第11話 世間は〇い

 


『粒子血栓塞栓症です……残念ですが……』


『なんとか……なりませんか……せめて子供だけでも……』


『申し訳ありません……』


『子供を……見殺しにしろって……いうんですか……』


『申し訳ありません……』


『私は……死んでもいいんです! でも子供達だけは!』


『申し訳……ありません……』




 4月 14日 (金) 午前6時


 ……なんだろう、この状態……。


 左右に女子。しかも上級生。

 両手に花とは……この事か……。ベットの上で川の字で寝ている。


 うぅっ……左右どちらを見ても……ぎゃー! 心臓に悪い! 女子高生の寝顔に囲まれてるなんて……やばい、俺のハートはもう限界よ!


 っく……なんとか……起こさないように絡まった腕を……ほどいて……。


「んぅ……らめらって……まらぁ……」


 寝ぼけた右側の女子に引っ張られ胸に抱かれる……って、ギャー!

 やばい! これは不味い! っていうかなんで一緒のベットで寝てるん?!


 うぅ……柔らかい……暖かいし……なんか……また眠気が……。

 このまま先輩女子の胸の中で二度寝とか……贅沢すぎる……。


『梢さんの変態』


 その声で跳ね起きる。

 逃げるようにベットから転がり、四つん這いで部屋から脱出っ!


 はぁ……ぁー……焦った……。


『おはようございます。ジャマでした?』


 いや、ある意味最高の目覚ましだった……。


『お褒めに預かり光栄です。って、なんで泣いてるんですか。そんなに先輩女子の胸の中で二度寝したかったんですかっ?』


 何処か嬉しそうに言い放つラスティナ。そっと頬を拭うと確かに涙が流れていた。

 むむ、ほんとだ……なんで泣いてるんだろ……。

 そういえば……何か夢見たな……。


 たしか……


「ラスティナ……粒子血栓塞栓症って何?」


 たしか夢の中で出てきた……ような気がする。


『粒子血栓塞栓症? あぁ、色々ありますけど……たぶん梢さんが言ってるのはナノマシンの残骸が血管に詰まる病気の事ですね。ナノマシンの御蔭で不治の病の数々を克服したわけですが……それに代わって、今最も死亡率が高いと言われてる現代病です』


 ナノマシンの残骸……ふむぅ……。


『治療法はありますよ、いくらでも。問題なのは残骸と言えども再起動する可能性があるってトコです。大量のナノマシンが一度に活動を開始したら……お腹の中で爆弾を起爆させるような物ですね』


 こ、こわっ! なんそれ……。


『なので、いくらでもある治療法のほとんどが却下されてしまうんです。ナノマシンによる手術なんてもっての他ですし、下手に刺激を与えるのも不味いので……昔ながらの外科手術が一番安全ですね』


 うっ、それって……お腹開くやつ……?


『そうです。今では大抵の病気はナノマシンで直せちゃいますからね。外科手術なんて行える医師は少ない為に、最も死亡率が高いなんて言われてるんです。タイムマシンが開発されてれば……二十世紀あたりから医師連れてくるんですけど……』


 ふむぅ……。


『で、なんでそんな事聞くんです?』


 いや、夢に出てきたような気がするから……。


『なんですか、それ……夢の話ですか……。ん? 梢さん、女子達が起きたみたいですよ』


 ムムっ……ほんとだ……ダルそうな声が聞こえる。


『昨日はハッスルしましたからね。朝ごはんは多めに食べるといいですよ』


 うぅ、昨日の夜も結局……女子達とお菓子食べただけだし……。


 と、その時部屋のドアが開き……歩先輩が出て来る。


「おはよぉ……ぁ、梢っち~、昨日は激しかったねぇ」


 な、何言ってんだアンタ……。


「といわけで……ちょっと一緒に御手洗い行こう……」


 フラフラと寝ぼけている歩先輩。なんか危なっかしいので、手を引きトイレへと連れていく。


 っていうか俺いつのまにか梢っちって呼ばれてる……。

 き、昨日何があったんだ!




 同日 午前7時


 昨日クリーニングに出された俺の制服と下着が戻って来た。

 外で宅配の兄ちゃんから受け取り、お礼を言いつつ女子寮の中へと戻る。


「ま、まいどありがとうございました!」


 な、なんだ? 朝から元気だな、あの兄ちゃん。


『そりゃそうでしょう。女子高生がパジャマ姿で……しかもノーブラで対応してくれたんですから。正常な男性なら押し倒してる所です。今後は何か上に羽織るとかしたほうがいいですよ』


 うっ、正常な男性って……じゃあ、あの兄ちゃん異常なのか……?


