第33話 恋人つなぎ


 クローゼットを漁る俺。

色々な服が入っているが、どれにしようか……。

まぁ、これでいいか。


 手に取ったのは学ランっぽい服。

ただし、ベースカラーは白で淵が一センチほど黒くなっている。

襟に黒い羽のワンポイント刺繍が入っている。


 その場で着ていた甚平を脱ぎ、着替え始める。

そして、パンツ一著になって気が付く。


 しまった! 女性の前で普通に脱いでしいまった!

経験上この後の展開は……。


 薫の方を見ると、さっきと同じ位置でスマホをいじってる。

ジーッと薫の方を見るが動きが無い。


 薫はふっと目線を上げ、俺と目が合う。

所が何も見なかったかのように再びスマホをいじり始める。

まさか、俺の着替えを盗撮か?


「なぁ、薫」


「何よ」


「薫は俺が着替えていても何とも思わないのか?」


 スマホをテーブルに置き、再び俺を見る。

俺の頭からつま先までジーと見ている。


「そうね。ちょっとはドキッとするけど、それが?」


「そ、そうか……。ムラムラっときて、俺を押し倒したくはならないか?」


「あんた何様? そんなに襲われたいの? もう一度絞めてあげようか?」


 おっふ。怖い怖い。聞いた俺がバカだったのか?


「け、結構です。そうか、薫は平気なのか……」


「はぁ……。正確にはあんたに近寄りたいけど、いやでしょ?」


「薫って、やっぱいい奴だな」


「何ってるの? 自分の感情を押さえられる人の方が多いわよ」


 な、何だって! 昨日俺が体験してきたのは何だったんだ?

あれが普通かと思った! 良かった! 本当に良かった。

普通の子がいるなら、きっと俺は恋愛ができる!


 薫はきっといい奴だ。俺の知ってる薫と同じくらいいい奴かもしれない。

さっさと服を着て、さっきまでいた所に戻り、薫の正面に座る。


「薫。真面目な話をしていいか?」


「いいけど、出来れば場所を変えたいわね。出かけましょうか?」


 そうか。できれば早めに相談したかったんだけどな。

まぁ、薫が言うならそれでいいか。


「じゃ、行くか」


「あんた、その格好で行くの?」


「変か?」


「服じゃなくて、いつもの装備は?」


 はい? 装備? 俺は冒険に行くのか?

剣とか楯とかいるんですか!

そうか! 外はモンスターがいるんだな!

そして、薫は魔法使いだ!


「薫の装備はないのか?」


「は? なんで私が必要なのよ」


「じゃぁ、俺の装備ってなんだ?」


「机の引き出しの一番下にいつも入れてるでしょ?」


 薫に言われ引き出しを開ける。



―― ピロリロリーン


 純一は装備一式を手に入れた!


 って、何だこれ?

太いベルトのウエストバック。左右の腰部分に穴が開いており、棒が刺さっている。

バックの中を確認すると財布とメモ用紙とペン。

財布の中身は数枚の札と小銭。テレカしか入っていない。

おぅ、チャージ系のカードもないのか。電車乗る時大変だな……。


 そして、この棒は何だ? あ、見たことある。

これってトンファーだ。


 俺の装備っていったい……。

とりあえず、装備するか。使うかわからんが、財布はいるだろう。


「これでいいか?」


「まぁ、いつも通りね。さっさと行くわよ」



 一階に行き、薫はそのまま玄関に。

俺は母さんに声をかけにリビングに行く。


「母さん、ちょっと制服とりに薫と学校に行ってくるよ」


 母さんは着物を着ており、テーブルでお茶を飲んでいた。


「あら、今日だったわね。これを渡さないとね」


 母さんの手元にあったバックから紙とカードを渡される。


「これは?」


「制服の引換券とクレジットカードよ」


「カードくれるの?」


「高校卒業までの限定カードだから、無駄使いしないようにね。」


「分かりました。できれば制服と一緒にジャージとか服を少し買いたいんですが」


「いいわよ。カードで適当に買ってきなさい」


「はーい。じゃぁ、行ってきます。夕方には戻りますね」


「はい、気を付けてね」




 玄関に行き、薫と一緒に出掛ける。

しかし、薫の服装はすごいな。一緒に歩いている俺が恥ずかしい。


「なぁ、その服何とかならんか?」


「あんたね! そもそもあんたが!」


「ご、ごめん。今度から普通の服でいいよ」


「そうなの? まぁ、その方が私も助かるけどね」


「どこまで歩くんだ?」


「駅よ。ここから駅は近いけど、学校は駅二つ離れているわ」


「微妙な距離だな」


「しょうがないでしょ。あんたの通える高校はそこしかないんだから」


「え? そこしかないの?」


「この付近だと男子が通える高校はそこだけよ。県外に行くならそれでもいいけど」


 おっふ。なんてこったい。高校の選択肢はないのか。

一体どんな学校なんだ?


「男はいいわよね、試験無しで高校にいけて」


「え? 試験無いの?」


「男子は無いわよ。男子の通う高校に女子が行くには筆記テスト、面談、適性検査、体力テストなど様々なテストがあるわ」


「そ、それは大変だな」


「それはそうよ。男子と一緒の学校よ? 学内で問題になったら大変。あんたの通う学校の女子は男子に免疫があり、取り乱さないわ」


「それは良かった! 安心して学校に行ける」


「ただ、内心は分からないわね。あんたも十分気をつけなさいよ」


「ああ、わかってる」


 薫と二人で歩いて駅に向かう。

そろそろ商店街に入った。人も住宅街より多くなってきており、行き交う人が多い。

でも、全員が女性。どこかに男性はいないのか……。


「そろそろね」


 ん? 薫が何か言った。良く聞こえなかったけど、何だ?


 すると急に薫が俺の手を握ってきた。

おおぅ! しかも手をつなぐと言っても恋人つなぎだ!

や、柔らかいなー。女の子の手って小さくて柔らかいんだ!


 って、なんで急に手を……。


「か、薫さん?」


「何よ」


「えっと、この手は?」


 俺は握られた手を上に上げ、薫に見せる。


「恋人つなぎ。それが?」


「なんで急に?」


「この方が他の人から見たら恋人同士に見えるでしょ?」


「確かにそうだけど。僕たちって恋人?」


「違うわ。それと、あんた自分の事『僕』っていうのやめない?」


「何故?」


「気持ち悪い。つい最近まで『俺様』が急に『僕』よ? おかしいわよ」


「そ、そうか。じゃぁ、俺にするよ。これでいいか?」


「妥協してあげる。あんた記憶、戻らないの?」


「わからん。そのうち何とかなるだろ」


「あ、っそ」


 手を繋ぎ、幾人にも見られながら駅に向かう。

この世界は俺の知っている世界とはちょっと違うけど、ほとんど同じかもしれない。

ちょっと変わった人が多いけど、何とかなりそうだ。


 そろそろ駅が見えてきた。

電車に乗るのも久々だな。

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