第55話 虎龍の戦い


―― コンコン


『兄さん! ただ今戻りました! 妹の由紀が帰ってきましたよー!』


 のぁぁぁぁ! このタイミングで来るか!

部屋の扉からノックと共に由紀の声が聞こえてきた。

無言でやり過ごすわけにもいかないと判断し、返事位はしておこう。


 薫に目線で(返事をしてもいいか?)と問うと、コクコクと頷(うなず)く。

まぁ、しょうがない。また今度、日を改めて、リベンジしよう。



「……。由紀か、おかえり。早かったな」


 薫はクッションをお尻の下に置き、ちょこんと座る。

心なしか呆けているように見える。あ、少し魂が抜けていくのが見えた気がする。


『おいしいおやつを買ってきました! ご一緒しませんか?』


 さて、どう返事をしていいのやら。俺と薫は部屋にいるが、ここに由紀を入れてもいいのか?

これからの事を考えると、薫も由紀もある程度話ができた方がいいのか?

この際だから、一緒に仲良くしてもらった方が、俺の安全をより一層確保できるのでは?

俺はポジティブに考え、一緒に話をすることを選択する。


「えーっと、今客人がいるんだが?」


『そうなんですか? おやつも たまたま 三人分ありますよ!』


 おぉ、なんと準備のいい。たまたまとはいえ人数分あるのはいいことだ。


「薫、妹の由紀は知ってるか?」


「へ? あ、うん。何度か見かけたことはあるし、あいさつ程度だったら」


「じゃぁ、いい機会だし、一緒におやつでもするか。これから長い付き合いになると思うし」


 薫の顔が少しだけ赤くなる。何を考えているのだろう。


「そ、そうね。いい機会だし一緒におやつにしましょう」


 


 俺は扉の鍵を開け、ドアノブを回す。

すると、勢いよく扉が開く。おぅぅ! 腕がもっていかれるぅ!

目の前にいる由紀が思いっきりドアを開けてきた。


「兄さん、遅いですよ。いつまで待たせるんですか? あ、お客さんって薫さんだったんですね」


 扉の隙間から中を覗いた由紀は、薫の方をまじまじ見ている。

新しい制服が気になるのだろうか?


「薫、ちょっと由紀とおやつ準備してくるから、部屋で待っててくれ」


 薫はコクコクと頷き、部屋に残る。

俺と由紀は台所に向かい、おやつを準備する。


「何のおやつを買ってきたんだ?」


 由紀の手には紙袋。ちょっとおしゃれなこの袋は、きっと洋菓子だな。

と、勝手に中身を想像する。


「へっへー。今日は駅前のグランモルサでロールケーキを買ってきました!」


 用意された小皿にふわっとしたロールケーキのカットがを由紀が乗せていく。

イチゴ、ブルーベーリー、オレンジと三種類のロールケーキ。


「上手そうだな。由紀はどれにするんだ?」


「うーん、由紀はどれでもいいですよ。兄さんと薫さんがとったら、残りで大丈夫です」


「先に選べよ」


「どれでもおいしいので、どれでもいいのですよ兄さん」


「そうなのか」


「それより、お客さんに出す茶菓子が兄さんの準備したものではだめですよ」


「え、そうか? 他に出す物が見当たらなくて……」


「今日はこのおやつに。あ、由紀はコーヒーを入れていくので、先にケーキを持って行ってもらえますか?」


 俺は由紀に言われ、先にケーキを部屋に持っていく。

まじまじとケーキを見ながら内心『俺はブルベーリー一択だな』と心ウキウキしていた。


 部屋に入ると、新しい制服から元の服に戻った薫がいる。


「なんだ、着替えたのか?」


「うん。なんか由紀ちゃんに見られるのもちょっとね……」


 俺なら問題ないのか? と心の中で突っ込みを入れる。


「そうか。まぁ、しわになるしな。これ、由紀のお土産。どれにする?」


 テーブルの上に置かれた三皿。どれも甲乙つけがたし。

でも、ブルーベリーは俺が選ぶから出来れば他のを選んでほしいと、内心思う。

うん、俺って自分に正直だな!


「選んでいいの?」


「あぁ、どれでもいいぞ。さぁ、選ぶがよい!」


 ちょっと王様風に言ってみた。

が、しかし目の前の薫は真剣に選んでいる。俺の軽いボケには無反応。

まぁ、いいですよ、寂しくないし。


「じゃぁ……。私はこれね!」


 手に取ったのはイチゴのロールケーキ。

やっぱりそうきたか! ですよね! やっぱイチゴですよね!


「んじゃ、俺はこれだな」


 自分の手元にブルーベリーのロールケーキを移動させる。

内心ワクワクだ。



――コンコン


『由紀です。は、入ってもいいでしゅか?』


 かんだ? 今、『でしゅか?』って言ったよね?


「いいぞー」


『由紀、行きます!』


 がちゃりとノブが回り、由紀が入ってきた。

手にはマグカップが二つ。二つ?

そして、スーハ―スーハ―深呼吸している。


「そ、どうした? 深呼吸なんかして、苦しいのか?」


「苦しいです。あ、違います、苦しくないです。兄さんの部屋に初めて入るので、緊張して……」


 あ、そうか。元の俺は部屋に誰も入れないんだっけ。

まぁ、これからは可能な限りオープンンにしていきたい。

が、身の安全が最優先。マリアの時と同じになったらある意味トラウマになってしまう。


「緊張するなよ。もっと気軽に入ってこいよ」


 非常にゆっくりと俺の部屋に入ってくる。

正面を見ているが目線はあっていない。心なしか右足と右手が同時に出ている気がする。

そして、若干、手がプルプルしている。コーヒーこぼさないでね?


 由紀は俺の隣に座り、薫の正面に。


「由紀は薫の事知っているか?」


「はい、何度かお会いしてますし、兄さんからも話を何度か聞いています」


「そっか。これから二人とも仲良くしてほしいんだが」




 俺の目には見えた。赤と黒のオーラがせめぎ合っている。

おいしそうなロールケーキの真上で、赤と黒のオーラが入り乱れている。


 何この技。俺も使えるようになるの?

二人とも顔はニコニコしており、微笑んでいる。

遠目から見たらキャッハウフフな状況に見える。


 が、俺の目の前では戦いの火花が、いや一尺玉のようにドンパチ打ちあがっている。

俺は選択を間違ったのか? この二人を合わせちゃいけないのか?


 薫の背中あたりから朱色の虎。がおー

 由紀の背中から漆黒の竜。ぎゃーす


 そして、ロールケーキの真上で、戦いが始まった。


 あ、俺のロールケーキが……。



「さ、さぁ! せっかくだからいただきましょうか!」


 俺はこの場を早く収めたかった。

やばい。頭の中で警鐘がなる。何とか丸く収めないと……。

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