君と紡ぐ最終神話〜最強スキルでバッドエンドを書き換える〜
角ウサギ
第1話 狂気
女は走っていた。
逃げるために。
助かるために。
この得体の知れない空間から脱出するために。
なぜ? いつから? どこに行けば?
———助かるの?
「どうしてここも通れないの!?」
来たはずの道なのになぜか通れない。見えない壁があるように通ることができない。
まるで出口のない迷路へと入ってしまったかのような、そんな感覚。
それでも、もしかしたら振り切れたのかと思って、助かったのだと思って、安堵と少し希望が湧き上がってきたところで……まるでタイミングを読んだかのように声が聞こえてきた。
あの声だ。元凶、原因。ここに囚われることになることになった全ての要因。
「おねぇちゃんどこに行くの?」
「ひっ!?」
聞こえてくる声は幼い。だけどそこから感じるのは得体の知れない恐怖。
———さっき後ろを見たときは誰も居なかったはずなのに。
———こんな短時間で追いつけるはずがないほど引き離したはずなのに。
———自分の真後ろからあの声が聞こえてくる。
一瞬にして安堵が恐怖に、希望が絶望に変わる。
「来ないで! バケモノ! あなたなんかに着いて行くんじゃなかった!」
「……ひぐっ……ひぐっ……どうしてそんなことを言うの……?」
この状況の元凶、ただの幼女に見えるそれは女の言葉を聞いて泣き始めた。
だが、女にはもう既にそれが幼女の皮を被った化け物にしか見えていなかった。
女は絶望の淵にいた。
———なぜ?
幼女に森の中で助けを求められて着いていっただけなのに。
———どうして?
薬師だから? でも人を助けても人から恨みを買うようなことなどしていない。
———いつから?
おかしいと気がついた時には戻れなくなっていた。
———どこに行けば?
来た道を戻ると途中で見えない壁がある。
「一体どうすればいいのよ!?」
最近、誘拐事件が多く発生していることは知っていた。
そして、その被害者は老若男女も貴族も商人も平民も村人も冒険者も関係ないことも噂で知っていた。
しかし、その原因の手がかりが一切見つかっていないことは知らなかった。
そもそも被害者は今まで一人も見つかっていない。生きていても死んでいたとしても関係なく見つかっていない。
人が犯人ならば目撃者がゼロな理由も犯行理由も一切分からない。
魔物が犯人なら死体が多少なりとも残るはずだし、魔物が相手だったのなら冒険者の一人や貴族の護衛の一人でも戻ってくるはずだ。
だけど誰一人、生還者はいない。
だが、そこまで詳しい情報が広まっていない平民たちの中では、誘拐だと騒がれているからこそ目撃者が居るものだと思っていたし、女も自分が狙われるはずがないと思っていた。
それどころか、平民では騒がれていても貴族は、領主は動かないままだったから、ただの噂とすら思っている人も多数存在した。
もし本当に人が帰ってこなかったとしても、あり得る可能性としては新手の魔物に襲われたことによる被害なのだと考え、魔物がほとんど出ないこの森なら安全だと思っていたのだ。
そもそもここで女が薬草を取るのは日課だから危険があるわけがないと思い込んでいた。
この森は商人たちが通る道にも街にも近いから誘拐には不向きだし、定期的に騎士団によって魔物も減らされている。
今朝も森に入った時に異常など感じなかったし、危険などあるはずがない。だから女はいつものようにただ薬草を取って街へと帰るはずだった。
———助けを求める幼女を見つけるまでは。
☆★☆
薬草を採取し終わり、帰ろうかとカゴを持とうとした時、どこからか声が聞こえてきた気がした。
助けを求めるような、幼い声が聞こえた気がした。
その声の方向に歩いて向かっていったことがすべての始まりだったのだろう。
「……ぐすっ……ひっぐ……ぐすっ……」
「っ!? どうしたの!? どうしてこんなところにいるの!?」
声の方向に進んで行くと、赤い服を着た少女が一人で泣いていた。歳は大体十に届くかどうかというところだろう。
「みんなが……みんないなくなっちゃった……」
「みんなとはぐれたの? えっと……お名前は?」
「みんな行っちゃった……私を置いて……。お名前? 私はメイっていうの……お姉ちゃんだぁれ?」
名前を聞かれて女は答える。
「私はキーラ、怖かったね。だけど安心して。私が助けてあげるからね。これでも薬師なんだから、誰かが怪我をしていたとしても安心して?」
いつものキーラならば戻って森の近くにいる門番に連絡しただろう。少女が一人で助けを求めている、それだけで非常事態が起きた可能性が高いのだから。
だけど、なぜか"それしか選択肢がない"かのように、"みんな"を探しに行こうと言って森の奥へ進んでしまった。
