第12話 姉弟水入らず?

 4月14日 (金) 午前9時


 一時限目、現国。

 教師が巨大なタッチパネルに現代文を写し、授業を行っている。

 現国の問題をノートに写しつつ、教師の説明を聞きながら問題を解いていく。

 教師の言っている事は分かる。だが全く頭に入ってこない。


 俺の斜め後ろに、先程転校してきたばかりの男子生徒が座っている。


『初めまして。兄さん』


 確かにそう言われた。

 俺には兄弟は居ない。だがラスティナに俺は双子だと言われた。

 勿論両親からそんな話を聞かされた覚えは無い。


 しかし馬海は、俺が男の頃と全く同じ顔をしているのだ。


「えー……ではぁ……馬海君。この問題をといてみて」


 現国の教師が馬海、と言った瞬間……何故か俺がビクっと反応してしまう。

 返事をしながら席を立ち、前のタッチパネルへと向かう馬海。


 現代文の問題を解いて行く。

 その姿をジっと見つめてしまう。こいつは本当に俺の双子の弟なのかと。


「出来ました」


 そう言いながら席に戻る馬海。

 その途中、俺と目が合い、優しく微笑んでいく。


(なんで……笑ってられるんだ……)


 もし本当に俺が双子の兄なら……憎まれてるんじゃないのか。

 この変なタイミングで転校してきた。

 理由は簡単に想像できる。俺が女になった時、全国に顔写真と実名が晒された。

 実名はまだいい。赤の他人に何の理由もなく名乗ったりしないし、別に普段から名札を胸に付けているわけでも無い。


 だが顔は違う。街を歩くだけで気づく人は多いだろう。

 馬海の顔を見て、ニュースで報じられている男だと騒ぎ出す。


 それが学校という特殊な空間だったら尚の事。

 一気に噂は広まり、馬海は一躍有名人に。

 しかしいい意味での有名人では無い。男から女に強制的に性転換されたとして、変な目で見られるのは必須だ。とくにその手の話題に男子は遊び半分で絡みだすだろう。

 本当に女になったのか、と衣服を脱がせたりしたかもしれない。


(それが原因で……馬海はここに転入してきた……)


 俺のせいで虐めに合った。

 この高校には俺が居るのだ。性転換したのは馬海では無く、俺だと言う事は誰でも知っている。

 ここなら虐めに合う事は無い。


(ごめん……本当に弟だったとしたら……いや、そうでなくても……ごめん……)


 謝って済む話なんだろうか。

 俺のせいで虐めにあったのだ。

 馬海の心に深い傷を残したのは……他でも無い、俺なんだ。


 授業の終わりを告げる鐘が鳴る。

 日直の号令で礼をし、教師が出ていくと男子達は一目散に馬海へと向かった。


(やばい……また……いじめが……!)


 馬海が虐められてしまう。何でだ、ここには俺が居るのに。

 俺が性転換した張本人だ、そいつは違う。

 そいつは……


「なーなー、馬海、お前部活何入る?」


 まて……! 俺の弟を虐めるなぁって……あれ?


「サッカーやろうぜ! つか、お前中学で何やってたん?」


 …………ん? な、なんか……普通だな。

 馬海は男子達の質問に数秒考え


「僕は野球部だったけど……高校では別のスポーツやりたいな。面白そうな所ある?」


 そ、そうか……俺の弟は野球部だったのか……!

 野球のユニフォームに身を包む馬海を想像する。どこからどう見ても自分が着ているようにしか思えないが。


「結構サッカーが強いらしいぜ、この高校。あとは陸上とかも面白そうだよな。マネージャーの先輩も可愛かったし……」


 ほ、ほほぅ……?

 やっぱそこだよな……マネージャーが居ると居ないとでは全然違うよな!


「サッカーかぁ……僕はやったことないんだけど……出来るかな……」


 うんうん、そうか……俺の弟はサッカーやったこと無いのか、大丈夫だ! 初心者にもきっと優しく教えてくれるさ!


 と、いつのまにか男子の群れに混ざっている俺。

 最前列でうんうん、と頷いていた。


「……兄さんは……何処入ったの?」


 へ? お、俺に話を振ってくれるのか! 我が弟よ!


「お、俺はまだ……決めてないけど……」


「そっかー、じゃあ一緒に見学行こうよ」


 いいぞ! 我が弟よ!

 嬉しそうにうんうん頷く俺。

 あぁ、弟が居たら……こんな感じなのかぁ……。


 その時、一人の男子が俺のスカートを……捲りあげた……ってなにしてんだコラァ!


「今日も白か……相変わらず子供っぽいの履いてるなぁ、戸城……って……」


 ん? 


「何してんの……」


 ぎゃー! 馬海が……! 俺の弟が凄い形相でスカート捲った男子睨んでる!

 ま、まて! 殺すな! 早まるな!

 そう思う程殺気に満ちている我が弟。落ち着くんだ!


「え、いや……お前の兄ちゃん……だっけ? それ噓だろ? その顔も他人の空似……」


 立ち上がり拳を握る馬海。周りの男子達も俺もビビって退いてしまう。


「兄さんだよ……その人は、間違いなく僕の……」


「お姉さん、でしょ?」


 その時、馬海の真後ろに花京院 雫が! おおぅ、更に退く男子達。

 なんか恐れられてるな。


「馬海君、初めまして。私は花京院 雫。貴方のお姉さんとはマブダチよ」


 マブダチって……最近あんまり言わないよな……。


「馬海君の気持ちも分かるけど……梢は間違いなく女の子よ。ちゃんとお姉さんって呼ばないと……」


 馬海は拳の力を抜いて花京院 雫へと振り返る。

 そのまま会釈しつつ、自己紹介を始めた。


「初めまして、馬海 抄です。兄さ……姉さんのお友達ですか。その……か、可愛いですね……」


 な、なにぃ! 俺の弟が花京院 雫を落しにかかっている!

 ってー! 花京院 雫も顔真っ赤だし!


「あ、あら、そう? あ、ありがと……良い弟じゃない、梢」


 ふえ?! ぁ、うん、そうっすね!


 ビシィっと親指を立てながら賛同する俺。

 周りの男子達は何故か拍手しだすが……なんか女子達は白けてる……。


「なにあれ……可愛いって言われて照れてやがんの……」


「御世辞って分かるでしょ。ブス」


「あのニーソ……バカみたいにまだ履いてるんだ」


 なっ……なんか……生徒会の人達とは全く違う……。

 うぅ、なんだこの空気……居ずらいでござるよ……。


 しかし大して気にする様子も無く、花京院 雫は席へと戻っていく。

 そのまま休み時間の終わりを告げる鐘が鳴り、二時限目の英語の担当教師であるクリス先生が入ってきた。


「Hello everybody」


 英語で挨拶をするのが号令の代わり。

 生徒達も英語で返しつつ、席へと着く。


「エーット……じゃあ教科書の二十三ページから始めマス。ァ、そういえば朝言うの忘れてましたガ、今日避難訓練アルノデ。学級委員ハ皆を音楽室前まで引率してクダサイ。避難シューター使うそうですカラ。結構アレ楽しいデスヨ」


 いや、避難訓練で楽しいですよって……教師が言っていいのか。

 皆も同じことを思っているようで、クリス先生にツッコミを入れつつ笑っていた。


 しかし……馬海は俺の事……本当に憎んでないのか……。

 スカート捲られたの見て本気で怒ってた……よな?


『怒ってましたね。明らかに血圧上がってましたし』


 うほぉぁ! ラスティナ……居たのかね。

 っていうか俺声に出してないんだけど……。


『今更ですか。梢さんの考えてる事なんて全部御見通しですよ。今も私を見てムラムラしてますね』


 してへんわ! むむぅ、しかし思ってる事が聞こえるのか……。


『全部が全部じゃないですけどね。その辺、使い分けれると便利ですよ。今は英語の授業ですか……作者は英語苦手なので必死にググりながら翻訳サイトで訳しながら書いてるんでしょうね』


 バラすな!


「Mr. Tanaka has worn in a bowl with a physical measurement.」


『ふむ、田中君は前途多難ですね』


 うぅ、どうでもいいけど……もっとマシな英文は無いのか……。


【注意:訳してみましょう!】



 そのまま英語の授業も終わり、休み時間に……。

 さて、ちょっと御手洗いに……。


「兄さ……姉さん」


 ん? おぉう、我が弟よ。どうしたんだい?


「トレイって何処だっけ……」


 ふむ、俺も今から行く所だ。一緒に行こうじゃないか。

 と、揃ってトイレに向かう俺達を見て、男子達が教室の出口を塞ぎだした!


 な、なにごとだ!


「戸城の姉さん……あんた……何をしでかすつもりで?」


 な、なにその極道系ドラマに影響受けたであろう喋り方……。


「悪いが、馬海の弟は俺達の管轄だ。あんたの出る幕じゃねえ」


 な、なんだと! 俺だって共にする権利は有る筈だ!


「ねえよ! どっちに入るつもりだよ! あんたは女子トイレ! 馬海! いくぞ!」


 そのまま男子の集団に連れていかれる馬海。うぅ、俺の弟なのにっ!


「だからダメなんでしょ。ほら、私達も行きましょ、梢」


 おおぅ、花京院 雫……って、あれ? 光は? いつも一緒に……。


「光? あぁ、あの子朝からなんか変なのよね……何か有ったのかしら」


 むむ、そういえば……朝に下駄箱の所で速足で去って行って……それから喋ってくれないな。


「なにそれ。詳しく聞かせなさい」


 そのまま女子トイレで用を足しつつ、花京院 雫に説明。

 朝、光に話した事と同じことを話した。その直後に光が去っていったことも。

 もしや……歩先輩と光の間に何か因縁があるのか?


「はぁ……違うわ。貴方、少しは女子っぽくなってきたと思ったら……肝心な所抜けてるわね」


 むむ? その心は?


「光は貴方の事、マブダチだと思ってるのよ。でも生徒会に先を越されて……お風呂入ったり一緒に寝たり……あとは分かるわね?」


 分からぬ……どこに光が怒る要素があるのだね。


「覚えておきなさい。女は男以上に友達を大切にするのよ。それこそ恋人並にね。だから許せない事も男とは違うのよ」


 そ、そうなん?!


「多少大袈裟かもしれないけど……そうねぇ……今日あたり、梢の家にお邪魔しようかしら」


 な、なんだって! そんな急に……。


「いいじゃない、光と仲直りしたいんでしょ? 私から話振ってあげるから。貴方は頷くだけでいいわ」


 む、むむぅ、家そんなに広くないんだけども……。

 そのまま今日は家でお泊り会に決定し、教室に戻ると馬海と男子達が爆笑しながら喋っていた。

 おおぅ、初日からこんなに打ち解けるとは……良かった良かった……。


「でもさ、お前の姉ちゃんもデカいじゃん」


 ん?


「ぁっ、別に戸城の姉さんの悪口じゃないぞ? ただ……体の一部が……な?」


 …………


 おまいら……


「いや、でも……僕はそんな事……」


「いいから、ちょっとお願いしてみろって……突くくらいで……」


 ……男子ってホントにバカだな! 俺も男子だったけど! すごい気持ち分かるけど!


「いやぁ……でも……」


「昼休みにでも……な? ついでに俺も……」


 お前だけには触らせんわ! つか丸聞こえだっつーの! もっと小声で話せ! そういうことは!


 そのまま三限目、物理。

 ふむぅ、物理の教師は凄い堅物だったな。

 でも上級生からは絶大な信頼を寄せられてるらしい……。どんな質問にも真面目に答えてくれるからだそうだ。


「席に付け。始めるぞ」


 それだけ言って教壇に立つ三十代後半くらいの男性教師。

 一年からは男女問わず恐れられている。別に派手に叱ったりはしないが、授業中居眠りでもしているもんなら、授業の内容を全てレポート用紙に書いて提出しなければならない。


 まあ俺は居眠りなどせぬが……隣りの香川君は……ってー! もう寝てる!


 まだ寝るには早いぞ! 香川君!


「戸城。香川の頭をはたけ」


 ひぃ! 俺になんか振ってきたし!

 うぅ、軽く……ぺしっと……。

 起きない! ど、どうする……もっと強めに行くか?


 うぅ、キレて殴りかかられたらどうしよう……。


「おい、香川ー、起きろってーの」


 と、後ろの男子が教科書の角で頭を……ってー! 痛そう! 凄い痛そう!

 しかし効果はテキメンだ! 香川君はバっと上体を起こして目をパチクリさせる。


「香川、まだ授業は始まったばかりだ。戸城に感謝するんだな」


 そ、それってレポート用紙は堪忍してくれるって事か。

 ふふぅ、っていうか起こしたの俺じゃないんだけど……後ろの男子に一応礼言っとくか。


「ありがと……」


 小声で言いながら拝み手。


「ん? あぁ……」


 むむ、なんか不愛想だな、コイツ。普通なら……


『いいって事よ! っていいながらグッジョブサイン、ですか?』


 またラスティナ……人の心を読みおって……。


『ふふ、梢さん。その男子の体温が上がってます。不愛想じゃないですよ。むしろ逆です』


 ふむ、分からん……。


『鈍感』


 よく言われる。


 その後は香川君も真面目にノートを取っている。ふむ、香川君、君は出来る子なんだ。

 頑張って有名大学に……


 と、その時……火災報知器が鳴る。けたたましい音を学校中に響かせている。

 うおお、鼓膜が! 


「始まったか……やれやれ……」


 うわっ、物理の先生……あからさまに嫌そうな顔してる……。

 そりゃそうか……授業強制的に中断されるんだからな……。


「学級委員は引率を。訓練だからと言って気を抜かないように」


 了解っす。っていうか……学級委員って誰だっけ。


「み、みんな……ついてきて……ください……」


 ぁ、日下部君か……。大人しい子だから押し付けられたか。可哀想に……。

 そのまま日下部君にクラス全員着いて行き、音楽室前へ……。

 むむ、もうシューター用意してある。


「女子からだ。出席番号順で」


 ふむ、こういうのって男子からだと思ったけど……。


「あー、女子からかよ……覗けねえな」


「いっきにやる気無くしたわー」


 ナルホド……滑ってくる女子のスカート覗かれない為か……。先生達分かってる……。


【注意:本当は男子に対して体力差のある女子を先に……という事からです。学校によって様々ですが……。ちなみに……私の学校では女子は全員ジャージ着てました……】



 さて……俺の番か……コレ初めてなんだよなぁ……って! これ大丈夫なん!? ほぼ角度着いてないんですけど!


「大丈夫だ。行け」


 うぅ、物理の先生……容赦ねえ……おのれ……勇気を出すんだ、俺!

 と、勇気ある一歩を踏み出す俺。元は男なんだ、叫んだりするもんか……!


 ぎゃあぁぁぁー!


 落ちてる! もろ落ちてる!


『大丈夫ですよ。この避難方法は昔ながらの物です。それだけ信頼が厚いって証拠ですよ。感じるほど速度も出てません』


 冷静に分析するなぁ! 

 っと、うお、もう地上か……あかん、目が回る……フラフラや……。


「梢、スカートスカート」


 花京院 雫に注意されてスカートを直す俺……むぅ、こういう所もちゃんとしないと……。


「思ったより面白くなかったわね」


 度胸座ってますな……花京院 雫……ぁ、花瀬も降りてきた。

 周りの女子は皆喋りまくってるな……一応避難訓練ダゾ。


「光、こっちこっち」


 ってー! お前もかい! 花京院 雫!

 光は頷きながら近づいてくるが……俺の顔を見るなり、なんか目反らされた……。


「お昼はいつもの場所で食べるよね、光」


 いつもの場所……屋上か。そこでお泊り会の話をするんだな。

 光も軽く頷きながら、俺を見る。


「ぁ……」


 どうやらまだスカートが直りきっていなかったらしく、そっとさり気無く直してくれた。

 光……良い子や……。

 うぅ、でもどう反応すれば……。


「普通にありがとうでいいでしょ……」


 小声で言ってくる花京院 雫……お前も良い子や……。


「あ、ありがと……」


 うぅ、てれくさい! あたり前の事を言ってるだけなのに!

 むむ、でもなんか……光の表情が若干柔らかくなったような……。


「……梢……ごめんね、私……嫌な態度取ってて……」


 そのまま手を取って撫でて来る光。


「い、いや……そんな事……私は気にしてないし……」


 ってー! 今俺……私って言った?! あ、あれ? なんか自然に口からポロっと……。


「……もっかい……」


 ん?


「もっかい言って! 私って……お願い! 可愛い!」


 な、なんだね君は! 美奈か?! い、いやでござる!


 照れ隠ししつつ頭を振る俺。

 うぅ……なんか……心がだんだん女子になってきてるんだろうか……。


 ラスティナの視線が痛い……。


 それから、しばらくたって男子も全員降りて来る。流石に男子は躊躇う奴は少なく、結構早めに避難訓練は終わった。あれ? 馬海は……我が弟はどこじゃ?


「次は体育ね、早く教室戻って着替え取りに行きましょ」


 花京院 雫にそう言われて急ぎ教室へ駆け上る。

 はぁ……三階まで昇るのキツイ……早く三年になりたい……。


 ん? 着替えって……そ、そういえば……俺体操着なんか持ってないぞ……。


 うぅ、正直に体育の先生に言わなければ……体操着忘れましたって……変わりに何やらされるんだろ……草むしりかな……。


 と、教室に戻った時……なにやら女子達が騒いでいた。


「ちょっと……なんで? え、アンタも?」


 ん? なんじゃ?


「……? どうしたの?」


 花京院 雫が女子の一人に話かける。すると……


「体操着が……それどころか替えの下着も無くなってるの……」


 な、なんじゃと!






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