一者択一

@araki

第1話

「大人になるには何が必要だと思う?」

 梓の唐突な質問に僕は首を捻る。人生ゲームの真っ最中。あと一回サイコロを振れば上がり、そんな最中の発言だった。

「それ、最後の悪あがき?」

「違うよ。だって私の方がたくさんお金あるし」

 確かに、梓の手には何十枚ものお札が握られている。いまさらゴールして端金をもらったところで、その差は覆すのは難しい。敗北は濃厚だった。

「あと一年で高校卒業じゃん。そろそろ身の振り方とか考えた方がいいかなって」

「そろそろ、じゃなくていい加減だよ。進路希望調査票出してないの、クラスで梓一人なんだから」

 進路表をまだか、そう担任に注意されるのは決まって僕だ。本人が教室にいないからといって、別の人間を矢面に立てるのは止めてほしい。

「出してほしくば質問に答えよ」

「なんでそれが交換条件? というか、そこまで考えることかな」

「かなり重要なことだよ。ちゃんと悩まないと」

 口ではそれらしく言っているものの、札を一枚一枚丁寧に数える姿には説得力が欠片もない。

「悩むって、進学するんじゃなかったの?」

「そこは確定」

「じゃあ、大学?」

「そこも決まってる。智と同じ」

 あそこの食堂おいしかったしね、と梓は言葉を漏らす。既に合格が約束されたような口ぶりだが、彼女の学力なら楽に突破できる壁かもしれない。

「なら、どこにも悩むとこがないじゃないか」

「なに言ってんの。まだ残ってるじゃん」

「なにが」

「忘れたの?」

 梓は呆れた調子で眉をひそめる。何かあっただろうか。皆目見当がつかない。

 すると彼女は言った。

「君が魅力的な大人になったら考える。そう言ったのは誰?」

 僕は思わず目を見開く。聞き覚えのある言葉。というより、言い覚えのある言葉だった。

「もう5年も前の話じゃないか」

「もう、じゃなくてまだ5年。私はショックだったんだから」

 ずい、と梓がこちらに顔を寄せる。同時に、突いた彼女の手が僕の駒を突き飛ばした。

 ああ。これで僕の結末は決まってしまった。

「だから答えて」

 上目遣いの梓の瞳と目が合う。そして、にこりと笑った。

「智の大人の定義」

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