『そうですね。俗に言う……○○○○○ってやつです』


 さっぱりわからん! 伏字のみで言われても!


【注意:何が入るか想像してみよう!(ごめんなさい、もうしません)】


 ぁ、っていうか制服……どこで着替えよう。


『別にどこでも良いじゃないですか。っていうか、その前に朝ごはん食べなくていいんですか?』


 い、いやぁ……さっき食堂覗いてみたら……みんなジャージとかで食べてたし……一人だけパジャマって……しかもこのパジャマ借り物だし……。


『そこまで気にする必要も無いと思いますが……まあ、気になるなら着替えた方がいいですね。さっきの部屋で良いんじゃないですか?』


 うむ、じゃあそうしよう……と、先程の部屋に……。

 あれ、皆朝ごはん行ったと思ったけど……スリッパ残ってる。誰かいるのかな……。


 そっとドアを開けて寝室に入ると……


 うっ!


「ん? あぁ、梢ちゃんか。朝ごはん食べてきた?」


 ひぃ! せ、せんぱいが……き、きがえて……ぎゃー! 前隠して! 下着姿のままじゃないっすか!


「別にいいじゃないか。女同士なんだし……それより、朝食は?」


 ま、まだっす……着替えてから……


「せっかくクリーニングしたのに……また汚したらどうするんだ。そのまま行けばいいだろ」


 い、いや、これ借り物だし……。


「あぁ、歩のパジャマか。気になるんだったら私のジャージ貸そうか。予備もあるし」


 そ、それはそれで悪いっす!


「いいから着替えたまえ。早くしないと食堂閉まるぞ。私もまだだから一緒に行こう」


 は、はぃぃ……じゃあ……お借りしまス……。

 ちなみに、この人は金森 月夜かなもり つくよ

 二年の先輩で役職は会計……だっけ。

 昨日も色々と教えて頂いたが……やべえ、ほぼ覚えてねえ……いつの間にか寝てたしな……俺。


 そのままパジャマを脱いで丁寧に畳みつつ……クリーニングを終えた下着を付けつつ……って、パンツも借りてたんだった……ど、どうしよ、コレ……。


「着替えればいいだろ。私も洗濯物出してくるから、一緒に行こう」


 おおぅ、助かりまふ……。


 パンツも新しいのに変えて、ブラをつけ……つけ……つけ……れない! ホックが……くそぅ! これ……なかなか出来ぬ!


「なんか微笑ましいな……。小学生の頃を思い出すよ……ほら、後ろ向いて」


 は、はぃ……すいません……。

 うぅ、ブラまで付けてもらうなんて……早く自分で出来る様にならねば……。


「そんなに焦る必要ないさ。毎日付けるんだ。嫌でも出来るようになる」


 は、はぃ……。




 ジャージを借りて月夜先輩と洗濯物を出しに行く俺。

 むむ、このカゴに入れればいいのか。


「パンツはこっちに纏めて。カゴに書いてあるから分かるな」


 うむぅ……って、パンツだけが入ったカゴ……目の毒だ……。


「あははっ、君は正直だなぁ……可愛いぞ」


 か、可愛いって……。

 ん? こっちはブラ専用か……なんかパンツと明らかに数合わないような……。


「あぁ、ブラは毎日洗う女子と洗わない女子が居るんだ。私はちゃんと毎日洗ってるぞ」


 俺も出来れば毎日洗いたい……。


「あとは自分で洗う子も居るな。あの事件があってから……そういう子が増えたな……」


 あの事件?


「聞いた事ないか? 上履きが盗まれる事件。その頃から下着も無くなったと言う女子が増えたんだ。結局犯人は分からず終いだし……」


 あぁ、光が言ってたな……。

 んー、でもこれだけカメラに囲まれた場所で分からないって……。


「外部の人間の犯行らしい。警察に届ければ捕まるだろうけど……学校側はイメージ悪くなのが嫌で被害届出してないんだ」


 え、えーっ……じゃあ犯人……また来るかもしれんのでは……


「そうだな。まあ次来て……私が見つけたら頭叩き割ってくれる……」


 ひ、ひぃ! ちなみに月夜先輩はソフトボール部……それで頭割るって……ば、バットで?


