第9話 記憶

4月 13日(木) 午後5時10分


 しまった……。携帯、光が持ってるブレザーの中だ。

 どうしよう! 家の電話番号とか覚えてねえ……。もう幼稚園の頃から携帯持ってたから、家に電話するのもワンプッシュだったし……。


「どうしたんだい? 頭が痛いのか?」


 頭を抱えて悩む俺を見て、心配してくる生徒会長。

 いや、確かに違う意味で頭が痛い! ちくしょう、家の電話番号くらい暗記しておくべきだった……。


【注意:いざという時の為に緊急連絡先は覚えておきましょう】


「えっと……実は……」


 と、生徒会長に携帯が無い事を説明。家の電話番号すら覚えてないッス、と自分の無能っぷりも全て白状する。しかし生徒会長は首を傾げつつ


「友達のFDWに電話掛けてもらうとか……あぁ、もし契約してるならそっちでも……」


 ……?

 え、なんだっけ、それ。

 FDWってなんぞ?


「え、知らないのか……戸城君、もう少し世間にも興味持たないと……最新技術……って言うと語弊があるか」


 さ、最新技術……! 何その素敵な響き……。日本人は皆、最新技術に弱い。

 新しいゲームのハードが出たら、つい買ってしまうのが日本人!


【注意:作者の個人的主観です】


「FDWっていうのは、Friends of different worlds の略で……まあ平たく言えば人口知能……っと、これは差別用語だったな……」


 むむ、異なる世界の友人って意味か?

 そういえば……なんかテレビで見た事あるけど……。


「たしか……それって脳に障害もってる人の為に作られた……」


「あぁ、それはかなり前の話だね。まあ、基本は同じだけど……」


 生徒会長は机の中から何やら携帯端末を出してくる。

 むむ、それも結構最新機器では……!


 そのまま何か操作しながら画面を見つめる生徒会長。

 何してるんだろ。


「戸城さん。君……生徒会に入る気はあるか?」


 え、な、なんすかイキナリ……。

 入る気はあるかって言われても……ぶっちゃけ派閥とか良くわからんし……。


「実は妹が派閥を立ち上げてしまってね……さっきも許可するしないでモメてて……」


 妹……? ぁ! まさか、花京院ってやっぱり……


「雫さん……のお兄さんですか?」


 勇気を振り絞って聞いてみる。

 これで違ってたどうしよう……。


「あぁ、雫の友達か。あれ、ということは……もしかして妹の立ち上げた派閥のメンバー三人って……」


「俺と……さっきの花瀬って子と雫さんです……」


 生徒会長は何か納得した様子で頷いている。

 やっぱり花京院 雫の兄上だったのか。でも妹の方はハーフっぽくないな……?


「妹とは腹違いなんだ。そのせいか……僕は随分嫌われててね……。派閥を立ち上げたのも、僕が居る生徒会を引きずり降ろすためなんじゃないかなぁ……」


 そ、そんな事考えてたのか、花京院 雫……。

 あれ、でも……副会長に誘われた時……そこまで拒否って無かったよな。


『そ、そうね……素直に受け入れようかしら……』


 とか言ってたくらいだし。

 そこまで兄上の事嫌ってるわけじゃ無さそうだけど……。


「で、戸城さん。再び聞くけど……生徒会に入る気はあるかい?」


 え、えーっ……うーん。

 入るって言ったら花京院 雫に怒られそうだし……。

 光も良い顔しなさそうだしなぁ……。


「じゃあ質問を変えよう。妹に派閥の立ち上げを止めるよう説得してくれないか? 新入生が派閥を立ち上げるのは色々な意味で危険なんだ。決してオーバーじゃない。下手をすれば退学まで追い込まれる」


 な、なんですと……派閥争い……そんなに激しいのか。

 だがそう言われてみると……ただでさえ花京院 雫は、あの性格だし……。

 自分から他の派閥に喧嘩を売りに行くのも容易に想像できる……ような気がする。


 しかし……なんでそんな事聞くんだ?


「あの……説得すると言ったら……何か有るんですか?」


 生徒会長はニヤっと笑いながら、端末を俺に手渡してくる。

 ふむ、画面に写ってるのは……さっき話してたFDWか。

 レンタルと永久契約……むむ、値段が良くわからんな。


 1,000、000F ってなんだ。


 Fってなんの単位だ……?


