第87話目 交流65

 今朝は休日にもかかわらず、早い時間に目が覚めた。昨夜も遅くまで直人とコメントのやり取りをしていたのにだ。やはり気が急いでいるのだろうか。


 愛美は自分が住む藤崎市の市民病院に、NAOがクラウンの姿でやってくるその日、どこかでNAOの姿を目にできないものかとずっと考えていた。時間はわかっている。中学生の頃、友人がそこに入院したこともあり、病棟にも行ったことがあり、2階広場というのがどこなのかも把握している。3台あるエレベーターを降りて左手に曲がり、廊下を少し進み、また左に曲がった正面が広場だ。今日の14時、そこにNAOがいる。


 愛美は見舞客の振りをして、14時過ぎに2階広場が見える場所まで行けば、NAOの姿が見られるのではと思いながらその場所を思い浮かべるも、自分がNAOの目から隠れる位置があるのかどうか、その辺が今一つよくわからない。でも、14時過ぎならば、既に活動が始まっていて、NAOの視線は子供に向いているだろうから、他の観客まではっきりと目に入ることもないのではないかと楽観もしていた。実際、直人もそんなことを言っていたのだし。それに、もし万が一にも自分の姿を目にしたとしても、もし愛美に気付いたとしても、愛美は愛ではないのだから、偶然知った顔があったと思うだけだろう。しかも、愛美はNAOが真崎先生だと知らないのだから、NAOが愛美に気付いたとしても、NAOは知らん顔してるだろう。そうだ、お互い知らない人同士の場面になるだけだ。


 そんなことを考えながら朝食を済ませると、両親と美菜は「じゃあ後は頼むわね」と出掛けて行った。GW最終日のこの日、部活動も休みの美菜を連れて、父和弘の実家へ訪問することになっていた。父の実家では、4人目にしてようやく待望の長男誕生で、子供の日の祝いをやることになっており、愛美は友人と出掛けるという口実でそれを辞退していた。


 愛美の頭の中では、今日1日の動向は既にできていた。14時過ぎに病院の広場にいるためには、1時過ぎに家を出て行けば間に合うという算段だ。病院は自宅から学校の中間地点にあるが、いつも通学では使わない道を行くため、時間に多少の余裕を持って出ることにしたのだ。丘の上に立つその病院に行くには、緩やかとはいえ坂道を登らなければならないことも計算に入れていた。


 朝食と片付けを済ませ部屋に行くと、起き掛けに立ち上げておいたパソコンに向かった。直人からの書き込みがあるかもしれないからだ。


 ログインして自分のブログのホームをつけると、やはりゲストページに書き込みが2件と表示された。1つはきっと直人だろう。出かける前に『いってきます』を入れてくれるのだろう。


 『愛さん、おはよう。起きたかな?昨夜も遅くまで付き合わせちゃったもんね(笑)今朝は昨日の新喜劇の笑いに浸って、愛さんの言葉に浸って眠ったので、ご機嫌な朝を迎えることが出来ました(笑)今日はクリニクラウン活動日の最終日だから、気合いを入れて子どもたちに笑いを届けてきますね。夜、またここに来ます。……愛さんに会いに(笑)じゃあ、行ってきます』


 読んでいる最中からニヤニヤが止まらなくなっていた愛美の顔は、読み終わる頃にはついに破顔し、窓から見える青空に向かって、晴れてくれてありがとうと心で喝采をあげた。


 そしてもう1つのゲストページは、タクシーだ。知り合って間もないタクシーだが、読書の傾向が似ていることからか、その話題で盛り上がり、毎日のように書き込みをしてくれる。そこにはまだ読んでいない、読む予定の本の話題もあり興味深く書き込みを読んではいるが、実のところそれにより直人の書き込んでくれたゲストページが後ろに行ってしまうことが気がかりというか、いい気持ちはしなかった。ゲストページには新着の5件だけが表示され、それ以前のものは次ページに入ってしまうのだ。愛美はゲストページは常に直人の書き込みでいっぱいにしておきたい。そんな気持ちだった。しかもタクシーは、公開非公開と分けて投稿してくるため、そのやり取りは直人にも見えるものがある。それを直人が見るかどうかは不明だが、自分だったら……見るだろう。だから書き込みには十分注意が必要だと思っていた。あまり親し気な書き込みになると、直人もいい気がしないんじゃないかと、そう思った。


 『AIさん、こんにちは。宛先不明郵便を読み終えました。内容を詳しく書いてしまうと面白さが半減してしまうので書きませんが、帯にある、伝えたいけれど伝えることが出来ない想いをとあるので、そこの部分だけで自分が今思うことは、自分にもそんな手紙を書きたい相手がいるということですかね。AIさんも読む予定でしたよね。感想を楽しみにしています』


 『タクシーさん、こんにちは。タクシーさんの感想で、読みたい気持ちがより湧いてきました。楽しみです。タクシーさんの手紙を書きたい相手って、どんな人なのでしょう?誰にでもそんな相手がいるのかもしれませんね』


 夜は直人のために時間を使いたい。そう思った愛美は、昼のうちに返事を書いた。これで今日、タクシーに返事を書かなくてもいいだろう。そう思った。


 続けて直人に返事を入れた。


 『直人さん、こんにちは。ご機嫌な朝を迎えられてよかったです(笑)GW最終日、いい1日になるといいですね。子どもたちにたくさんの笑顔を届け、子どもたちからたくさんの笑顔をもらってきてくださいね。今夜も直人さんのお話を聞くことを楽しみに待っていますね。……いってらっしゃい』


 直人に書き込みをすると、すぐに新たなゲストページの書き込みが現れた。またタクシーだ。それは、愛美が返事を書き込んだことで、今、AIがブログを開いていると思っての書き込みだと思われる内容であった。


 『AIさん、お返事ありがとうございます。今日はGW最終日で自分は仕事が休みなんです。AIさんもお休みのようですね。今日はなにかご予定はありますか?自分は今日、どこかでランチでもと思っているのですが、AIさんがお住いの近くに美味しいお店はありますか?』


 しまった……と思った。返事を書いてすぐに書き込みをしてきたのは、AIがここにいることを見込んでのことで、ここで返事を書いたほうがいいのかどうか、愛美は悩んだ。タクシーへの書き込みは今日はこれで終わりと思っていたし、ここで返事を返してしまうと終わりが見えなくなるような気もした。こういう言葉だけの場所では、良くも悪くも相手の反応が見えないことが気になる。タクシーという人は、本当に読書の繋がりだけの気持ちなのだろうか……それだけじゃないのではないかと、漠然とだがなにか感じていたことも確かだ。


 『タクシーさん、今日はランチに行くのですね。私も今日はこれから友達とお出かけです。その前にちょっとブログチェックでした。そんなわけで、そろそろブログ閉めます』


 こんな返事ならAIから返事が入らなくてももうこないだろう。そう思った。


 『AIさん、お出かけですか。いってらっしゃい。先程、聞かれたことにちゃんと答えていませんでした。自分が手紙を書きたい相手は、恥ずかしながら今、とても気になる女性がいるのですが、まだ気持ちを伝えるタイミングが早いかと思っているのです。それと、どう伝えていいものか悩んでいて、きっと自分の口では伝えられないと思うし、手紙を書いたところで渡せないと思うんです。それが自分が手紙を書きたい相手です。AIさんにもそんな人がいますか?』


 まるで待ち構えていたように、すぐにそんな返事が入ったが、AIはもうここにはいないという体で、すぐにそれには返事を入れなかった。

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