第73話 妄想との会話


――カタカタカタ パァァン


 キーボードの音が部屋に響く。

兄さんのスマホを触り始めて数十分。この端末は色々な所がおかしい。


 私が兄さんのスマホを自分のパソコンに接続し、基本ソフトに組み込もうとしたバックグラウンドソフト【兄さん監視システム】。

普通の端末であればセキュリティも甘く、簡単に設定もできるはずだが、この端末のセキュリティは高度に組まれている。


 しかも、バックグラウンドでGPSを常にオンにしようとしたところ、すでにその設定もあらかじめ組み込まれている。

 政府が配布しているこの端末は恐らく男性を監視するように色々と組み込まれているのだろう。

私が思ったよりこの端末は厄介だ。だがしかし、私の兄さんに対する想いはどんなセキュリティも破れる(はず)。


 政府のあらかじめ組み込んでいる設定をそのままに、私の作成したソフトも組み込む。

このエンターボタンを押せば設定完了だ。


 兄さんには気が付けれないように、位置特定もできるようにし、音声も拾える。

こちらの監視システムからアクセスすればカメラを経由して映像も確認できるようにした。



 そして緊急ボタン。どうやらこのボタンを押すと自動的に最寄りの警備会社に連絡が行き、兄さんの元へ助けが行くようになっている。

警備会社と同時に私のスマホへも通知が来るように設定を組み込んでおきましょう。


 さて、ほぼほぼ設定も終わました。あとは、通常の公式サイトから適当なツールをインストして、適当にゲームも入れておきましょう。しっかりとカモフラージュしておかないといけないですね。

 ゲームは美少女系でいいでしょうか? 主に妹と絡んでいくやつを何本か入れておけばいいですね。


 良い妹を持って兄さんは幸せ者ですね……。

フフフ……。これで設定は完了。兄さんの為に、兄さんを守るために由紀はもっと良い女になりますよ……。


 それにしても兄さんの面談は長いですね。今後の事とか、色々と話す事もおおいいのでしょうか?

少し心配です。






――こ、ここはどこだ?


 俺はなぜか床に寝ている。異様に鳩尾が痛い。吐き気もする。気持ち悪い。最悪な気分だ。


「目が覚めましたか?」


 ふと、目線を横にすると母さんが正座をしこちらを見ている。

そうか、俺は母さんに力試と言われて……。


「どのくらい気を失っていたんですか?」


「そんなに長くはないですよ、ほんの数分です」


 俺は起き上がり、母さんの方を見ながら胡坐をかく。

まだ腹が痛い。そうか、思い出した。母さんの一撃を交わすことができなくもろにくらったんだっけ……。


「純一さん。正直まったく力が足りませんね。自分も守れなく、他の人も守る事ができるとでも?」


 厳しい言葉を母さんの口からもらう。

確かにその通りだ。大口をたたいた手前、少しは何とかなると思っていた自分が恥ずかしい。


「出来ませんね。今のままじゃ、自分の事すら……」



――パチィィン


 母さんが指を鳴らす。


――コンコン


『レイです。お呼びでしょうか?』


「ええ、レイ。部屋に入って」



 部屋に入ってきたレイさんはスーツをぴちっと着こなし、仕事モードのようだ。

部屋に入るとそのまま扉の前に立ち、こちらを見ている。


「純一様、奥様とはいい線で戦えましたか?」


 その瞳は若干冷たく、俺を見下しているような感じがする。


「いえ、手も足も出ませんでしたよ」


「レイ。入学式までまだ時間があります。純一さんを一人前の男に。手段は問いません」


「いいのですか? 以前私が純一様を鍛えようとしたところ、奥様は猛反対を」


「以前とは状況が違うわ。純一さんの覚悟も見れたし、何よりこれから力が必要よ」


「かしこまりました、仰せの通りに。純一様、詳細については夕食後に詳しく」


 レイさんはそう話すと、そのまま部屋を出て行った。


「純一さん、入学までそんなに時間もなく、私も不在になります。守る力、つけてくださいね」


「分かりました。可能な限り……」


 



――


 俺は一人階段を上がりながら考える。

どう考えても母さんの速さや力の強さは普通じゃなかった。

多分俺にも同じような力があるはず。今のままでは俺が守られてしまう立場になる。

違うだろ? 男は女を守って価値がある。守れない男、力のない男は俺の目指す男ではない。

少なくとも、自分自身守れるようにならなければ……。


 部屋に入ると誰もいない。

あれ? 由紀はどこに行った?

まぁいい……。何だか異様に疲れた。眠い、まぁいいや、少しだけベッドに横になろう。


 少しだけ……。






――『おいっす』


『だ、誰だ?』


『俺様の事はどうでもいい、お前、力欲しいんだろ?』


『ああ、欲しい』


『だったら早く目覚めろよ』


『そんな簡単に目覚めたら苦労しないわ!』


『そんな事無いぞ。自分の想いを形にするだけじゃないか』


『そんな簡単に言うなよ』


『何故できない?』


『守る力ってそもそもなんだ?』


『守る力? そんな事考えているのか? 想いを伝えてくれた子を守るんだろ?』


『そうだ。俺はみんなを守る力が欲しい』


『男らしいな』


『守れないのが嫌なんだ。守れなかった時、今までの関係も崩れるのも怖い』


『お前に想いを伝える子も、きっと同じだぜ?』


『そうなのか?』


『逃げるなよ。自分だけ傷つくと思ってるのか? 相手だって同じだぜ?』


『相手も同じ? それは俺を守るって事か?』


『お前だって誰かを守りたいんだろ? お前に想いを伝えた子だって同じだぜ?』


『……。何となくわかった。俺は自分の事だけ考えていたよ』


『へっ、いまさらかよ。遅い遅い。早く彼女といちゃこらしろよ』


『まぁ、そのへんは考えておく。それで、お前は誰なんだ?』


『まぁ、気にするな。お前の夢の中だ。お前の生み出した妄想だよ』


『妄想?』


『本当は気が付いているんだろ?』


『……』


『勇気出せよ。彼女を守りたいんだろ? 傷ついてほしくないんだろ?』


『ああ、そうだな』


『じゃぁな、またどっかで会う事もあるだろ』


『また会う事があるのか?』


『さっきも言っただろ? 俺はお前の作った妄想だ』


『妄想ね。まぁ、またどっかで会おう……。またどっかでな』



――コンコン


『兄さんいますか! 入ってもいいですか!』


 俺はノックの音と由紀の大声で目が覚めた。

く、首が痛い。思いっきり寝違えた……。


「あぁ、開いているから入ってもいいぞー」


 由紀は満面の笑顔で俺の隣に走り寄ってくる。

俺はこの笑顔を守りたい。守るための力が欲しい……。


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