「もし妹を説得して……尚且つ三人揃って生徒会に入ると言ってくれるなら……成功失敗は問わない。その永久契約を君に譲渡しよう」


 え、えっー! と、言われてもイマイチ分からん……とりあえず……


「これ、いくらくらいなんですか?」


 Fってなんだ、Fって。


「ん? あぁ、こちらの円に換算すると……一億だな」


 …………はい?

 い、一億? こちらって……? どちら?


「Fって単位はFaeryの略だね。1F 100円って事」


 いや、俺にとって1Fって一階って意味なんですが……。

 この人どんだけ……お金もちなん!


 しかも成功失敗は問わないって事は……下手したら金をドブに捨てるような物……。


「そんな事はないよ。少なくとも君は僕に気を使ってくれそうだしね」


 気使うだけでいいなら……どんだけでも使いますよ! 一億なんて払わせるんだから!


 こんな高価な物……俺には縁無い……無理だ……。


「都会の方では皆持ってるんだけどね。一億って数字には……さほど意味はないよ。ここと首都は別の国みたいな物だし……」


 むぅ、それは授業で習ったが……。

 都会の方ではAIが人間を養ってる状態だ。

 働かなくても生きていける。金も入ってくる。


 夢のような話にも聞こえるが、当然デメリットもある。


 AIに頼りっぱなしになれば、家に引きこもりになる。

 働く必要性が無いのだから目標も無い。

 人間は娯楽のみでは生きていけない。


 その状態に警笛を鳴らした地方の自治体は、都会からの技術供給を規制した。


 まあ、つまり……都会の技術はある程度はこちらに流れては居るが、本当の最新技術となると規制されている。購入できない事は無いが……こんなベラボウな値段になってくる。

 恐らく生徒会長は都会でAIに働かせて金はあるが、自分は田舎暮らしを楽しんでいる……という事だろう、たぶん。たしかそれを実行するのにも、かなりの金が必要になってくる筈だが。


「それで? どうする、戸城さん。妹のためを思うのなら……」


 んーっ……!

 確かに……美奈にも目立つ行動は避けろと言われてるし……。

 正直な話、最新技術に触れてみたい……!

 でも……光はともかく、花京院 雫を説得して生徒会に入れれるか?

 あういうタイプは一度決めたらテコでも動かないだろう。

 しかし気になる事もある。

 花京院 雫はそれほど兄を嫌っているわけじゃない。


 兄に対抗して派閥を立ち上げたのでは無く、もっと別の理由があるんだ。


 そう……例えば……むしろ兄を守る為に……。


 いや、違う! 漫画の読みすぎだ!


 で、でも……なんかそう考えだしたら……気になってきたな……。


「わかりました……一度、雫さんと、お話してみます」


「ありがとう。じゃあ購入っと……」


 ってー! はやっ!

 少しは悩めよ! 一億だぞ!


「大丈夫だよ。正直、君には申し訳ないと思ってるし……」


 ん? なんで会長が……。


「じゃあ戸城さん、手出して」


 え? ぁ、はい。と手を出すと、何やら洗濯バサミのような物を中指に付けられる。


「一度ナノマシンを再起動するから。すこし眩暈がするかもしれないけど……」


 ふむぅ、了解……って、うお! な、なんか……目の前が……明らかに揺れてる!

 そ、そうか、ナノマシンって体調の管理もしてるんだっけ……。


 で、でも……ここまで……なる……のか?


「戸城さん? 戸城さん!」


 あ、あれ……。


 なんだ、俺……倒れた?

 目の前が真っ白……。



『ねえねえ、叔母さん、生まれてくる赤ちゃんって……男の子? 女の子?』


 ん? 誰の声だ……なんか聞き覚えあるけど……。


『そうねぇ。どっちだと思う?』


 この声は……母親の声だ。


『えっと……私は女の子が……ぁ、でも男の子でも……』


 …………何だ、この夢。


『んー、実は……女の子も男の子も生まれてくるのよ』


 …………


『え? 何で? どうして?』


 …………


『双子だからよ。二卵性双生児って分かるかな』


 ……待て、まさか……


『うん、二つの卵に……その……えっと……』


 …………


『そうよ、美奈ちゃんは物知りね』


 ……美奈……?



