第72話 母さんとの面談 純一


 母さんの衝撃の告白から数分。

互いに一言も発する事無く、時間だけが過ぎていく。


 互いに見つめ合う。俺は、コーヒーを飲もうとマグに手を添えると同時に母さんが俺の手を握ってくる。


「純一さん。私は、母としても女性としてもあなたの事を、大切に想っています」


 そのまなざしは温かく、ぬくもりを感じる。


「母さん、ありがとう……。その気持ちはとても嬉しい。でも、俺はまだ……」



 俺が話を続けようとした時、母さんの人差し指が俺の唇に触れる。



「その先はまだ話さなくてもいいわ。いずれ、純一さんの口からいい返事を待っています」


 そう話した母さんはスっと立ち上がり、おもむろに目を閉じ、羽織っていたストールを床に落とす。


「か、母さん?」


「純一さん、私の覚悟をその眼でよく見てくださいね」


 一枚一枚、着物を脱ぎ、ついに白の着物一枚となった。

俺は母さんの年齢を知らないが、その姿はとても美しく、体のラインはとても三十代とは見えない。

出る所はしっかっり出ており、これはこれで、素晴らしいと思ってしまった。



「純一さん、よく見てくださいね……」



 俺は母さんを見上げ、その姿をしっかりとみている。

そして、目を閉じた母さんは手のひらを胸の前で合わせ、目を閉じる。



 俺の目がおかしいのか、それとも幻覚なのか。

母さんの背中から黄色のオーラのようなもやもやが見え始める。


「母さん、それは?」


 さっきも由紀や薫、マリアにも見えていた同じようなもやもやが母さんにも見える。

なんだか、こうなんども見えてしまうと、びっくりしなくなるんですね。

耐性がつくとか、慣れてしまうとか、普通に「なんですか?」とか聞けてしまう自分がちょっと怖いです。

 

 そして、次第にそのもやもやは大きくなっていき、母さんの体全体を覆い始める。


「ふぅぅぅぅ……、そろそろいいかしら」


 目を開いた母さんは、両手を左右に広げ、手のひらを天に向けている。

同時に黄色のもやもやは一か所に固まっていき、次第に何かの形を作り始める。


「純一さん、これがしっかりと見えるかしら?」


 俺の目の前には、黄色の毛で全体的にモフモフした狐が見える。

尻尾もモフモフ。そして、キョトンとした目が可愛い。


「えっと、狐が見えます」


「良かったわ。しっかりと見えているわね」


「えっと、ちなみにそれは何ですか?」


 二階では虎龍の戦いを目の前に、幻覚かと思ってい方が、もしかしたら現実なのかもしれない。


「そうね、初めから説明した方がわかりやすいかもしれませんね」







――母性


 母親が抱く、子に対する想い。

その想いは、エベレストより高く、マリアナ海峡よりも深い。

また、母性は子に対するのみではなく、異性に働く【守りたい】という想い。

たった一人、その人だけを生涯をかけ守りたいという想いが形になり、具現化する。





「つまり、母さんは俺を生涯かけ守るという結果が、その狐なのでしょうか?」


 いや、母性とか想いとかは分かりますが、なぜ具現化してしまうの?

分からないことだらけの事象。そこんとの詳しくお願いします。


「ええ、私の純一さんに対する想いが形になったの。きっと由紀も同じようにできるはずよ」


「た、確かに同じような事は目の前で見ましたが……」


「由紀も純一さんに対する想いは確かなもの。大切にしてあげてくださいね」


「は、はい。まぁ、それなりに……」


「そうそう、そして、もう一つ、想いはこんな形にもできるのよ」



 再び目を閉じ両手を胸の前で合わせ始める。

目の前にいた狐さんが、再び黄色のもやもやに変わり、母さんに吸い込まれていく。


 あ、モフモフが……。出来れば頭とかなでたかったなぁ……。



 母さんに吸い込まれるように消えて行った黄色のもやもやは、全てなくなった。

そして、次の瞬間、母さんの頭からぴょこんと耳が。

さらに腰のあたりからモフモフ尻尾がドーン。


 おぉう。すごいことが目の前で起きている。

これってあれですよね。一般的に言うのであれば、ケモ耳の獣人ってやつですか?


「ふぅ、どうかしら。個人的この姿は気に入っているんだけど」


「えっと、か、可愛いですね」



 ぽっと頬を赤くした母さんが、俺の隣に座る。

そして、尻尾をにぎり、俺の頬をくすぐる。 おっふ、い、いい感じじゃないですか。

この破壊力。素晴らしいですね。


「どうかしら、いい毛並でしょ? でも握っちゃだめですからね」


「本物の毛みたいですね。とても柔らかいです」


「純一さん、私はしばらく自宅を離れます。ものすごく寂しいとは思いますが、皆をよろしくお願いしますね」


「大丈夫です、任せてください。みんなで仲良くやっていきますよ!」


 俺はぐっと親指を立て、スマイルで母さんに返事をする。


「すっかりたくましくなりましたね。安心しました」


「由紀も協力してくれると思いますし、こっちの事は心配しないでください」


「ええ、ところで純一さんも精進していますか?」


 ん? 精進? 勉強の事か?


「そ、それなりに精進していますよ」


「では、その力を母の目の前で見せてもらえますか?」


「ん? 力? テストですか?」


「ええ、純一さんの能力を。そして、今この場で私と一戦交わしましょう」


「すいません、言っている意味が良くわからないのですが?」


「ふぅ……。ようは、純一さんの能力を解放し、私と戦うのよ。この先純一さんが皆を守れるか、自分自身を守れるか私がテストをします」


「能力を解放? 俺にも同じような事ができるのでしょうか?」


「リングを交わした純一さんは、きっと能力を使うことができるわ。さぁ、立ち上がりなさい。そして、母を超えるのです!」


 座っていた母さんは、その身を軽々しくジャンプし、そして、俺から数メートルの距離を取る。

さっきまでおっとりとしてた母さんは、そのケモ耳をピンと立て片手を俺の方に向け、戦闘態勢に入る。


「ちょ、俺は、まだなにも!」


 話が途中にも関わらず、母さんの手刀が俺の首元ねらってくる。

その手刀はものすごい速さで俺の首を一直線に狙ってくる。が、まだ何とか目で追える速度。

間一髪、俺は半歩下がりなんとか躱した。


「さぁ、純一さん。自分を、愛する人を守る力、母に見せてください」


 母さんの後ろからさっきまで見えなかった黄色のオーラが見え始める。


 これって結構まずくないですか? 母さんの目は本気だ。

もし、ここで負けることがあれば、俺自身もそして薫や由紀を守れないって事か?


 それだけは、それだけは断じて許せない。

俺は守ると決めたんだ! 薫も由紀も守るとこのリングに誓ったんだ!(多分


 俺は気持ちを切り替え、母さんを睨みつけ、威嚇する。


「母さん。俺は、何が何でも守るよ。俺の力を、今この場で見せてやる!」


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