第53話 由紀と弥生
「ねぇ、本当にいいの?」
ここは駅に近いファーストフードショップ。
少女二人がドリンク片手に何やら話しこんでいる。
店内は昼時の為か、来店客で席は埋まっている。
「私は兄さんしか見てない。昔も今も、これからもね」
「由紀りんは一途だねー。由紀りんだったらお兄さん以外の男性から声がかかると思うんだけどなー」
そう話す少女はカップに残ったドリンクを飲みほし、カップをトレイに置く。
ショートカットにショートパンツ。グレイのパーカーで、動きやすい格好をしている。
目はパッチリ目で、見るからに運動部です! と主張しているような感じだ。
向かいに座った清楚系の由紀を見ながら、少女は足をぶらぶらしている。
「弥生(やよい)は兄さんの事を知らないから。兄さんの本当の姿を知ったら周りの女性は絶対に群がって来るわ」
「でもさー、由紀りんのお兄さんってあんまりいい噂聞かないよ?」
そう。妹の私ですら兄さんの良い噂は聞かない。
普通の男性だったら、何人も女性を周りに置き、ある意味やりたい放題。
そして、自己主張が強く、女性を下に見る。女性の扱いがひどいのが一般常識だ。
しかし、世の中は男性が過ごしやすいように店も、公共機関も、サービスも、その全てが男性びいきになっている。
兄は違う。少なくとも私の知っている男性とは考え方、素振り、行動が違う。
そのため、周りの男性はもとより、女性からも偏見の目で見られている。
しかも、今春から高校に通い始めるが、特定の女性をかこっていない。
噂では女性に興味がなく、男性オンリーとも聞こえてくる始末。ひどい話だ。
「そうね。噂は噂。弥生も男性を見る時は本質を見た方がいいわね」
「本質? 無理無理。私そこまで頭良くないしさっ」
「兄さんと一緒になる為だったら、私は何でもする。多少黒く手を染めても、正妻になれなくとも、私と兄さんが幸せなるなら……」
由紀の口元が少しだけにやける。何やらブツブツ言っているようだが、弥生の耳は届いていない。
「由紀りんは怖いなー。で、結局どうなったの? 愛しのお兄様は堕とせたの?」
由紀の口元が元に戻り、いつも通りの表情。
凛とした表情は、はたから見たら美少女。内面はぱっとみわからない。
「いい感じよ。退院してから結局的に接しても反撃はない。もちろん言葉責めもないわね」
「そっか、由紀りんがいい感じって事は、順調なんだね。いいなぁー、私も王子様迎えに来ないかな!」
「自分から探しに行かないと、王子様は見つからないわよ」
「そもそも男が少ない! 探したところで売約済み! 私は私だけの王子様がいいの!」
「それも、難しい話ね。生まれたての男の子につば付けないと。弥生も少し黒く手を染めてみる?」
弥生は顔を横に振り、拒否する。少しだけ、由紀の事言葉を怖いと感じたようだ。
「わ、私は今から探すからいいよ。これからどうするの?」
「そうね。しばらくは様子を見るわ。もっと兄さんに受け入れてもらう為に、ギリギリまで責める。そして、堕とすわ」
「それって正攻法?」
「ご想像にお任せします。絶対にボロは出さない。最後まで貫いて見せるわ」
「はは、頑張れ。何か進展あったらまた教えてよ」
「進展があったらね」
そんな話をしながら、ショップを後にする二人。
由紀は買い物袋を片手に、帰路に着く。
お昼の時間を少し回った時間。弥生も午後から部活の為、帰宅する。
さて、弥生も帰ったし、私も帰ろう。
早く帰って、あのシステムを完成させなければ。
私はスマートフォンを片手に、とあるアプリを起動しログインする。
自作のアプリだ。このアプリを使えばとある部屋のカメラの映像を見る事ができる。
ログインしたアプリから見えたのは、男女二人。
一人は赤い髪でポニーテールをしている。
そして、もう一人は由紀の良く知っている男性。
その名は 純一。私の兄さんだ。
急いで手荷物を確認し、走って家に向かう。
何故二人っきりで部屋に? 昔の兄さんだったら部屋に人を入れない。
でも、目の目前に移っている映像は間違いなく二人っきり。
餓えた女性に、男が一人。火を見るより明らか。
私の知る限りこの女性は薫さんだ。たまに兄さんと一緒にいる所を見かける。
兄さんも薫さんには少し心を開いている。
この状況だったら間違いがあってもおかしくはない。
いや、間違わない方がおかしい。密室に男女二人。時間の問題ね。
急いで帰らないと。兄さんの純白は私が守らないと。
考え事をしながら走っていると、息が切れる。
お腹が痛い、胸が苦しい。でも兄さんもきっと今、苦しんでいるはず。
私の苦しみに比べたら、兄さんはもっと苦しい。
兄さんに触れていい女性は私だけ。
私だけが本当の兄さんを知っている。
私以外の女性は兄さんにふさわしくない。
私以上の女性がいるはずがない。
兄さんに近づく虫め。私が排除してあげる。
誰にもわからないように、葬ってあげる……。
ワタシダケ ガ ニイサン ノ ソバニ イレバイイ
自宅に着き、音を立てないようそっと玄関を開け、中に入る。
……誰もいない。 レイもマリアも。
そっと靴を脱ぎ、音をたてないように階段を上がる。
兄さんの部屋から声が聞こえる。
――「映画も今度一緒にいけたらいいね」
――「そ、そうだな。こ、今度行こうな」
――「純一に見てほしい。 私の初めてを。他の誰でもない、純一に」
――ドクン
胸が痛い。頭が痛くなる。
聞きたくなかった言葉を耳にする。
イヤ キキタクナイ
ワタシノ ニイサンニ ソンナコトヲ
イウナ!
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