「戸城さん!」


 ハッと目が覚める。目の前には生徒会長の顔がドアップに……。

 ひぃ! お、襲われる!


「ぁ、すまない……急に倒れたから……そこまで酷い眩暈だったのか?」


 あー……ひどかったような気がする……。

 なんか夢も見たし……。


「もうインストールされてる筈だよ。声に出して名前を呼べば初期設定が出る筈だ」


 むむっ、もうか。早いな。


「えっと、名前って?」


「ん……その子の名前は……『ラスティナ』らしい」


 なんだ、えらい洋風な名前だな……。

 てっきり楓とか紗弥とか茜とか晶だと思ったが……まあいい。


「ラスティナ……」


 その時、目の前……何もない空間に何か文字が!

 な、なにこれ!


「あぁ、仮想VRも経験ないんだね……戸城さん……」


 いや、知ってるけども……

 まあ経験は無いが……これがそうなのか、おお、すげえ。

 えーっと……何々?


『Do you connect to a nanomachine?』


 えーっと……なんでこういうの一々英語なんだろ……作者英語苦手な筈なのに……。


「ぁの、ナノマシンに接続しますかって出てるんですけど……」


「あぁ、問題ないよ。というか接続しないと意味ないからね」


 そうなのか……じゃあOKボタン……って無い!

 これどうやって先に進むの!


「声に出して。イエスとかOKとか」


 お、おおぅ、そうか。じゃあ……


「いえす……」


 文字が消え、次に出てきたのは……なんだこれ。

 窓?

 なんか何も無い所に窓が……。その窓を開けてみようと手を振ってみる。

 それを見て会長がクスクスと笑っているが……気にしない!


 むむ、薄く……窓が開いた。


『こ、こんばんは……』


 ……!

 な、なんか……えらい可愛い子が! 

 金髪のロリが窓から出てきた! 


『初めまして……え、えっと、ラスティナです。よろしくお願いします』


 ペコリと挨拶するロリ。

 むむ、可愛い。なんか普通に部屋に居るみたい。


『ぁ、えーっと……戸城 梢さんで宜しいですか?』


 何やらメモを取り出して質問してくる金髪ロリ。

 うむぅ、よろしいぞよ。


『性別は……女性でよろしいですね』


 まあ、今は女だ……。


『バストは……うわ、おっきい……』


 何書いてあるん! そのメモ!


『まあ、私は今……梢さんの体の中のナノマシンとリンクしてるので……体の隅々まで把握済みです。特にこれと言った異常はありません。しいて言えば……少し空腹なくらいでしょうか……』


 う、そう言われれば……なんかお腹空いた……。

 その途端、お腹が鳴る……。


『はしたないですよ! 女の子がお腹の音を彼氏の前で……』


 彼氏じゃないもの。別に平気でござる。


『え、違うんですか? じゃ、じゃあ……なんでそんな格好で……ま、まさか! 不倫!?』


 不倫て……学生なんですが。


『言ってみただけです。ん? 梢さん。その不倫相手からコネクト申請されてますけど、受けられますか?』


 不倫じゃねえっつってんだろ。

 コネクト申請ってなんだ?


『そうですね……超初心者の梢さんに分かりやすく言うと……通信プレイです』


 親切にありがとう! 超分かりやすい!


『お褒めに預かり光栄です。で、コネクトしますか?』


 します

 ん? なんか……ラスティナちゃんが……トコトコこっちに歩いてくる……。


『んしょっと……』


 ふぉぁ! 膝の上に座られた!

 なんか感触もある!

 柔らかいし……暖かい……


『男の人みたいな反応しますね。もう繋がってますよ?』


 む、むむ、繋がってるって……


「ふーん、それが君のマシルなんだね。可愛い」


 また専門用語出てきたぞ……っていうか会長にも見えてるのか。


『マシルっていうのは私達の総称ですね。超大昔に実在した組織の名前から来てます』


 ふむぅ、聞いた事ないけど。


『それで、コネクトすると、こうやって相手方にも私の姿が見えるわけです。もっと色々出来ますよ。サン○とか』


 こ、こら! 女の子が……そんな事いうんじゃありません!


