第62話 世界で一番


 私は男性が嫌いだ。男性に媚びている女性も嫌いだ。

でも、たった一人、心を許せる男性がいる。兄さんだ。


 兄さんは私を大切にしてくれる。普通に話をして、私を見下さない。

どんな男性よりも魅力的で、何かは分からないけど、いつも真剣に何かに打ち込んでいる。


 何度か男性とお話をした機会もあるけど、皆似たり寄ったり。

男性とお付き合いをしたくないと言ったら嘘になる。

でも、自分の気持ちには嘘はつきたくない。


 世界で一番兄さんが好き。この環境を壊されたくない。

結婚できなくても、兄さんと一緒に過ごせればいい。子供の頃からずっと、そう思っていた。


 きっと兄さんは誰かと結婚するだろう。でも、それは私ではない。

私は兄さんと一緒になる女性を認めない。私以上に兄さんを大切にできる女性はこの世界には決していない。


 だったら、私が選ぶ。選別してあげる。

その為には兄さんを守る力と、選別するための知識が必要だ。


 私に与えられた時間の全てを、兄さんの為に使おう。

私の心は兄さんに。私の全ては兄さんの為だけに……





――法改正 『男性婚姻特別法』


 まさかと思った。こんなに都合よく、まさか法改正があるなんて。

まるで、私と兄さんを祝福するためにできた法案。


 国のお偉いさんもわかっているではないですか。

これで他の女性と同じ土俵に立てるというものです。


 兄さんには清楚で、可憐な私をずっと見てもらい、同時に兄さんに寄ってくる虫を処理しましょう。

何と都合の良い法律でしょう。賛成してくれた方々にお礼を申し上げたい位です。




 この春、兄さんも高校に入学です。

であれば、一人か二人、パートナーを作るはずです。

まさか、ノーパートナーで高校入学するとは思えません。

今の所特定のパートナーはいないはず。私の情報網にかからない女性はいない。


 数日間、兄さんは行方不明になった。退院してきた兄さんは記憶がない。

私の事も忘れている。それは非常に悲しく、いままで積み上げてきた物が音を立てて崩れていった感じだ。


 でも、逆に考えれば、今から新しく関係を築いても良いと言う事だ。

ここはポジティブに考えよう。もし、記憶が戻っても問題ないようにしなければ……。







――どさっ


 目の前に兄さんがいる。私のベッドに横になっている。

部屋には私と兄さんだけ。兄さんは軽くうなされている。

ちょっと苦しそうだけど、必要な事。ごめんね兄さん。


 でも、その苦しさも私が解放してあげます。

その苦しさが、やがて快楽に変わり、私がいなければいけない体になるんです。


 何と素晴らしい事でしょう。この日が来るのを何年待った事か。

若干正攻法ではありませんが、いたしかたなし。


 薫さんと先に唇を交わした兄さんが悪いです。

ですが、そこは大目に見ましょう。大事の前の小事です。

私の心は海のように広く、湧水のように透き通り綺麗なのです。


 薫さんの事も許しましょう。先に兄さんの唇を奪ったのは死に値します。

しかし、この先の兄さんの人生では薫さんは必要っぽいので、生かしてあげます。

私の次位に、兄さんに近寄る事を許しましょう。


 全てを排除するのは危険です。そして、兄さんによって来る虫が数匹はいないと、兄さんが困るかもしれません。ですが、あくまで私の手のひらで踊っていただきます。ふふっ……。




 私は兄さんを寝かせ、頬に手を当てる。

今、その苦しみを解放し、快楽へと変えてあげますね。

大丈夫です。実戦はありませんが、知識は十二分にあります。



 ベルトを外し、ファスナーを下げ……。






「兄さん……。私がずっと、生涯命を懸けても守って生きますね……」




――ドクンッ



 心音が高鳴る。この感覚は久々だ。

ドキドキが止まらない。




「兄さん、大好き……」














――ガチャ


 扉の開く音。失敗した。

浮かれて、鍵をかけ忘れてしまった。

だが、おかしい。薫さんは隣で寝込んでいる。

マリアは部屋を飛び出て戻って来るはずがない。



「由紀。随分と楽しそうな事をしているのね?」



「!! お、お母さん! え、なんで?」



 お母さんは今日は仕事でレイと一緒に出かけているはず。

この時間に帰ってくる予定ではなかった。



「あら、随分と焦っているのね? 私もその遊びに混ざってもいいかしら?」



 まずい。お母さんにもばれないように、家では良い子を演じていたのに。

どうする? この状況をどうしたら切り抜けられる?



「に、兄さんが急に具合悪くして……。いま、横になったところなの」


 お母さんに怪しまれないように、何とかこの状況を打破しなければ。

もし、ばれてしまったらきっと兄さんと離れ離れにさせられてしまう。



「そう、それは大変ね。もう一度薬を飲んだら、良くなるかしら?」


「……。そうですね、薬を飲めばすぐに良くなると思います」


「そう、それは良かった。純一さんに万が一の事があった、その時は分かっているわね?」


「はい。わかっています」


「そうそう、隣でうなされている薫さんにも良く効く薬があるといいんだけど……」


「大丈夫です。兄さんも、薫さんもすぐに良くなります」


「それは良かった。では、由紀、純一さん、薫さん。三人そろったらリビングに来なさい。お話があります」


 そう私に伝えるとお母さんは扉を閉め、何も無かったかのように階段を下って行った。





 しくった。まさか、お母さんが帰って来るとは計算外だ。

恐らくレイも帰ってきている。もしかしたら、この後兄さんと薫さんに真相を話すつもりではないだろうか?


 今までずっとつけてきた、清楚でおしとやかな仮面。

こんな事で取る事になるのは……。私も覚悟を決めなければならないかもしれない。

まさかとは思うが、強制的に遠方の全寮制学園へ転校とか。

お母さんならやりかねない。ここまでか……。


 兄さん、ごめんね。最後の最後で私は失敗してしまったよ。

でも、私は兄さんが好き。世界で一番大好き。兄さんの為なら何でもできるよ。

離れても、私の事は忘れないでね。お願いだよ……。



 そして私は口に錠剤と水を含み、兄さんに軽くキスをした。






 私のファーストキス。他の誰でもない、兄さんで良かったよ……。

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