二枚組み合わさる仕組みで一枚のツバになるようだ。
投げつけてみるか? 目の前の大蛇は二体。手元のツバは二枚。俺はダメもとで二枚のツバを大蛇に向かって投げつけてみる。
―シュパァァン!
激しい空気を割く音と共に、二枚のツバは大蛇に向かって高回転で突き刺さる。
と、思いきや、皮膚で止まって、そのまま床に落ちた。
……どうないせっちゅうねん!
「純一様。形にはなってきていますが、使い方が違うようですね。非常に残念です。そろそろ切り上げますか……」
二体の大蛇が無防備になった俺に対して大きな口を開け、襲ってくる。
手元には何もない。これ以上後ろに下がれない。左右に逃げてもどちらか一歩は確実に噛みつかれる。
万事休すか……。まぁ、少しは進歩したよな? 手のひらから何か出たし、成果はゼロではない。
また、明日頑張ろう、明日でいいよな?
「兄さん!」
大きな声と共に俺の目の前に由紀が仁王立ちで現れた。
「兄さん、あきらめないでください! あきらめたら試合終了だと、かの有名な監督も言っています! 兄さんはまだ! うぐぅぅ……」
大蛇の攻撃をまともに食らった由紀が、両膝を床に着き俺を守っている。
「に、兄さんには指一本……、触れさせません!」
蛇に指はないけど! とこの状況でこんなジョークはいえませんね、はい。
「由紀様。何故出てきたのですか? これはお稽古ですよ。由紀様はまた別の時間を設けます。ここは純一様の為に引いてもらえないでしょうか?」
「こ、断ります! もっと、他の方法でもいいじゃないですか!」
「ふぅ、由紀様はご理解されていませんね。純一様には時間が無いのですよ? それとも、由紀様が私の代わりに何とかしてもらえるのでしょうか?」
「そ、それは……」
「さぁ、由紀様はもう寝る時間ですよ。こんな夜に起きていては、お肌に悪いですから!」
レイさんの両手が動き、一体の大蛇はそのまま由紀に対して巻き付いていく。
絞め上がっていく由紀の表情は非常に苦しそうだ。
由紀も両手で巻き付いている大蛇をはがそうとしているが、それ以上の力で巻き付いているようで、なかなか脱出できない。
「に、兄さん……。あ、あきらめないで……」
お、俺は何をしている? 明日でいいとか、目の前の由紀ですら守れないのか?
稽古と言っても、目の前の由紀は本気で苦しそうだ。段々由紀の顔から赤みが引いてくる。
そんな由紀の状態を見ていると、もう一体の大蛇が俺に襲い掛かってくる。
「さて、由紀様もそろそろ眠る時間ですし、純一様もお疲れでしょう。そろそろお休みなさいますか?」
さっきと同じように大蛇が俺に襲い掛かってくる。
攻撃をかわしながら由紀を見る。由紀の手のひらが俺の方に伸びてくる。
「兄さん……」
「由紀! 俺が! 今、俺が助ける! 俺がお前を守ってやる!」
俺の指先が由紀の指先に触れた瞬間、さっき投げ飛ばした刀のツバが俺の手元に戻ってきた。
そして、やや黒いモヤを出しながら、ツバに吸い込まれていくのが見えた。
――次の瞬間
黒い刀身の刀が目の前に現れた。柄もツバも刀身も全て真黒な刀。
刀身に白い文字で【由紀乃刀】と美しい文字で彫られているのが目に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます