クールな白刃さんはデレで殺す

アオカラ

一章 二人の始まり

第1話 クールな人との出会い


 彼女の目から流れるしずくは、氷だった。




 いや、正確に言うのなら零れ落ちる涙が固まっているわけではなく、きらきらと輝く氷のように奇麗で、温度の感じられない涙であったという方が正しい。



 新天地である私立河原雀かわらすずめ高校の入学式を終えたあと、マッピングも兼ねて気ままに校内を散策していたら、鬱蒼とした体育館裏で僕は泣いている女の子と出会った。


 もし彼女が制服姿でなかったのなら、女子生徒だなんて思えもしなかっただろう。教員か、もしくは事務員かと勘違いしてしまうぐらいには、大人びた容姿と雰囲気を漂わせる女の子。


 薄暗い空間のなか、ひっそりと佇む背無しの青いベンチで座っている彼女との出会いは、包み隠さず言ってしまえば偶然であった。


 喚くこともすすり泣くこともせず、ぽろぽろと無表情のまま涙を溢す制服姿の彼女は、奇麗すぎて作り物のようで。


 精巧に作られた美しい人形が、人の真似事をしているように嘘くさくて。


 悲痛な感情で涙を流しているはずなのに、それを映し出す表情が死んでおり、動いていない。


 そんな彼女と僕は、目が合ってしまった。


 心臓を貫かれたような錯覚を覚える、氷のように冷たい視線。

 誰も寄せ付けないような、人情のかけらも感じられないほど無機質な瞳。

 そんな冷たさに、なぜか惹かれた。


 この体育館裏は、本校舎と体育館に挟まれる位置にあり、大きな木も生えて影を作っているため暗々とした空間だ。


 それ故に気付けなかった。もし声を上げて泣いていたのなら近づいた段階で気付くこともできただろうに。


「気にしないで下さい」


 僕を見て、彼女はさらりと告げた。


 それは驚くほど抑揚のない声だった。風も雨もなく鏡面となった湖のように静かで、感情の「か」の字も感じられないほどの声音。


 普通泣いていれば声が掠れたり、水気が含まれたりするはずなのに。とても今泣いている人とは思えないほどの応答。


 あまりに平坦な声色に驚き、立ったまま固まる僕のことなど気にせず、彼女は両手で包むように持っていた炭酸の缶ジュースを持ち上げこくこくと飲んでいる。




 不思議で不可思議で、歪な光景。


「気にしないで」と言われたのにわざわざ踏み入るのは、ただのお節介だろう。




 けどこの女の子は。


 どこか、脆く見える。


 触れたら折れてしまいそうで、声を掛けるだけでも倒れてしまいそうな儚さ。


 そんな弱っている姿に、例えようのない既視感があった。


 だから僕は、忠告されたのに無視ができなかった。




「ええっと、あのっ……良ければこれ使ってください」


 気の効いた言葉がとっさに思い浮かばず、僕はただハンカチを差し出す。


「……ありがとうございます」




 最初の忠告も無視して踏み入ってきた僕に対する警戒心すら感じない、波のない声色で彼女はただ感謝を告げてハンカチを受け取り、目の下に優しく布を押し当てて涙を拭いていく。




 彼女の端麗な顔立ちを間近で捉え、息を呑む。


 肩まで伸びたストレートの黒髪はシルクと見間違うほど艶と滑らかさを持っており、鼻の形も整っていて、まつ毛は目を半分ほど埋め尽くしてしまいそうなほど奇麗で長い。制服姿がちぐはぐさすら感じさせる女子高生。


 化粧をしている気配もない。素の美しさにまじまじ見惚れていると、涙を拭き終えた彼女は話しかけてきた。




「ハンカチ、ありがとうございます。こちらは洗ってお返ししますので、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」


「あっ、いやいや大丈夫です! どっかに捨ててくれて構わないんで!」


「いえ、そういうわけには」


「じゃあ僕はこれで!」




 彼女の言葉を遮って軽く会釈をし、くるりと背中を向けて薄暗い空間から離れる。


 不躾な視線をぶつけてしまったことに多少の罪悪感をもって、逃げるように帰路へ着いた。 




「綺麗な泣き顔だったなぁ……」




 不意に浮かんだ雑念と独り言をぶんぶんと頭を振って振り払い、早歩きで春の風を浴びつつ、その後は何事もなく帰宅。




「ただいま」




 帰宅の挨拶に、おかえりと言ってくれる人は居ない。一人暮らしなのだから、当然と言えば当然だが。




 制服姿のままソファーに座り、心の中で改めて誓う。


 泣いていた彼女の事は、自分の胸中に固くひっそりしまい、誰にも他言しないことを。




 あれは、きっと誰かが声を掛けないといけないような場面であった気がする。


 それは僕以外でも良かったとは思う。


 ただ偶然に、あそこに居たのが僕であっただけ。


 だから今回の出来事は語るべき時すら来ないことを、僕は願うのだった。




 後日。


 自分のクラスへ入ると、入学式ではまだ未確定だった席順が決まっており、僕の隣の席でクールに泣いていた彼女が鎮座していた。


 こんなっ……こんな巡り合わせ……運命を感じない方がおかしい……! 


 と開き直りながら、それでも僕は知らないふりを貫こうとして彼女と視線も合わせず自分の席へ座ったが――




「おはようございます。またあえて嬉しいです」




 僕の懸念などお構いなしに、小さな微笑と共に彼女は話しかけてきた。

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