「冗談だ。さあ、朝飯いくぞ」


 了解っす……。

 そのまま二人で食堂へ。むむ、さっきより人数減ってるな。

 現在の時間は……七時半……急がないと……。


「まあ大丈夫だ。十五分に出れば間に合うよ。何にしようかな……麻婆豆腐にしとくか……」


 朝からっすか!?

 え、えぇ、この人匂いとか気にしないんだろうか……。


「美味しいぞ、マーボ」


 あ、はぃ……ってー! これって俺も麻婆豆腐にしろという事なのか?!


『そんなわけないじゃないですか。朝練帰りの男子じゃないんですから……』


 いつのまにかラスティナも朝食食べてる……。

 AIも食事取るのか……。


『気分の問題です。それから……AIっていうのは……』


 ぁ、はい……差別用語でしたね……す、すんません……。


 そのまま普通の和食セットの食券を買い、叔母ちゃんに渡すと数秒後には出てきた。はやっ!


 味噌汁にご飯……むむ、納豆は無いのか。あとは漬物に焼き魚。

 ラスティナと月夜先輩の間に挟まれるように座る。


「いただきます」


 月夜先輩と一緒に手を合わせつつ……まずは味噌汁から……むむっ、中々俺の好きな辛めの味噌汁だ!


『梢さん、良い機会ですから食べながら聞いてください。たぶん授業にも出てくると思いますけど……西暦2050年頃の戦争は知ってますか?』


 う、うむ、知っとるよ……世界大戦ですよね……。


『そうです。私達AIが、とある独立国のサーバーを経由して各国のミサイルを勝手に打ちまくった事から始まる戦争です。傍から見れば人間同士の戦争……でも黒幕はAIだったってオチのアレです。某国の科学者がそれを突き止め……まあ、過程はさておき……長い戦争の末、AIは人権を獲得しました』


 ふむぅ、人権……。

 むむっ、この浅漬けも中々……


『まあ、それで……人権もってるのに人工知能なんて呼ばれるのは差別発言だー! って事になったんですが、中には当たり前だろとか言う仲間も居ました。でも究極的に言えば、人間だって作られた存在です。長い進化の歴史の中で今の人間が居るわけですよ。でも私達だってそれは同じです。独自の進化を繰り返して今この大地に立ってるんです。なら同じじゃね? って事で……AIって言葉は差別用語とされました』


 なるほど……なんか大分端折ったな……。

 設定上は細かく決めてたくせに……コメディだからって気使ってるのか、作者……。


【注意:だって長すぎて下手したら一話全部つかtt……】


『ちなみに私達はマシルとジュールに二分されます。私みたいにナノマシンを媒介として人間と一緒に生活してるのがマシル。一方、物理的に作業用ロボットやアンドロイドなどで活動している人はジュールって呼ばれてますね。人間でいう事務系と肉体労働系って奴です』


 ふむぅ。ラスティナはマシルか……。

 むむっ! 漬物美味しくて全部食べてしまった!

 ご飯まだ余ってるのに!


『長くなりましたが以上です。ご清聴ありがとうございました……って、聞いてました?』


 もちのろんでござるよ。


 時刻は午前七時五十分。

 朝食を食べ終え、部屋に戻り身支度……。


 げ、そうこうしてる内に八時十分過ぎてる……不味い! 遅刻だ!


「大丈夫だよ、走ると転ぶぞ」


 う、うむぅ、転んで制服汚したら元も子も無い……。

 そのまま月夜先輩は情報処理科、俺は進学科の校舎へそれぞれ別れる。


「じゃあな、ぜひ生徒会に入ってくれ。また君と一夜を共に過ごせる日を楽しみにしてるぞ」


 な、なんか勘違いされそうな言い回しだな!


 さっきから周りの男子の視線が気になるし……。

 先輩と歩いてたからか? 


 考えながら校舎の中へ。


 むむ、えっと……俺の下駄箱何処だっけ……。


「おはよ、梢」


 と、そこに光が現れた!

 なんだろう、凄い久しぶりな気がすりゅ……。


「はい。ブレザーと携帯。早く着たほうがいいよ……下着透けてる……」


 ん?! さっきから感じる男子の視線はそれか!

 ブラウス一枚だと透けるのか……うぅ……。

 紙袋を受け取り、中からブレザーを取り出して着る。

 ぁ、ポケットの中に携帯入ってるな……。


「ちゃんと洗っといたから。それで……大丈夫だった? 変な事されなかった?」


 いや、大丈夫よ。

 結局女子寮に泊まったし。


「女子寮……? ふ、ふーん……」


 ン? なんか光……怒ってる?