『はいはい』


 膝に乗りつつ脚をブラブラさせるラスティナ。

 むむ、いい匂いもする……。美奈が使ってるシャンプーより良い物使ってるな……。

 っていうか……なんかファンタジーの世界から来たみたいな服装だな……。


『この見た目は梢さんの好みに合わせてますので……このロリコン』


 うぅ、酷い事言われた……。


「どう? 楽しんでる?」


 会長……楽しんでるって……俺ロリコンじゃないッス!


「いや、そういう意味じゃ……ぁ、電話も出来るよ、とりあえず家に連絡してみたら?」


 ふ、ふむぅ、でも番号とか……


『わかりますよ。ナノマシンに梢さんの携帯登録されてますので。通信しますか?』


 な、なんて出来る子なんだ!


『お褒めに預かり光栄です。じゃあコールしますね』


 むむ、なんか聞き慣れたコール音が……。

 お、誰か出た。


「もしも……」


『こらー! 梢ー! 早く帰ってきなさい! あんた初日から何寄り道してんの! もう七時過ぎてんのよ!』


 え、えぇ! も、もうそんな時間!? っていうか美奈……お前、もう家の住人になってるな……。


「あ、えっと……ちょっとトラブって……今夜学校に泊まってくから……」


『はぁ?! 何考えて……って、ちょっと、泊まるって……まさか男の部屋じゃないでしょうね?』


 ん? あぁ、男の部屋だな。


『バカ! 何考えてんの! あんた少しは危機感持ちなさい!』


 い、いや、そう言われても……下着も制服も無いんじゃ……


『何があったらそうなるのよ……分かった、私が迎えに……』


 と、その時ラスティナが小さく咳払い。


『もしもし。私生徒会長の花京院 千尋と申します。この度は梢さんに大変ご迷惑をお掛けしてしまいまして……』


 ん?! こ、こいつ……生徒会長の声だしてる!


『実は、カクカクしかじか……』


【注意:梢さんが私を庇って子猫の集団に踏みつぶされ、制服も汚れてしまった為にクリーニングに出してしまいました。なのでこのまま帰ってもらう訳にも行かず、私の部屋に泊まってもらう事になってしまいましたが、ご安心ください。生徒会には当然ながら女子も居ます。私も別室で今夜は就寝しますので、お姉様のご心配なさるような間違いなど起こりえません】


 なんで一々【注意】で説明するんだ。

 古い漫画のギャグじゃないんだぞ!

 しかも子猫の集団って……そんな理由で美奈が納得するわけ……って、ぁ……展開読めたわ。


『は、はぁ……ご丁寧にどうも……ぁの、で、でも梢はまだ十五歳でして……』


 ラスティナは再び声色を戻し……


『こんばんはーっ、実はぁ……梢ちゃんと早々に友達になって……生徒会長は難しい事言ってますけどぉ……実は私、一人で地方からこっちの高校に来てて……一人で寝るのも寂しくて……お友達になった梢ちゃんと一緒に寝れたら……その……』


 如何にも泣きそうな声で話すラスティナ。

 コイツ、美奈の性格も熟知してやがる……。

 美奈はこういうのに弱い……特に地方から出てきてて、一人で寝るのが寂しいとか言われたら……。


『そ、そうなんだ……。え、えっと……梢の事情は分かってるよね? んー……その、色々教えてくれるなら……まあ、一泊くらいなら……』


 事情……と聞いてラスティナは首を傾げる……が。


『はいーっ! もちろんです、お姉さん! 私が色々教えます! 任せて下さい!』


 こいつ、俺の体隅々まで分かってるとか言ってて……肝心な所分かって無かったのか……。

 そのまま美奈も納得したようで、電話をもう一度俺に変わり……。


『梢、別に心配してるわけじゃないけど……イタズラしちゃダメよ』


 しばくぞ。

 そのまま電話を切る美奈。


 ふふぅ……ちょっとビビった……。


『……梢さん、これで心置きなく……不倫できますね!』


 違うっつってんだろ。


『それで……事情ってなんですか?』


 むむ……なんて説明しよう……。


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