あすがこない街
にしだやと
あすがこない街
しんしんと雪が降っている。
「ああ、今日も雪か」
庭先に降り積もろうとして、けれどすぐに溶けて消え去ってしまう白いゆらゆらをぼんやりと眺めながら、はぁと白いため息をつく。
今は八月。そう、多分八月のはずだった。
『――それでは次は全国のお天気です。本日も全国的に晴れ渡り、一部地域では最高気温が三十五度を超す猛暑日となるでしょう――』
手癖でつけたニュース番組では、ちょうど気象予報のコーナーをやっていた。
へえ、外は暑いんだ。いいなあ。
夏の暑さは嫌いだったけど、正直ここまで寒い日が続けばうんざりしてくるし、あのうだるような暑さの中でキンキンに冷えた炭酸水を飲む快感に恋い焦がれてしまうのは別におかしなことではないだろう。
一体どうしてこんな事になってしまったのか。
多分、誰にもわからない。
もしも僕が物語の主人公だったなら、きっと何らかの事件――そう、例えばファンタジー小説でよくあるような魔術的な異変――に巻き込まれていて、原因を理解していただろうし、こんな風に毎朝のんびり雪を眺めたりなんかせずにその何かをなんとかしようと必死に街中を駆けずり回っていたことだろう。
けれど、現実はそうじゃない。
僕は単なる一市民で、異変に気づいたのも春先のことで、それまではなんだか雪が多くて今年は冬らしいなあくらいにしか思っていなかったし、隣に住んでいる幼馴染の彼女がはしゃいでいるのを見てのほほんと幸せな気持ちに浸っていたくらいだった。
僕らにできることはせいぜい、季節の感覚が麻痺しないように毎日せっせとカレンダーをめくることくらいだし、降り積もらない雪で冷え切った体を温めるためにホットチョコレートを毎日こくこくと飲むことくらいだった。
結局、どんなに世界が、いや、街が異常に包まれていたって、僕たちには何の関係もないことなのだ。
もし仮に明日この街が消えてなくなるとしても、僕たちがやるべきことは変わらない。
朝起きて、庭の様子を眺めながら目を覚まして、テレビのニュースが読み上げる何の意味もない社会情勢を聞き流して、トーストと目玉焼きを焼いて、齧りながら今日はどうしようかと考える。
ただそれだけだ。
でも多分、物語の主人公たちが守りたいのはこういう、なんてこと無い平穏な日常であって、彼らにとってはそれこそが憧れる理想の世界なのだろう。
だから僕は、たとえこの街にあすが来なくとも、それで構わない。
僕らに必要なのはなんてこと無い今日という一日だけであって、明日にはまた明日の僕が今日の予定を考えるのだから。
「さて、今日は何をして過ごそうかな。今は八月だけど冬だから、プールはいけないし。冬らしく、こたつに潜ってこの夢から醒めようかな……」
そうして無意味に今日という日が終わり、次の今日がやってくる。
「ああ、今日もいい天気だな」
庭先で元気に跳ね回る雨音を聞いて、僕はそっとカーテンを閉じた。
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