第32話 薫を押し倒した!


 あと数センチ。後数センチで見える。見えてしまう。

スカートを徐々にまくり上げている薫の顔は、なぜがニヤニヤしている。

まるで、俺を見下すようなまなざしだ。


 俺と薫の関係はどうだったんだ? 友達か? それ以上なのか……。


「あんた、本当に見たいの?」


「……」


 俺はどう答えたらいいのか分からなく、チン黙してしまう。

自分の部屋で女の子と二人だけ。しかもそれなりにかわいい子が自らのスカートをまくっている。

この異常ともいえる状況に、俺は考えてしまう。


 本音をいえば、ズバッとまくってー! と言いたいが、言えない。

そんな事を考えていると、あとちょっとで秘密の部分が見える!


 しょうがない! 俺がまくっているわけではない。

見せてくれると言うのに、断る理由があるだろうか?


 無い。


 ここは男らしく、正直になろう。いただきます!






――コンコン



『純一様、お飲み物お持ちしましたー』



 おーう、なんてこったい。このタイミングで!

マリア! なぜこのタイミングで……。


 俺は両手の拳を力強く握りしめ、立ち上がる。

薫はスカートを戻し、テーブル手前に座り込んだ。

心なしか頬が赤くなっている気がする。



「はーい……」



 扉を開けた俺は、マリアさんからトレイごと飲み物を受け取り、テーブルに置く。

真正面に不思議な服装、装飾品を身に着けた薫がいる。

中二的な服装だな。うん。ちょっと痛いかも。


 俺の知っている薫はスポーツマンだ。

こんな格好するはずがない。でも同じ名前なんだよね。


 薫の目の前にコップを差し出す。そして薫は普通に飲み始める。

ピンクの唇が可愛い。少し唇が光っているし、薄く化粧もしているようだ。


「な、なぁ薫。いつからだ?」


「いつからって?」


「薫が女なのは……」


「はぁ……、さっきも言ったけど見ての通りよ?」


「そうか、そうだよな……」


 俺はがっくし肩を落とし、テーブルの上にうつ伏せになってしまう。

俺の知っている薫じゃない。同じ名前だけど違う。


「あんた、そんな状態で今日行けるの?」


「え? 今日どこか行くのか?」


 しばらく沈黙の時間が流れる。

薫の顔には えー まじかー のような表情。

どこに行くんだ? あ、あそこか! 薫の服を見てピンときた。


「コミケか! その服はコスプレって事だろ?」 


「ちがう! 全く違う!」


 薫の顔は本気で怒っているように見える。

おかしい、こんな服で行くところは一か所しかないと思ったんだが……。


「すまんが、どこに行くんだ?」


「はぁ……。記憶が無いのもめんどいわね」


「こればっかりはすまん」


「今日は高校の制服を一緒に取りに行くって約束したでしょ?」


「そ、そうなんだ」


 制服? そうか、俺はこの春から高校になるから制服がいるのか?


「あんたが一人で行くのが危険だからって、私を誘ったのも忘れたの?」


「ごめん……」


 何か、薫の怒りが倍増している気がする。

少しだけ、黒のオーラ―が後ろに見え始めた。


「じゃぁ、この格好で来いとわざわざ指定までしてきたことは?」


「まじすまん」


 あ、オーラが噴き出た。

どす黒いオーラと共に、薫の目が黄色に輝き始める。

あふ、眩しい。そんな目で、俺を見つめないで……。


 薫はすっと立ち上がり、手首の包帯を取り始める。


「あんたが、あんたがぁねぇ!」


 包帯を取り終わった薫は眼帯も取り、包帯を両手でロープのように持っている。

少しずつ俺に近寄ってくる。あ、なんかやな予感……。

 

「こんな服着てわざわざ来たのよ! 恥ずかしいたらありゃしない! どう責任取ってくれるの!」


 薫は持っていた包帯を俺の首に巻きつけてきた。

おおおぅ! 本気だ! この力は! ま、まずい!

俺は必死に包帯と首の間に手を入れ、何とか首を身められるのを防ぐ。


「ま、まて! 落ち着け! まずは話そう。話せば分かる!」


 完全に殺人モードに入っている薫。

こっちの話を聞いてくれない。あ、苦しい……。



「家から、ここまで何人に見られて! そしてニヤニヤされたかぁ!」


 その気持ちは十分わかる。

俺だったら絶対にそんな服で外に出ない。たとえコミケに行くとしても、現地で着替えるだろう。

眼帯に包帯。その手には邪竜でも封印されているのだろうか?



「かお、る。本気で苦しい。そろそろやめておこう」


「知るかぁ! 一度落ちてしまえ! このこのこのこの!」


 あぅぅ、やめてー。何度も女性に襲われそうになったが、こんな感じで責めてこられた事はない。

俺はエムではない! この手の趣味もない!


 そろそろ本気で苦しくなってきたので、俺は首に巻かれた包帯を手で押さえながら、移動し始める。

薫に向かって軽く走りだし、そのまま体当たり。


 俺は薫に覆いかぶさるようにベッドに倒れ込む。


「な、な、なにしてるの! あんた、まさか私を襲う気!」


 逆ですよ。さっきまで薫が襲っていただろ。

首に痕ができたらどうするんだ!

そして、薫に覆いかぶさってる状況だが、悲しくも胸の圧迫感は無い。

非常に残念です。それなりに可愛いのに、可愛いのに……。


「襲うか! いい加減にしろ! 本気で落ちるだろ!」


「もともとあんたが悪い! 謝罪しろ!」


 俺は二歩下がり、頭を下げる。


「マジすまんかった」


 斜め四十五度に頭を下げる。


「あ、わ、わかればいいわよ……」


 とりあえず落ち着いたようだ。

良かった、ずっとここで乱闘しなければならないと思ってしまった。


「で、どこに行くんだ?」


「どこって、学校。今度から通う学校で配布されるわ」


「そっか、じゃあ行くか」


 俺は席を立ち出かけようとするが呼び止められる。


「はい。いつもの渡しておくわ」


 薫は一個のリングを俺に投げ飛ばす。


「これは?」


「これも? まぁいいわ。左手の人差し指に付けて」


 言われた通りに着ける。おお、ぴったり。

シンプルなシルバーリングだ。装飾加工もないし、石もついていない。


「これでいいか? なんでリング付けるんだ?」


「虫よけよ。フリーの男は甘いお菓子。リング一個でもあれば、虫よけになるわ」


 よく意味がわからないが、虫というのは女性の事だろう。

リングがあれば言い寄られないって事かな?


「いいのか? つけていて」


「いいわよ。今までもずっとこうしてきたのよ」


「そっか。薫はいい奴だな」


 薫の頬が赤くなる。なんだ、こいつ照れてるのか?


「べ、別にあんたの為じゃないわよ! それと婚約とかしてないんだからね!」


「してないのにリング付けるのか?」


「あんたが頼んだんでしょ! 虫よけにさせろって!」


「そ、です、か。ごめんな、変な事頼んで。リング外すか?」


「べ、別にいいわよ、大したことじゃないし! そのままでいいから!」


 言っている事が何か矛盾している気が?

まぁ、いいや。以前からこんな関係だったら、このまま継続しておいた方が無難だな。


「よし、じゃぁ、行こうか」


「あんた、甚平で行くの?」


「変か?」


「二人の格好見て、おかしくなかったらいいわよ」


 ロリっぽい服装に甚平。これはダメでね。

ん?というと俺が薫の服装に合わせるのか?


 そんな服装で高校デビューするんですか!

俺はクローゼットを漁り始める……。



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