第89話目 交流67

 『愛さん、ただいま。今日はね、ビックリするお知らせがあるんだ。なんだと思う?……あのね、今日、藤崎の市民病院にTさんがいたんだよ。一瞬通り過ぎて、あれっ?って思って振り返っちゃった。Tさん、一瞬首を傾げたように見えたけど、そりゃあそうだよね、いきなりクラウン姿の人が振り返ってきたら驚くよね。しかしビックリしたなぁ。まさかクラウン姿の時に出くわすとはね。しかも病院でなんて、自分でもよく気づいたなって思ったっけ。でね、イベントも途中から観に来ていたと思うんだ。すぐにいなくなっちゃったみたいだけどね……でね、帰りにも駐車場で見かけたんだ。自転車を押していたんだけど、なんかね、表情が沈んでいるように見えてね……誰かのお見舞いなんだろうけど……それとね、今日もSさんが写真を撮ってくれたから、またここに載せるね』


 えっ、帰りにも見られてた?


 全く気付かなかった。


 ロビーでしばらく直人の言葉を探していたけれど、それはほんの数分だったと思っていたけれど、気付いたら1時間近くそこにいた。直人の言葉を繰り返し何度も思い出し、心を鎮めながら直人を想っていた。それで帰りが遅くなってしまったことで、再び直人に見られていたようだ。ならいっそ……そこじゃなくて、私もそれが直人だと気付けるくらい近くで会えたらよかったのにな、直人の姿なら私が気づいても不思議じゃないし、直人も私に気付いて、「えっ、こんなところで……どなたかのお見舞いですか?」なんて、言葉を交わすこともできていたかもしれないのに……そう思うと、少しだけガッカリした。


 新たに入ったゲストページには、NAOが優しげな眼をカメラに向けている姿が写った写真が載せられていた。そんな目で坂本先生の構えるカメラに笑顔で写らないでよと思ったが、直人はその向こうにいる愛に見せたいんだと言っていたじゃないか。その言葉を信じたい自分と、その目を向けられた坂本に嫉妬する気持ちとで揺れに揺れてはいたが、それでも直人がこの写真を愛に見せてくれた。それがその答えだ。直人の心を信じよう。直人の言葉を信じよう。直人とのやり取りで、直人がどんな人なのか、もう知っているではないか。


 『直人さん、おかえりなさい。NAOさんの素敵な笑顔を見せてくれてありがとう。本当にとってもいい笑顔ですね。前にサーカスのピエロさん……本当のクラウン名はわからないけど、そのピエロさんは笑っていなくて怖かったけど、NAOさんは本当に笑顔で、子どもたちもとってもいい笑顔を向けていて、NAOさんたちの活動の素晴らしさを改めて感じました。それと、Tさんが病院にいたんですね。お見舞いかな……それにしても驚く話ですね。っていうか、そんなにTさんに会って、さらにそれに気付けるなんて、直人さん、よほどTさんを気遣っているってことかな(笑)声をかけてみたらよかったのに(笑)』


 少しだけ探りを入れた。真崎先生でいるときの直人は、愛美をどう見ているのか、何度か聞いてわかっていたけれど、やはり聞いてみたい。というか、そうしてできるだけ愛美を意識していて欲しい。そんな気持ちが間違いなくそこにあった。


 『ええっ?声をかけて?いやいやいや、休日だしバッタリ会ってお互い気付くようなことになったならそういうこともあるかもしれないけど、向こうも気付いていないときにこちらから声をかけるなんてことはしないよ。というか、こちらも気付いたとしても、できるだけ気付かなかった振りをするよ。やっぱり休日は先生でいたくないからね(笑)気付かれる前にスッと立ち去るさ(笑)それと、NAOの笑顔をそんなふうに言ってもらえて嬉しいよ。愛さんに見せたかったから、またいいところを撮ってもらえてよかったよ(笑)』


 ちぇっ。気づかれる前に立ち去るんだ。なんか面白くないな。真崎先生にとっては、愛美は本当にただの生徒なんだな……わかっていたけど、とどめを刺されたような気がする。


 ……愛のことは、こんなにも求めてくれているのに……


 愛になりたい。愛美じゃなく、愛になりたい。愛を求めてくれることは、こんなにも嬉しいのに、愛美のことはただの生徒でしかない。嬉しいのに悲しい。こんな気持ちは、とてつもなく切ない。


 『写真、見せてくれてありがとう。毎日ここを開くとNAOさんがいる。そのことがとても嬉しいです。直人さん、あのね、言っておかなきゃいけないことがあるんだけど……あのね、私、GW明けに1週間ほど出張に出かけるんです。パソコン持って行けないし、ホテルには宿泊客が使えるようなパソコンがあるかもしれないけど、きっと落ち着いてできる状況じゃないと思うから、1週間ほどここには来られないと思います。直人さんに会えないのは寂しいんだけど……』


 これは言っておかなければいけないことだった。


 愛美たち3年生は、GW明けには修学旅行に出かける。つまりパソコンを開くことはできないのだ。全く同じ期間、ここに来ないなんてことは絶対に避けなければならない。愛と愛美が直人の中で結びつくとは思わないが、そこに少しの疑念を持たせるわけにはいかない。愛美は4泊5日の修学旅行より長い、1週間はここに来ることを止めることにした。愛美たちより1日早く、そして愛美たちより1日遅くまで、ここにはいないことにすることに決めた。もちろんそれは口実で、書き込むことはできないけれど、もしかしたらと期待を込めつつ、ここを開くのだけれど。


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