三
その門の手前で右に曲がる。
ずいぶん先にはなるけれど、目の前に伸びる道路の向こうに大きな建物が見え始めた。道を間違っていなければ、あれがゴルフ部の練習場だ。
よし!
と、ペダルを漕ぐスピードを俄然早める。
そこに後ろから車がやってきた。
片足を道路へついて、その車をやり過ごす。黒光りのしている立派な車だ。トランクがあって、そのフタに「風見原高校専用車」と書かれてあった。
先生用かなと、とくに不思議にも思わず、俺は再びチャリを漕ぎ始めた。
ゴルフ部らしき建物とはべつに左手にずっと見えていた一軒の家。なんだろうと思いつつ前しか見てなかった俺だけど、ふと気づいたことがあった。
その家は、ちょっと引っ込んだ小高いところに建っていて、そこからこの道路まで緩やかな坂が伸びている。前庭の端っこにはなにかの木が列をなして立っている。その一本の根元に、小さな小さな小屋があった。
俺はチャリを止めた。
行こうか行くまいか坂の下で悩んでみたものの、どうしてもあの小屋が気になってチャリを押して登ってみることにした。
坂を一回くねってもうひと踏ん張り。やがてコンクリートの前庭に着き、適当なところにチャリを止めるとあの小屋へ急いだ。
「──ミケ?」
俺の膝上数センチくらいの高さしかない小屋は、下から見たときにまさかと思っていたけど、やっぱり犬小屋だった。
しかし、ペンキで書かれてあるその小屋の主だろう名前を見て、それも疑わしくなってきた。
ミケってフツー、ネコの名前だろ?
どんな犬かとしゃがんで中を覗いてみたが、残念ながらもぬけのカラだった。
「マサノリ!」
そこへ、背後から大きな声が飛んできた。俺はしゃがんだまま、ビクッと肩をすくめた。
声は一段と近くなる。
「マサノリ。ミケならオクシバが散歩に連れてってんぞ」
どうやらだれかと間違えているらしい。腰を上げながら俺が振り返ると、その人は途端に目を剥いた。
「マサノリ……じゃねえのか。つうかお前、見ねえ顔だな」
ガタイのいい長身は真っ黒に日焼けしていた。その両手には土で汚れた軍手、頭にはタオルを巻いている。色落ちの激しいジーンズは長靴にブーツイン。
ダサいのか格好いいのかわからないけど、ピアスやらネックレスやらやたらジャラジャラとついてあるウォレットチェーンやらが、たぶんオシャレさんなのだろうことを物語っていた。
「──おい、ボウズ」
「は?」
俺はボウズじゃねえし。
……ていうか、初対面なのにすごい上から目線なのがめちゃくちゃ気に食わない。俺は眉間にしわを寄せ、改めて目の前を見上げた。
するとその人は、表情を緩めると片方の軍手を外して、俺の頭を撫でくり回してきた。
「なんだ、その顔。可愛い面してずいぶん威勢がいいんだな」
「……」
「勝手に入ってきたのはそっちだろ」
そう言われてはたと気がついた。ここがどんなところかわからないけど、少なくともこの人のテリトリーであるのは間違いない。
「すみません……」
「まさかお前、ミケを見にわざわざここまで来たのか?」
「……というか」
「ん?」
「俺、今日この学校に転入してきたばかりで──」
目の前の人がまた大きく目を見開いた。俺の顔をまじまじと見てまばたきを繰り返す。
はっきり言っていい気分なんてしないこの間。どうしたらいいのかわからなくなる。
そのうち、その人はなにに納得したのか、顎に手を当て、うんうんと頷いていた。もう片方の軍手も取り、二枚重ねてジーンズのバックポケットに突っ込んだ。
「なるほどな。そうか。転入してきたばかりで迷子になったのか」
そう言うといきなり俺の背中を叩いた。手加減なんてまるっきりナシだ。
俺は咳き込みながらなんとか言葉をつむぐ。
「べ、べつに迷子じゃないですよ! ちゃんと目的があってきたんだけど、この犬小屋が見えたから寄り道しただけで……」
「まあまあ。そうムキになりなさんな。始めは大体、迷子になるもんだ」
この人、全然ヒトの話聞いてない……。コンクリートへ向かってそう呟き、俺はちょっと距離を取った。
「……で? 一体ここはなんなんですか」
「なんなんですかって、言ってくれるねえ。迷子の迷子の子猫チャン」
「……」
「だからそういちいち睨むな、新顔。ここはな、農作業を主な活動としている農業部の寮兼作業小屋。そんで俺が部長。みんなにはジョーって呼ばれてる」
「はあ……。ジョー、ですか」
本名なのかニックネームなのか。さらには、農業部という言葉にも首を傾げたくなった。
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