第78話目 交流59 MASATO

 変なところでコメントを切ってしまった。職員室での視線の絡み、あれをどう説明したものかと悩んで、なんとなく言葉を濁したふうになってしまったが、これじゃあ聞いてくれって言っているようなものだな。


 直人はそれがわかっていたが、AIがどんな反応をしてくるのか、それを待とうと思った。


 『……なんか、めっちゃ気になるコメントの切れ方なんですけど?(笑)どんな話が続く予定なんですか?(笑)Tさん、進路を変えたんですね。お菓子作りを仕事にって思っていたのに、違う何かが心に芽生えたのかな……?でもまあ、何か考えがあってのことかもしれませんよ。大学っていうのも専門的なこと学ぶんでしょうから……』


 そうだよな、こういう返事を書いてくるだろうな。


 直人はAIの反応が予想通りなことに安堵し、昼間、寺井と視線が合ったあの時の感情を、AIに聞いてもらおうと、意を決して書くことにした。


 『あのね……Tさんが職員室で担任と話をしているとき、その直前にTさんの担任と話したこともあって、気になって目を向けてたんです。ちょっとぼんやりしてたこともあって、Tさんが話を終えて立ち上がった瞬間、自分に目を向けたと思うんですけど……その時、視線が合ってしまったんです。その時、Tさんの態度というか、視線の外し方というか、目の動かし方というか、ああいう感じにちょっとだけ経験があったんです。……こんなこと話すと、自信過剰とか勘違い男とか思われると困るんですが、自分、一応独身の若い男ですから、この女子高の採用になって、特別な感情を向けられたことが数回あるんです。だいたいそういうことを感じた時、もちろん何も気にせず気にかけず意識せずの姿勢は変わらないんだけど、やはり……卒業の頃とか、そのあととか、ちょっと告白みたいなこともされたりね……まあ、そういう子たちから同じ視線を感じたことがあったというか……』


 『あらら……女子高あるあるってやつですね(笑)そういう話、私も女子高だったので耳にしたことがあります。若い男の先生って、案外モテるんですよね(笑)MASATOさん、モテちゃってるんですね(笑)女子高って、当たり前だけど男の子がいないし、どうしても若い男の先生に目が行く子もいるかもって思います。私にも……いいなって思う先生、いましたよ。たまたまカッコいい場面を目にしちゃったことがあって(笑)それにしても、今まで話題に出ていたTさんだから、ちょっとビックリですが、でも考えてみたら……最初の出会いというか、階段での出来事があって、それが印象深くなっているとか……ディズニーで見かけたことも話しちゃってたし、短い期間に接点あり過ぎで意識されたかもしれませんね』


 そうか、確かに立て続けに接点があったしな……こちらも気にかけてた分、そういう視線を向けてたことに気付かれたかもしれないしな。気をつけないといけないかな。


 『女子高あるあるですか。確かにそうかもしれませんね。でも、学生の頃のそういう感情って、一時のことかと思います。しかもAIさんが言うように、男の子がいない女子高ですから、恋愛対象がいなくて若い男の先生に目が行くだけで、広い世界に出て行くとそれこそ夢から覚めたような気持ちになるのかなと。いい思い出になってくれているといいなと、そういう経験のある若い男の先生としては思うわけです(笑)』


 『そうなんですね。いい思い出になってくれてると……ですか。でも女子高だから女の子いっぱいで、可愛い子や綺麗な子もいたりするんでしょ?そんな子から思いを寄せられると、気持ちが揺らぐことって、ないんですか?』


 気持ちが揺らぐか。そのAIの言葉で、寺井が浮かんでしまった。だが心が揺らぐことはない。そういう感情を生徒に対して持ったことはないし、そこまで理性が効かない男ではないと自負もしている。


 直人はクリニクラウンになる明日のために、今夜はビールは止めておこうと思っていたが、なんだか飲みたいなという気持ちが強くなっていた。感情というものを意識した途端、何故かまた塔子のことを思い出していた。AIさん、寺井というその言葉を意識すると、何故か塔子が思い浮かんでしまう。自分の気持ちがどこに向いているのか、一瞬わからなくなる。


 人を好きになるという、その気持ち、その感情が結ぼうとすると、まだ塔子が思い浮かぶ。AIさんのことだけに意識を集中させたい。


「AIさん、あなたに会いたいんだ」


 誰も聞いていないんだ。そう思ったら、そんな言葉が口から出ていた。画面ごしにでもそこにいるAIにそう言いたいと思った。


 直人は冷蔵庫からビールを取り出すと、スーパーの袋に入ったままの小分けされたナッツが入る大袋を開け、小皿に2袋開け広げた。


 『今ね、AIさんのことを考えていたよ。なぜだろう。なんだか今、AIさんに自分の気持ちが向いているんだ。学生に対していつかいい思い出になってくれたらいいと思っているけど、AIさんにいい思い出にして欲しくないと思ってしまったんです。思い出にされたくない、今、……ずっと、AIさんとこうしていたいんです。前にも書いたように思うけど、女子高で女の子がたくさんいるからね、そりゃあ可愛い子や綺麗な子もたくさんいるさ。なんならみんな可愛いしね(笑)Tさんも、そうだね……確かに、可愛い子だと思うよ』


 直人は素直に自分の気持ちがAIに向いていると書いた。


 それは決して嘘ではない。嘘ではないが、そう意識し書くことで、ともすれば思い出してしまう塔子の存在を、その言葉で振り切ってしまいたいと、そう思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る