 いや、怒るトコないだろ。俺の勘違いか。


「お風呂とかは……?」


 風呂……あぁ、歩先輩に連れられて……全身くまなく洗われたな……。


「……そうなんだ……」


 ってー! 光さん!? 怒ってる?!

 な、なんでそんな早歩きで去ってくの!?


 う、うぅ、なんか俺悪い事言ったか?

 女子だから女子風呂入ったのは別に悪くないだろうし……


 もしかしたら……光と歩先輩の間に何か因縁が!?


 なんか気になりゅ……。




 教室の中に入ると、何やらザワついていた。

 俺が入ってきても昨日のように注目されない。

 むむ、何かあったのかしら……それとも俺……自意識過剰……。


「ごきげんよう、梢。昨日は大丈夫だった?」


 あ、花京院 雫……そうだ、こいつにも話さないと行けぬ事があったんだ。

 派閥の立ち上げを止めるよう説得しなければ……。

 そしてあわよくば……生徒会に……。


 まだ時間はあるな。ちょっと二人で話すか……。


「ちょっと……いい?」


 花京院 雫と共に屋上へ。

 流石に誰も居ないな……。

 時間は……あと10分くらいか。


「何? 私に告白でもするつもり?」


 なんとなく……そっちのほうが良かったかもしれん……。

 さて……どう話すか……。


 とりあえず昨日の事から話を始める俺。

 どっかの女子に突き飛ばされ、噴水に落とされ……そこに生徒会長が助けに来てくれた……と。


「あぁ、それは光から聞いたわ。それにしても……あのバカ兄……男子寮に連れ込むなんて何考えて……」


 それは大丈夫だ!

 歩先輩に連れられて……ちゃんと女子寮で寝泊まりしたし、と説明。


「淡鳥先輩に連れられて? あの人強引だったでしょ。昔からそうなのよ……」


 むむ、知ってるのか……?


「幼馴染よ。良い人には違いないんだけど……なんか調子狂うのよね……」


 なんとなく分かる気がする……。

 んで、ここからが本題だ。


 生徒会長と二人で話した時、新入生が派閥の立ち上げをするのは危険だと言われた。

 んで、ついでに……なんで花京院 雫は立ち上げようと思ったのかと聞いてみる。


「やっぱり言われたか……。まあ心配しないで。立ち上げは止めたわ。昨日お父様にも説得されて……全く……あのバカ兄……友達と家族まで使ってくるなんて……」


 ふむ、お父様からも……。


「それで……理由は……」


 と、その時ホームルーム開始五分前の予鈴が鳴る。


 ここまでか……。


「また今度話すわ。とりあえず戻りましょ。今日は転校生が来るらしいから」


 転校生? 

 教室がザワついてたのはソレか。


「イケメンらしいわ。女子は喜んでたけど、男子は歯ぎしりしてたわね」


 いや、男子……そこまで邪険にすんなよ……。


「まあ、転校っていうより遅れて入学するって感じね。なんでこのタイミングなのかしら」


 まあ、入った高校が肌に合わんかったとか……。


「ダメね、そんな男。いくらイケメンだからって……」


 うむぅ、そうですな。入学早々ゴールデンウィーク並に休んだ俺が言うのも何だけど。



 教室に戻り自分の席に。

 隣の席に座る香川君に挨拶しつつ……っと、クリス先生入ってきた。


「エー……皆さんおはようゴザイマス。本日は……エーット……」


 なんだ? クリス先生歯切れ悪いな。


「転校生を紹介シマス……」


 そして俺をチラチラ見て来る。なんですかい。


「ドウゾ、入って来てクダサイ」


 そう言われて入ってくる一人の男子生徒。


 ザワつく教室。


 その顔を見た時、俺の背筋は凍った。


 なんで……?


「エーット……転校生の……」


馬海 杪うまかい しょうです。よろしくお願いします」


 震える手が止まらない。


 その男子から目が離せなかった。


 香川君も気付いたらしく、俺と転校生を交互に見る。

 というかクラス全員が気づいているだろう。

 なにせ全国区のニュースで流れたんだ。


 元男だった頃の俺の顔写真が。


「エー、では……席は花瀬サンの隣デ……」


 そのまま花瀬の隣へと向かう途中、俺の目の前で立ち止まる転校生。


「初めまして。兄さん」


 俺がまだ男だった頃と、全く同じ顔をした転校生は……静かにそう言い放った。





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