第38話 まくれ上がるスカート


 密室に二人っきり。俺は手を握られている。

女性の手は柔らかく、そしていい匂いがする。


「私は今日、初めて男性としました」


 こ、この人はいったい何を言っているんだ……。


「男性の手は、とても素敵ですね。は、初めて握ってしまいました」


「そ、そうですか。あの、駅員さん?」


「瑠依。私は瑠依です」


「えっと、瑠依さん?」


「はい、何でしょうか?」


「さっきから何を?」


 瑠依さんは席を立ち、俺の後ろに回って寄りかかっている。

両手を俺の手に乗せ、握ってくる。

背中にはカナカナのボリューミーな山が当たっており、なぜがぐりぐり押し付けてくる。


「こ、こうしてカードを、しっかり握らないとダメですよ」


 さっきから首筋に瑠依さんの息が当たる。

生暖かい息はゾクゾクしてしまう。

たまに、耳に唇が当たり、俺はビクンッって感じてしまう。


「瑠依さん?」


「あなたの手、素敵ね。男らしいわ……」


 わー、きたこれ。免疫のない人だ。

当たっちゃったよ。まぁ、ビキニ女の時よりましだと思ってしまうのも、何か嫌だな。


 瑠依さんは俺の背中から覆いかぶさるように抱き着いている。

体重をかけ、俺に乗っている感じだ。

胸の圧力が、けしからんことになっている。


 そして、瑠依さんは俺の耳を舐めはじめた。


「ん……、あ、あなたの耳、おいひい」


 瑠依さんの舌が俺の耳の中に入ってくる。

ちゅぱちゅぱ音がリアルに聞こえ、気が付いたら瑠依さんの片手は俺の手から、自分の胸に移動している。


 おおぅ、耳! あふん。 ちょっと気持ちいかも……。

って、おーい、瑠依さん!

ここ、仕事場ですよ! いいんすか!


「はぁはぁ……、ん、もっと味わいたい……」


 瑠依さんは、俺の耳をしゃぶりながら、自分の胸を触り始める。

いかん、止めなければ。あ、でも耳を舐められるの、俺好きかも……。

俺の新しい性癖が目覚めてしまったが、瑠依さんの目を覚まさせなければならない。


「る、瑠依さん?」


「ん……。あふ、ん、ん……。お、おいひい……」


 聞いていない。いや、聞こえていないと言うべきか。

さて、どうやって抜け出そうか……。



――コンコン


『カードまだ! そろそろ電車に乗らないと遅れるわよ!』


 か、薫の声だ!

瑠依さんは慌てて口の周りのよだれを拭き、書類をまとめ始める。

会話もなく、せかせか動いている。


「も、申し訳ありません! 密室に入ったら、お客様の香りで、意識がもうろうとし……」


「確かに、ここはあまりにも狭いですからね……」


 約半畳。二人っきりになったら理性も飛ぶかって?

そんな馬鹿な。もっと、しっかりいこうぜ!


「今回は、何もなかったことにします。次から気を付けてください」


 ここで俺がこの人を罰してしまったら、毎朝駅を使用するうえで、後味が悪くなってしまう。

きっと男性の免疫が無い女性は皆こうなのだろう。密室には十分気を付けないと……。


 事あるごとにいちいち罰していたらきりが無くなってしまう。

ある程度大目に見て、周りの女性にどんどん免疫をつけていってもらおう!

そうすればおのずと、俺の過ごしやすい環境になっていくはずだ!

それまで俺の精神力が持つかが、問題だな。うん。


「あ、ありがとうございます!」


「この春から高校に通うんです。毎朝会いますね」


「はい! よろしくお願いします!」


『終わった?! 行くわよ!』


「ああ、今行く!」


 部屋から出て薫に会うと仁王立ちで扉の前に立っている。


「遅い! どうせまた何かされていたんでしょ!」


 おっふ。お見通しですか。まぁ、カード一枚で時間がかかってしまったからな。


「イヤ、トクニ、ナニモナイ」


 薫の顔が引きつってる。すんません。ちょっとだけされました。


「あ、あの。これカードの説明書と規約と、当駅からのお知らせと、あとそれから……」


 瑠依さんは俺に色々と紙類を渡してくる。

ま、枚数が多い。こんな事ならバックでも持って来ればよかった。


「えっと。帰りにまた寄りますので、預かってもらえますか?」


「また来てくれるんですね! お待ちしています! ずっと、あなたの事待ってますから!」


 いや、ずっとじゃないよ? 数時間後には戻って来るよ?


「じゃぁ、お願いします」


 俺は薫に手を無理やり引っ張っぱられ、改札に連れて行かれる。

あ、そんなに強く握ったら痕になっちゃう……。


「だから言ったでしょ! 全く、気をつけなさいよ!」


「す、すまん。ちょっと油断した」


 俺はカードにチャージして改札を通る。

うん、やっぱりこっちの方が便利だよね。


 この時間は乗る人が少ないな。俺たち以外に数人ホームにいるだけだ。

ホームにいく為に、階段を上がる。


 俺は薫の後ろからついていく。

まだ風が少し冷たく、構内に吹いてくる。

春一番ではないが、やや強い風だ。


 突然ぶわっと強い風が吹いてくる。

階段を上がっていく薫のスカートも勢いよくまくれ上がった。



――え? ノーパン?



 まくれ上がった薫は下着をはいていない。

え? なんで? 俺はゆっくり落ちてくるスカートを目の前に、思考を加速させる。


 良く考エロ。なぜだ? なぜ履いていない?

そ、そうか! さっき俺の部屋で脱いだままだ!

まさか履き忘れたのか!


 薫は気が付いていないのか?

本人は何もなかったかのように階段を上がっている。

後ろからだと薫の表情が見えない。 いったいどんな表情になっているんだ?

ノーアクションという事を考えると、恐らく完全に忘れているという事だ。


 どうする? 教えた方がいいのか? それともこのままでいいのか?

二択だ。誤った選択はできない。


 そろそろ階段を上がりきる。

どうする? 言うか? 言わないか?


 階段を上がりきり、薫がその足を止める。

俺の方に振り返り、腕を組んで立ち止まる。


「見たでしょ?」


 はい。見ました。しっかりと見ました。

見えてしまいました。薫には何と言うおうか……

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