第91話目 ブロガー5

~お兄ちゃん、今日、これから行ってもいい?ちょっと写真を印刷したいんだけど~


 美和からそうラインが来たため、いるよと返事をし、拓也はプリンターの用意をして待っていた。写真だなんて、仕事で何かに使うのだろう。職場でやればいいのにとボヤキながらも、部屋にある全種類の写真用の光沢紙を準備して待っていた。すると、コンビニでいくつかのスイーツを買い込んで美和がやってきた。


「お前もさっさとプリンター買えよ」


「えぇ~っ?まだ社会人なりたてだよ。そんなのまだ買えないよ。いいじゃんここにあるんだし」


「しょうがないなぁ。ボーナス出たら買えよ」


「はいはい、いつかね」


 社会人になったばかりで、まだ実家暮らしの美和は、家にプリンターがないため、しょっちゅう拓也の部屋に来てそれを利用していた。拓也がまだ実家暮らしだったころにも、必要なたびに部屋にきて使ってはいたのだが、拓也が一人暮らしをするにあたって持ち出してしまったため、今は実家にプリンターがない状態だ。


「何を印刷するんだ?」


 持ってきた自分のノートパソコンを繋いで開いたその画面を見て、拓也は愕然とした。そこにはあいつがいたからだ。あいつだ……MASATOだ。


「それ、なんだ?ピエロか?なんかのイベントか?」


「うん、これね、クリニクラウンって言って、病院を回って入院している子供たちを笑顔にっていう活動をしている人たちがいてね、それを見に行ってきたの。ちなみに、ピエロじゃなくて、クラウンって言うんだって。私も初めて知ったんだけどね」


「お前、そんなのに興味があったのか」


「興味っていうかね、知っている人がやっているものだから、写真を撮りに行ってきたの。ほら、この人、いい笑顔でしょ?なんかさぁ、すごくいい写真が撮れたじゃない?藤崎の市民課でGW写真コンテストがあるんだけど、出してみようかなって思っているんだ。それでね、印刷して明日見せてから出していいか聞いてみようかと思ってね」


途中から美和の言葉は頭の中をすり抜けるように右から左に消えた。ただ、知っている人、この人……その言葉だけが頭の中に漂って残った。


「……へぇ、知っている人がやっているんだ。これ、彼氏かなんかか?」


「もぉ、お兄ちゃんたらやだなぁ、違うよ。この人ね、職場の先輩だよ。誘われたから行ってみたの。職場の何人かの先生たち、この活動をしているんだって。それでよかったら見にこないかって誘われて、どうせヒマだしと思って行ってみたの」


 職場の?先輩だと?じゃあ、これ、マナの高校の先生ってことじゃないか。マナは知ってるのか?知らないままMASATOってやつと交流しているのか?あんな親密な感じで?MASATOってやつは、AIさんがマナだと知ってるのか?自分の学校の生徒だって知っててあんな親密になっているのか?それとも、お互い全く気付かないまま、あんな親密な交流をしているということか?いったいどっちなんだ?どういうことだ?どうなっているんだ?拓也の頭の中では、自分が知った現実がいっぺんに流れ込んで、目まぐるしく行ったり来たりしていた。


「お兄ちゃん、どうしたのよぼんやりして」


「ああ、いや、学校の先生って大変なんだなって思ってな」


「は?なにそれ、どういう感想よ。先生だからやってるんじゃないと思うよ。実際教員じゃない人たちのほうが多いんだし」


美和は笑いながら印刷したものを目の前にかざし、「ほら、いい笑顔でしょ?」と、拓也に向けた。


「ああ、いいな。コンテストに出してもいいところまで行きそうだ」


「でしょ。ねえ、プリン食べよ。コーヒー入れてよ」


「ああ、はいはい、コーヒーね」


半分上の空状態で、美和の言葉に返事を返しコーヒーを入れにキッチンに向かった。その最中も頭の中では順序だてて、知ったことを理解することに集中しようとしていた。


 MASATOとAIは同じ学校の先生と生徒。ブログの中ではかなり親密。AIはMASATOが自分の高校の先生と気付いているか?MASATOはAIが生徒だと気付いているのか?これは面白くなってきたぞ。その辺の探りを入れつつ、AIと交流をしようか。気づいていないようなら、なんとなくMASATOの正体を教える方向にってのもありだな。その逆に、MASATOにAIの正体を教えるというのもいいかもしれない。もし知らずに交流をしているとすれば、知った時MASATOはどういう行動に出るか……AIの前から消えるかもしれない。そしてAIに自分が教員だということを教えないようになどと言ってくる場合だってあり得る。それならば、MASATOが消え、AIとタクシーが親密になっていくことだってできるかもしれない。そうだ、その方がいい。AIに知らせるとなると、じゃあタクシーであるあなたは誰?なんて話になりかねないもんな。それはそれでマズイだろう。


「それでね、私もやってみようかなって思ってるんだよね……って、お兄ちゃん聞いてる!?」


「ああ、なんだ?やってみるって、何を?」


「もう、聞いてなかったでしょ!!だから私もクリニクラウンをやってみようかって話よ。それとね、クラウンフェスタっていうイベントも秋にあるんだって。それにも挑戦してみようかなって話よ。ちゃんと聞いてなかったでしょ?もう。お兄ちゃん、けん玉が得意だったよね?教えてよ。クラウンは何かそうした出し物的なことをやらなきゃならないんだけど、私、何ができるか考えたんだけど、真崎先生みたいにバルーンアートは割れそうで怖いし、ジャス君みたいなジャグリングも難しそうだし、トランプ君みたいな手品も厳しそうだからさ、けん玉はお兄ちゃんとよくやってたから簡単なのはできるかなと思ってね。まあ、あれも失敗してもそれを笑いに変えるっていう手法もあるみたいだからさ、そういうのも習おうと思ってるんだ。クラウンになるにはワークショップに何度か参加して……」


話の途中で、その名前が出たところで思考が止まり、残りの言葉は耳に入っていなかった。


「真崎先生ってのが、その写真の人か?」


「そうだけど、なんで?」


「いや、……そんな写真を撮るくらいだから気になってる男なのかと思って」


「や~ね~もう、頼まれて撮っただけよ。真崎先生のカメラで何枚か撮ったんだけど、私もカメラを持って行ったの。コンテストがあるの知ってたし」


「なるほどね、コンテストがあるから、その真崎先生を撮ったってわけだ。ところで、その真崎先生って、素顔はどんなだ?」


「あっ、飲み会で撮った写真があるよ」


そう言って、美和は写真を画面に出し、スマホを見せてきた。なるほどね、これが真崎先生で、MASATOか。


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