第56話 ヒロインの叫び


 「う、うまいなこのロールケーキ!」


 俺はフォーク片手にモグモグロールケーキを口に運ぶ。

目の前には ゴゴゴゴ と効果音が出ていてもおかしくない雰囲気。


 二人の戦いが始まった……。


「確かにおいしいわね。由紀ちゃんもわざわざ大変ね。お兄さんにお土産だなんて」


 先行を切ったのは薫だ。軽くジャブのつもりなのか、モグモグしながら由紀に話しかける。


「あら、そんな事はないですよ。退院したばっかりですもの。少しでも気が休まればと思いまして」


 由紀の返しに、薫の顔が少しひくついている。


「そんなお土産を私もいただいてしまっていいのかしら?」


「いいですよ。みんなで食べた方がおいしいですし」


 由紀は持ってきたマグを一つ、薫に差し出す。


「ジュースもいいですけど、コーヒーも入れました。良かったらどうぞ」


 少し大きめのマグには熱々コーヒーが入っている。


「そう、ありがとう。いただくわね」


 しばし、沈黙の時間が流れる。

間に入っている俺は変な事も言えないし、そんな雰囲気ではない。


「所で兄さん。いきなり言い寄ってくる女性って嫌ですよね?」


 由紀が話を俺に振ってきた。


「そ、そうだな。いきなり迫られたらちょっと困るな」


「ですよね。兄さんはその辺の男とは違いますからね」


「もし、言い寄られている所を誰かに助けられたら、兄さんは嬉しいですよね?」


 そうだな、病院の件もあるし、それは非常に嬉しいな。


「出来るだけ、そんな状況にはならないようにしたいが、助けられたら嬉しいな」


 由紀は横目で薫をちらちら見る。


「由紀ちゃん? 私は別にお兄さんに言い寄っているわけではないのよ?」


「そうかしら? 男の部屋に上がり込んで、さっきまでいい雰囲気だったのでは?」


 こ、怖い。薫も由紀も目に見えない攻防を繰り広げている。

俺の入るすきはなさそうだ。

由紀も薫も、ロールケーキ片手に、コーヒーを数口飲んでいる。


 なぜ俺にはコーヒーが無い?


「兄さんは、おしとやかでな女性が好きなんです。薫さんとはちょっと違うと思いますが」


「由紀ちゃん? 私は別に……」


「いいえ、この際はっきり言わせてもらいますね。兄さんは交際女性はいませんし、女性経験もありません。誰かが兄さんをサポートしなければならないのです。そんな中、薫さんには兄さんを任せることはできません。下心見え見えですよ」


 由紀。そんな口調で言ったら薫だって黙ってはいないぞ。

下手なこと言ったらグーパンか高速ビンタだぞ?


「由紀ちゃん。良い機会だから私も話すわね。純一は私を必要としているの。妹のあなたではなく、この私を必要って言ってくれたわ。この意味わかるわよね?」


 火に油がそそられた。炎上。業火。ファイヤーストーム。

目の前の虎と竜が牽制しながら互いに攻撃している。がるるる、ぎゃーす。


「ちょっとまったー!」


「兄さん、ケーキ飛んでる」


「純一。口に食べ物が入っている時は話さない」


 俺はモグモグしながら思わず叫んでしまった。

すまん。ちょっと勢いが強すぎました。


「さっきから聞いていれば、俺の為に争わないくれ!」


 しっくりこないセリフだ。どこぞのドラマでヒロインが叫ぶようなセリフ。

夜の橋の上で一人の女性を取り合って、殴り合う男二人。

そんな中、目の前で殴り合う二人を見つめるヒロイン。


 私の為に、争わないで!


 そんなシーンが脳裏をよぎる。が、男らしくない!


「なのなー、俺はさっき『仲良くしてほしい』って言わなかったのか?」


 少ししゅんとする二人。こんな所で言い争いはしてほしくない。


「折角のロールケーキがおいしくないだろ」


 二人ともコーヒーを飲みながら一言も話をしなくなった。


「俺は、二人に仲良くなってほしいんだよ。薫も由紀も俺の大切な人だし」


 ぽっ と二人とも頬を赤くする。

薫と由紀はお互いに見詰め合い、刻々と時間が過ぎていく。


「純一がそういうなら、私はいいわよ」


「私だって兄さんが言うなら……」


 お、何とか収まりそう! さすが俺! やる時はやるね!


しかし、さっきから由紀は部屋の時計をちらちら見ている。

そんなに時間が気になるのか?

由紀の目線は時計と薫を交互に見ている。


 ふと、俺も薫の方を見ると、あからさまに顔が赤い。

そして、すこし肩で息をしている。目も若干うつろで心ここにあらずって感じだ。

具合でも悪くなったのか?


「兄さん、私はちょっと席を外しますね。やりかけの事があるので」


 立ち上がった由紀は、おもむろに薫の方を触る。


「ひぃぁあ!」


 おぉぅ、びっくりした!

薫はなぜか、急に叫んだ。ただ、肩を触られただけなのに。


「では、薫さん。いずれまた……」


 由紀は食べ終わったロールケーキとマグを持ち、部屋から出て行ってしまった。

扉から出ていく瞬間、薫は口元がすこしニヤついていたように見える。

気のせいか?


「由紀の奴、大丈夫かな……」


 由紀から目線を薫に移すと、薫は両手で自分の腕を抱き、少し、震えている。

俺を見る薫は、以上に色っぽく感じる。

そして、四つん這いで俺に近づき顔を俺の目の前まで持ってくる。


 すっかり顔を赤くした薫。息遣いも荒く、半開きの口から吐息が聞こえる。

ど、どうしたんだ? 急に具合が悪くなって、倒れるのか!


「じゅ、純一。私、体がおかしい……。熱い……」


 俺の胸に飛び込むように倒れてくる薫。

そのまま俺は床に倒され、薫は俺の上にのっかってくる。


「か、薫さん?」


 内心、ドキドキしながら薫を見る。

薫は足をモジモジしながら、顔を俺の胸に押し付けてくる。

足を俺の太ももに絡ませ、両手は俺を抱きしめるようにしている。


 どうしたんだ? さっきまでの薫とは大違いだ。

妙に色っぽいし、上目使いで俺を見てきたり、足をからませたり。

あ、もしかして、俺、責められてるのか?


 しかし、時すでに遅し。

薫の吐息が俺の首筋に伝わってくる。


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