そもそもよく考えてみれば森で少女が一人で助けを求めているという状況自体何かがおかしい。
魔物に襲われて助けを求めるのなら、速さ的にも体力的にも大人の方が幼女よりも圧倒的に適任だ。
助からないと思って一人だけ逃がそうと考えたのなら納得だが、そんなバケモノと相まみえて幼女に傷一つないはずがない。
だけど幼女が言うがままについていってしまった。何の疑問も持つことなく。さもそれが当然かのように。
「もう少し先なの……」
「木も太く大きくなってきてるし、誰かが歩いた跡もない。かなり奥まで来たんじゃないかな? ……本当にこっちなの?」
「もう少し、この先の広いところにいるの……」
半刻ほどメイの誘導に従って森の奥へ歩いていき、やがて少し明るくなった場所で止まった。
「ここだよ」
「こんなところに広間が……あっ……た……? ひっ!?」
キーラは思わず一歩後退る。それを見て、メイが自然に、何の疑問も抱いていないかのように言う。
「……おねぇちゃんどうしたの? ……何かおかしいところあるの?」
キーラが広間と言われて案内された場所は赤だった。いや、赤に染まっていた。
地面にあるのはいや、地面にいるのは100はくだらないであろう大量の人々の死体。
平民や商人のような格好が最も多く、次に鎧などを着た騎士や冒険者、そして所々に豪華な服を着た貴族のような死体がある。
死体の身分も種族もバラバラだが、一つだけ全ての死体に共通点があった。
———首が無いことただ一つだけ。
「どうしたのおねぇちゃん?」
恐怖で声が出なくなっていたところにメイから声をかけられて振り向く。
目の前の惨状が見えていないのか? そうだとしたら、もしかしたらメイは既に精神がおかしくなってしまっているのかもしれない。
こんな光景を見てしまえばそうなるのもしょうがないかもしれない、そう考えてキーラはメイの手を取る。
「早く! ここから逃げるよ!?」
だが、メイは動かない。
「なんで? ここにみんないるんだよ?」
「みんなってどれよ! 死体しかないじゃない!」
死体。その言葉を聞いた瞬間、メイの様子が急変する。
「どうして……? 助けてくれるって言ったじゃん……嘘だったの……? おねぇちゃんも嘘つきだったの? ……どうして嘘をついたの……?」
メイの目が虚になり、メイの手を引っ張ってもビクともしないことに違和感を抱き、そして気がついた。
メイの服と周りの赤の色が同じであることに。メイの服から赤い液体が滴っていることに。
そして、メイの首に入っている赤い一本線に、そこから垂れる赤い液体、血に。
恐怖。キーラの思考をそれだけが埋め尽くす。掴んでいたメイの手を離し、ゆっくりと下がり距離を取る。
「いや……やだ……待って……嘘でしょ……。来ないで! ……誰か助けて!」
「おねぇちゃん待ってよ……」
「いや! 来ないで! こっちに近寄らないで!」
メイが血を浴びてしまったのか、血を浴びるようなことをしたのかは分からない。
でも、どうみても首は切れているし、血は滴っている。
服は返り血だけじゃ説明つかないくらい赤に染まっており、背中も含めて隙間なく赤だった。
それほどの血、メイがこの惨状を作り出したと考えるのが当然だった。
「どこにいくの……?」
「ひっ……いや、近づかないで!」
「待ってよおねぇちゃん……そっちはーーちがうのに……」
キーラは走り出した。
得体の知れない存在から逃げるために。少女の皮を被った化け物から離れるために。助かるために。
それゆえに、メイが最後に放った言葉は聞こえなかった。
「はぁ……はぁ……どうして戻れないの!?」
「……おねぇちゃん?」
「ヒッ!? ……なんで!? もっと離れたじゃない! どうしてそんなに近くにいるのよ!」
後ろを振り向けば、しばらく走ったはずなのにメイはすぐそこにいて、背後には広場が見える。
メイとキーラの距離は10メートルほどしかない。
もっと走ったはずなのに広場までの距離がおかしいし、メイとの距離も近すぎる。
しかし前を向き直すと、目の前の草に踏まれたような跡が先まで続いている。
「どういうことなの……意味がわからないわよ……一体どうなっているのよ!」
「……戻ってきてくれたんじゃなかったんだ……」
「くっ……!」
キーラは再び走り出す。先ほどとは違う方向へと。逃げるために、助かるために。
踏まれていない新しい道、後ろを見てもメイはいない。助かった、そう思った瞬間に見えない何かに進路を阻まれる。
逃げられてはいなかった。まだ助かっていなかった。
「……どう……して……! ……どうして通れないのよ!」
「……お姉ちゃんは嘘をついたの? お姉ちゃんは助けてくれるんじゃなかったの? お姉ちゃんも……裏切るの?」
