第92話目 ブロガー6

 マナ、どうしたんだろう?


 GWが終わったあとの6日に入れたゲストページに返事が入ったあと、7日にもゲストページに書き込みをしたのに、もう4日も経つのにまだ返事が入らない。これはどうしてだ?


 拓也は今まで2日と間が空かないで返事が入っていたAIへのゲストページに返事が入らないことで、なんともいえぬ不安を抱えていた。自分の知らない間に、このGWの間にマナとMASATOが会ってしまったのだろうかとさえ思ったほどだ。だが、さすがにそれはないだろうとも思った。というより、もしかしたらAIとMASATOのどちらかが、相手の素性を知ってしまったのかもしれない。それならブログを止めていても不思議ではない。ならば、どちらが素性を知ったのかといえば、その確率はマナがMASATOの素性に辿り着く方が自然と思えた。何故なら妹の美和がMASATOがしているピエロだかクラウンだかが真崎先生だと知っているのだから、生徒が気づいても不思議ではないからだ。しかも同じ職場に同じようにピエロになっている人もいるというではないか。誰かからその話題を耳にし、マナがMASATOの素性に気付いたということもあるかもしれない。


 せっかくブログという場でマナと交流を持て、親しくしていけば、もしかしたらいつかはと思っていただけに、この想像は拓也を落胆させた。いや、まだそうとは限らない。たまたまマナが忙しいだけかもしれない。もしかしたらテストでもあるのではないか。いや、もしかしたらパソコンの調子が悪いのかもしれない。そういうことだってあり得るではないか。


 拓也の頭では、いろんな想像が巡り、とりあえずはMASATOのブログを覗いて、AIがそこにいるか確認をしてみようと、MASATOのブログを覗いた。が、MASATOは記事の更新をしておらず、そのゲストページにも新しい書き込みらしきものは見えない。いや、内緒でやられたのではどちらにしろ見えないのだが。


 拓也は、こいつと交流を持つのは気が進まなかったが、AIさんのところから来ましたと書き込んで、交流を持とうかと考えた。MASATOがファン限定記事を書いていて、そこにAIがいるかもしれないと思ったからだ。そして、もしそうだとしたら、AIは意識して自分の書き込みを無視しているということになる。だとしたら……そう考えると、それも怖くてなかなかどうして、指が動かない。


 もしやと、拓也はMASATO以外にも、AIのゲストを回わってみたが、そのどこにもAIはいない。つまり、AIは意識して自分を無視しているわけではない。ただ、いないのかもしれない。


 マナ、どうしてブログに来ないんだ。MASATOが自分の学校の先生だと知ってしまったのか?


 昼間、仕事をしていても、マナのことをつい考えてしまう。次にマナが図書館にくるのはいつだろう?拓也は寺井愛美の予約状況を確認するために図書館のパソコンを操作すると、予約状況よりも今借りている本の返却期限が目に入った。5月の15日だ。だとしたら、近々返却に来るかもしれない。借りた本をギリギリになって返却することは、愛美には稀なことなので、この土日辺りに返却するのかもしれない。


 拓也は土日を心待ちにした。そのどちらかに寺井愛美が本の返却に現れると思っていたからだ。だが、愛美の姿は、そのどちらにも現れず、いよいよ拓也は愛美のことが気になって仕方がなくなっていた。図書館が休みの月曜も、AIの書き込みがあるかもしれないと早朝から起きてブログチェックをし、昼にはランチ記事のために2つ向こうの市まで出掛けて行き、夜にはまたAIを待つためにブログを長いこと開けていたが、AIは姿を見せず、いよいよ不安が膨れ上がり、翌火曜日に出社する寺井愛美の叔母、野々山美弥に探りを入れてみることにした。愛美のことを意識していると思われるのが嫌だったので、本当なそんなことをしたくなかったのだが。


 野々山美弥には、言葉にこそしなかったが、やはり好奇の目を向けられたことにも気付いたが、何のその自然に最近見かけないですねと言った感じで問いかけた。


 すると、なんだそうだったかという返事が返された。寺井愛美は昨日まで修学旅行中だったと言うではないか。美和はそんなことひと言も言ってなかったではないかと、美和を恨めしく思う気持ちが湧いたが、考えてみたら美和は愛美の学年を教えているわけでもないし、そもそもそんな愛美のことを探るような話は、当然美和にはしていないのだ。なんだそうかとホッとしているところに、当の寺井愛美がやってきた。


「あっ、マナ、今日休みだったんだね」


とは野々山美弥だ。その言葉と共に、まるで何かの目配せかのようにニンマリしながら、美弥は拓也に視線を寄越した。


「マナはね、昨日まで修学旅行だったのよ」


先程の返事を反芻するようにそう言葉をかけてきた。


「修学旅行だったんですね。どこに行ってきたんですか?」


「北海道に行ってきたんです。これ、返却しますね。美弥ちゃん、これお土産」


愛美は返却する本を拓也に渡しつつ、美弥に視線を向け、北海道土産の定番のクッキーの箱を手提げから出して美弥に手渡した。


 そうか、修学旅行だったのか。どうりでブログに姿を見せなかったわけだ。ということは、今夜にでもブログを開けばAIからの書き込みが入っていることだろう。というか、昨日帰ってきたならば、昨夜のうちに書き込みをしてくれてもよかろうにと、拓也は愛美の笑顔を見つつ、MASATOには昨夜のうちに書き込みをしたのだろうと、その笑顔をも恨めしくなる思いで見ていた。


 そしてその晩、AIからの書き込みがあると期待しつつブログを開くも、その夜もAIから書き込みがされることなく、ただ、AIのゲストページには、新たな書き込みを示すNEWのマークが付き、だが表面的には今日付けの新たな書き込みなどなく、これはやはり内緒で入れたMASATOなのかと想像し、MASATOのブログを開くと、やはりMASATOのゲストページにはNEWのマークが付いており、だがそこを開いても見える範囲には今日の日付の新しい書き込みなどなく、これは内緒で書き込んだAIなのだろうと思い、どうしようもないほどの嫉妬が沸き上がり、この日愛美が返却した『コンチ館の殺人事件』の本を開くと、カッと熱くなった顔をそこに埋めながら、そこにある愛美の残り香を一つも逃がさないようにいくつものページを開き、その全てから何度も何度も愛美の香りを嗅ぎながら吸い尽くし、熱くなったままもう一人の自分をひたすらに、慰めた。



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