「ヒッ!?」
いつの間にか後ろに現れたメイがぞっとするような低い声で言う。キーラはただ叫ぶことしかできない。
「意味わからないわよ! 裏切るって何よ! 第一あんた……死んでるじゃない!」
「私は生きてるよ? 動いてるじゃん……。だから……助けてよ」
「いや……やだ……助けて欲しいのは私の方よ……くっ……!」
キーラは逃げる。見えない何かがあったのは通ってきた道ではないからだと考えて、最悪の考えを押し殺して元来た道を探す。
見えない何かがない道を、助かる道を探して壁を伝い続ける。
その先に希望があると信じて。
そして見つけた自身のカゴ。この先には衛兵だっている。助かった。
ーーそう思っていた。
「はぁ……はぁ……っ!? っ! 私のカゴ! やっと戻れーーえ?」
手を伸ばせば自分のカゴに届く距離にいるのに伸ばすことができない。いや、伸ばしたくても伸ばせない。何かに阻まれているから。
「……なんで……どうしてここも通れないの!?」
ここは確かにさっき通った道だ。ここへ来ると時に通った道、あの時は何の障害もなかった。
それなのに通れない。一方通行の結界なんて聞いたことがないし、この壁から魔力は一切感じない。
魔力的な物でもなくガラスのような何かがあるというわけでもなく、ただただ何かが存在している。
壊れてくれないかと力一杯殴ってみたけれど、触った感触はないのに一定以上進まない。
「そ、そうよ……こんな壁が存在するはずがない……。『光よ! 我が意志に従って 呪いを打ち払いたまえ!【
薬師だからこそ使える『
———その瞬間、キーラの中で何かがぽっきりと折れた。
「おねぇちゃんどこに行くの?」
「ひっ!?」
そして追い討ちのように現れる化け物。逃げ場なんかない、そう思い知らされるかのようだった。
理不尽を、不条理を呪って力一杯叫ぶ。
「来ないで! バケモノ! あなたなんかに着いて行くんじゃなかった!」
「……ひぐっ……ひぐっ……どうしてそんなことを言うの……?」
化物は泣く。まるでただの少女のように、その身に潜ませた狂気を一切感じさせないままに。
思考がぐるぐると巡り、何も浮かばず、感情が表に溢れ出る。
「一体どうすればいいのよ!? くっ……あれっ? ……嘘! 待って! どうして!?」
幼女から逃げようと違う方向に進もうとしたが、進めなくなっていた。
もう逃げられない。その事実を実感して、逃げる気力すら失われてしまった。だから最後に、せめて自分がこうなった原因だけでも知りたい。そう思ってメイに問いかける。
「……ねぇ、あなたは一体何なの? どんな存在なの? ……どうして奥に死体が沢山あったの? ……答えてよ! 泣いてないで何か答えろよ!」
「……私は私だよ? あそこにいるのは嘘つき。みーんな嘘つきなの、私に嘘をついたの」
「……どういうこと……?」
「みんな私を助けてくれるって言ったのに、連れ出してくれるって言ったのに! 乱暴しようとしたり! 無理やり何かしようとしたり! 騙して! 嘘をついて! 裏切ったの!」
メイが悲しそうな、寂しそうな、でもどこか楽しそうな声で叫ぶ。でも、その顔は悲痛に染まっている。
一体どれが本当なのか、キーラには分からなかった。
「……じゃあ、あれはみんなあなたがやったの……?」
「知らないよ? でもね、悪い人には罰が与えられるの。嘘つきには罰が当たっただけなんだよ?」
「……罰って……?」
「知らない。でも、悪いことをしたらダメってみんな言ってたよ? みんな……みんなって誰だっけ……?」
「知らないわよ……そんなこと……」
虚ろな目でぶつぶつと呟くメイ。俯いていた顔をあげてキーラに語りかける。
「ねぇ、お姉ちゃんは嘘をついたの? 騙したの? 裏切ったの?!」
「騙したのはそっちじゃないの!」
「……嘘つき。……助けてくれるって……大丈夫って言ったのに……。嘘つき……裏切り者……嘘つき……嘘つき! お姉ちゃんにも天罰が当たっちゃえ!」
「……え?」
キーラには自分が何をされたのかが分からなかった。でも、首にピリッとした痛みが走り、視界がずれていく事だけは分かった。
「……ほら、罰が当たっちゃった。……誰か助けてよ……」
その呟きを最後に聞き、キーラの意識は無くなり、広場に首のない体が一つ増えることになった。
キーラの死体の目の前で俯いていたメイが顔を上げる。しかし、その目は血より深い紅色に染まっていた。
「きひひひひひひっ! だぁれにも私の物語をハッピーエンドには、させないよ?」
誰もいない森の中に大きな笑い声だけが木霊する。
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